4-7 大半島戦争 知古
「えっと、確かに日本人ですが、チャチャさんも?」
はて、どこに日本人と思われる要素があったんだろう。今の見た目は金髪の女神様だし。そして、この人も日本人? これまでこちらで会った日本人は、日本とは言うもののパラレルな異世界の日本だから、同郷出身とも言えないけど。
「はい、私はこちらの女神に召喚されて、願い事をかなえられた結果、こうなってます」
僕と同じタイプか。
「願い事ってのは?」
「お姫様になりたいって……」
ちょっと顔を赤くして言う。ファンタジーな世界のお姫様になりたいって願い事は恥ずかしい? まあ願い事で女神になった僕が言うのもどうかと思う。
「お姫様ってもっとお城で大切に扱われるのかと思ったら、こうやって前線に指揮しに来るとか、思ってたのとは違ったんですけどね」
確かに、お城で侍女に傅かれながらではなく、当主の名代になってる。
「でも、こうしてここに来たおかげで、サクラさんにも会えましたし、良かった。同郷の人が居れば、いろいろ相談できて頼もしいです」
でも、同郷?
「僕はこれまでに2人の自称日本人に会ったけど、日本と言う名の別世界でした。どうも色々な異世界に日本があるらしくて」
「そうなんですか? サクラさんと私の日本は違う?」
どうやって確かめたら良いかな。
「私の居た日本は、科学が進んでいて、当然魔法は無くて、娯楽が多くて、食べ物がおいしい場所です」
「そこまでは僕もそう。日本の元号は?」
「平成。平成29年でした」
この時点で、秦野の2人とは違う。アリサの日本とマリの日本には元号が無く、皇歴ってのを使ってた。僕のいた日本では2600年代だったけど、二人とも2000年代。色々食い違ってる。
他にいくつか聞いた質問でも、チャチャさんの日本は僕の知る日本と同じ。
「僕らの日本は同じ場所みたい。初めての、同郷出身者だよ」
「そう、良かった。ところで、日本での名前で自己紹介してませんでした」
あ、どうしよう。実は男ですって、言うべき?
「まず私から。今川美咲です」
「美咲!?」
み、みさき?
偶然の同姓同名? いや、そんな偶然は多分ない。一応確認しようか。
「お母さんは恵さん?」
「何で知ってるの!?」
あー、同一人物だ。
「こんな所で、久しぶり。小学校以来かな。この姿になる前の僕は、武田丈二」
「丈二君? 女の子に!? なんで!?」
この子は、僕の従妹。彼女のお母さんは、僕の父の姉。
さっきまでのお淑やかな姫様の皮が一気に剥がれた。小学生の頃はお盆と正月には祖父母宅で美咲とも遊んだものだった。走り回るような女の子だったのを覚えてる。
込み入った話になりそうなので、僕の部屋に移動。
「部屋ごと召喚? 便利ね。ネット繋がるの!?」
ひとしきり僕の部屋を触られた後、話を戻して、僕がこの世界に来た経緯を話す。
「前に芦ノ湖で会った時、一緒に居たのが丈二のオジサマバージョンだったのね。それに気付けなかったとは、不覚」
「小学校以来だし、そんなものでしょ」
でも、そうなると……
「その僕の体が行方不明になってて」
そちらの方の経緯も話す。
「丈二君そのものが居たらさすがに気付くわ。それは私が知らない作戦ね」
「知らない作戦とかあるの?」
「えっとね……」
彼女たちの陣営、幕府と言う呼び名があるのではなく足利家は、先代の都の公方が先々代を倒して代替わりしたそうで、そういう強者を重んじるそうだ。現公方は先代の子で順当に職を譲られた。先代が茶々の父、現公方が兄だ。
ちなみに東の公方と言うのが足利政綱こと茶々のこと。同じ公方と言うけれど、出先機関の長らしい。
「手柄のある者の挑戦を拒むのは、武門の恥だからね」
誰でも挑戦出来ますでは謀反まがいまで起きて収拾がつかないので、挑戦権は大きな手柄を立てたものに限定される。先代公方が立てた手柄は、伊東の奪取だったらしい。イーリスさんが子供の頃との事で、30年くらい前だ。
そんな家風だから、野心を持つ者が大きな手柄を狙っている。現公方の妹に知られずに動いていたのは、そんな経緯らしい。
「そんなわけで、私が知らない事もあるのだけど、丈二君の体はサクラとして倒しちゃって、どこかで復活してる筈って事でオーケー?」
「きっとそうなってるはず。中の人が誰なのかも気になるし、見つけたとしてどうしたら良いのかも分からないんだけどね」
体を取り戻すって、具体的な方法は思い当たらない。僕が再びその体に入る? 僕が元の世界に戻るまで封印する?
