4-1 大半島戦争 開戦
8/20 誤字多数、その他数点修正しました。
どこに味方するかは置いておくとして、今の状況は皆の安全。
大切なのは、状況を見誤らない事。マルレーネにハンス、エルンストにマリー。4人が町を守りたいと言っても、それが困難なら安全なところに避難させたい。
「エルンスト様、マリー様、急ぎ城にお戻りください」
「副長、戦況は?」
「町の西側に現れた敵は民家や商店の屋根に上り、通りに出た兵に上から魔法を仕掛けてきています。前線を築くことが出来ません」
地面と頭上、どっちが有利か言うまでもない。さらに相手はそれぞれの能力が高いので、熱海軍は同数では勝ち目がない。
「抑えられる見込みは?」
「町で戦っては見込みはありません。城の前で防衛線を引きます。」
前にうろうろした記憶では、城の前は商店が途絶え広場になっていた。そこでなら屋上からと地上でなく、地上同士の戦いになる。
「ここにも遠からず敵は来ます。お急ぎください。神官の皆様も」
「分かった。マルレーネ、ハンス、来てくれ。サクラさんとハコネさんも」
「ここはどうするの? 女神様は?」
マルレーネは神殿とアタミさんの心配をしているのだろう。こういう時、女神はどうするの?
「女神様は神殿にいらっしゃるわけでなく、普段はここを面会場所に使うだけだ。非常時は城がその代わりになる約束だ。その非常時は、父の代でまだ一度も無いが。それに、魔族と言えど女神様を害することは出来ない。心配は無用だ」
害することは出来ないと言うか、別格に強いからね。女神の中では最底辺の僕らでさえそうなのだから。
騎士団副長が先導、騎士団がエルンストとマリーを囲み進む。僕らはその集団の後端。
城の前の広場には、即席の土塁が出来ている。高さは人の背丈より少し高いくらいか。城の魔導士が作ったのだろう。急にこういうことが出来るのが、魔法の便利なところ。
「エルンスト様、マリー様、閣下がお待ちです」
エルンストは城へ。僕らは戦場となりそうな広場に残される。
「もし守り切れないとなったら、熱海の人が小田原に避難するかな?」
「城の者のみ逃がす気であればそれも出来ようが、民はそうもいくまい」
領主が逃げるのは印象悪いけど、この世界で戦争は領地を奪うのが目的みたいだから、領主が逃げて戦いが終われば民は助かるのかもしれない。
「もしもの場合、我の扉を出してハダノに逃がす手もあるが、それでも良いか?」
騎士団の人たちには聞こえないようにひそひそと話す。アミタ伯爵は勇者ハコネと結婚なんて言う話で議論した程度の知りたいだけど、あれはあれとしてしっかりした人な印象。逃げる決断をするだろうか。
城の前で準備する兵力は100人くらい。
「かなりの数が、ここ数日のアジロ襲撃への対応で出てるそうよ。陽動作戦だったのかしらね」
「こちらの戦える者は、俺達を入れて118人だ。町人も手伝いに30人程居て、けが人の手当てを手伝うと言っていた」
「相手は魔族。向こうが50を超えたら、勝ち目はないわね」
騎士団に協力することを言いに行ったマルレーネとハンスが詳し話を聞いて来た。
「サクラ、向こうが何人居るか、把握済みじゃろう。教えてやるのじゃ」
「水源から町の西側までに、31人。僕が行った場所の情報しか得られないから、トンネルの先に居る数は分からない」
「そんなに!」
ハンスが急いで知らせに行き、聞いた騎士団の人がこちらに走って来る。
「敵兵力の情報はあなたからと聞きました。どうやってそれを知ったのですか?」
「索敵のスキルです」
「町全体を覆うような索敵ですか?」
「サクラのスキルは破格よ。私が保証するわ」
この世界の便利なところは、スキルと言う便利な言葉がある事。
「エルンスト様のご友人のお連れでしたか。分かりました、信じます。詳しい情報を聞きたいので、来て頂けませんか?」
僕だけ行くの? 役目的に、このまま司令部詰めになってしまいかねないけど、どうしようか?
「一旦行って、話をしてこれば良いじゃろう。戻って来れなさそうなら、連絡をくれればよい」
城の正面入口前には、土塁に囲まれた司令部らしき場所がある。そこの中央に、テーブルに陣取る鎧の人物が大将?
「殿下、エルンスト様のご友人で、敵方の情報を索敵で得られる方をお連れしました」
「おお、それはありがたい。客人、こちらへ来てくれ。俺はアドルフ、騎士団長を務める。エルンストの兄だ」
「サクラです」
このアドルフさん、お兄さんという事は、ここの跡取りだ。
「早速だが、この地図で示して欲しい」
敵方の今の配置を、テーブルの家にある地図に指し示す。僕の言う場所に、副長さんが地図に駒を置く。駒は9つ。
「屋根の上を来るにしては遅いですね」
「守兵を無視して進む訳では無い様だ。後ろに敵を残しての前進を警戒しているのだろう。ということは、だ」
地図上、敵方は町の半分を過ぎあたり。密集しないで、4~5人ずつの塊で動いている。9つのグループで、合計42人。最初見た時より2グループ増加。
「最初見た時より2グループ増えました」
「後ろにも備えつつの進軍。一当てして引こうと言う積もりでないかも知れんな」
ふむ。ただのお飾りじゃなく、実務が出来る長男?
「殿下、閣下にお知らせしましょう」
「カール、行って来てくれ。サクラ、ここで敵状を随時知らせて欲しい」
やっぱりそうなるよね。
「まだ時間がありそうなので、仲間に連絡しに行ってきます」
「お主は司令部の方が良いじゃろう。殺し合いには抵抗があろう?」
正直、その通りだ。でも、ハコネやマルレーネ、ハンスは手を汚すのに、僕だけが後方?
「サクラさんはアンデッド以外には躊躇いがあるのが見て取れます。適任じゃないですか」
「必要とされてるのだから、良いんじゃない? サクラが行かなかったら、大将がここに来ちゃうわ」
ここは3人に任せるか。ハコネが居るから、もしもの事も無いだろうし。
「ハコネ、もし本当に危ない場合は、逃がせる人をハコネの部屋へ」
「良いのじゃな?」
「人の命には代えられない。秘密を知った人には、色々と協力を願わないといけないけど」
再びの司令部。そこにはアドルフさんが居た席に、伯爵本人とエルンストも集まっていた。
「サクラ殿、10年ぶりだ。色々話をしたい所だが、それはまたの機会にしよう。勇者ハコネ殿は今回もご一緒か?」
「今は不在です」
「そうか。勇者殿が居てくれたら、何とかなった所だが。状況は?」
地図の駒を少し動かす。さっきより1グループ4人増えた。トンネルを抜けて来たのだろう。
「間もなくか。魔族が46人」
「父上、決断を」
「うむ。エルンスト、マリー殿を連れ、カヤマに行け」
やっぱり、無理との判断か。
「父上! 私も戦います」
「いや、この戦いは厳しい物になる」
「しかし…… それならば、父上と兄上が!」
父と兄を置いて逃げろと言われて、そうですかとは言わない。
「エルンスト、我らがここを離れられないのは、分かるだろう?」
「ミシマが落ちたのだ。奴らは後ろを気にすることなく、オダワラ、カヤマ、その先まで突