「ともかく、私はこれで引き上げる事になるけど、丈二君と連絡を取れる方法があれば良いんだけどね」
「僕の本拠地は箱根だけど、御殿場か三島のカレーの店に出入りすることが増えると思うから、そこに伝言でもしてくれたら」
箱根から御殿場も三島も飛べばすぐだから、きっとハコネと来ることは多くなるだろう。箱根も一応人族の領域だから、彼女が出入りするのは良くないかもしれない。
「そんなにカレーが気に入ったのね」
「僕じゃなくて、ハコネがね」
「そのハコネさんって、その体の持ち主よね? ハコネさんとの関係はどう言う感じ?」
ハコネとの関係?
「頼りになる仲間、って感じかな」
「ふーん。体の隅々まで知ってる、仲間ねえ」
「いや、今の僕は、女なのであって」
変な方に話が。サクラの中身が男だと知ったら、そう言う目で見られるかもとは思うけど。
「まあいいわ。何千年生きる女神様、生きてる時間が違うから、競争相手にはならないって事で」
「競争?」
ハコネと競争する何かがある?
「さて、そろそろ戻らないとね。連れ去られたって騒ぎにならない内に。でもこれ、便利ねえ。一緒に来ない?」
久しぶりにネット環境に触れて、色々知りたい事も分かったそうだ。
「僕の方は、この騒動の後始末があるからね」
「仕方が無いわね。遠征が終わったら、また連絡するわ」
戻ると、不穏な状況になっていた。
「何をなさってますの?」
「ひめ、いえ、公方様、ご無事で!」
「むしろ私がサクラさんを連れ出したのですが、私を探して?」
「抜けるなら言って行かぬか。もうちょっとで、我の魔法でこやつが爆散する所じゃった」
やっぱりおかしなことになっていた。まあ、解決したのだけど。
「シンクロウ殿、この方はわが友、仲違えるべき相手ではありません。お忘れなきよう」
「畏まりました。今後その様にいたします」
さっきまであんなだったけど、姫公方の貫禄は大したものだった。
「ところで、ハコネさん」
「なんじゃ?」
「サクラさんの事、しばらくの間、お願いしますね」
「しばらく?」
三島の館を受け取るのは、準備があるから2日後となった。
「なぜお主が居るのじゃ?」
「ここでしか調べられないことがありますから。サクラさんも良いと言われておりますし」
準備期間中、僕ら一行は三島の宿屋に留まる事になり、その間たまに抜けて僕の部屋に戻ったりもしてるのだけど、今しか出来ないという事でチャチャがやってくる。
「空を飛ぶ魔法を使ってたって聞きましたわ。サクラさん、教えてください」
他の誰かが居る時には、姫モードで話しかける。
「あれはダメじゃ」
「そもそもハコネが開発した物でも無いじゃない」
「まあそうじゃが、そもそも我らでなくては使える筈が無い」
そんなやりとりをした翌日、出来るはずないと侮ってハコネが見せたら、あっけなく成功した。
「なぜじゃ! 魔族とは言え、レベル50台で、この魔法を維持できるわけが……」
「ハコネさん、レベルを偽るのは、あなた方だけじゃありませんのよ?」
彼女の本当のレベルは、100。人として到達できる、カンストだった。




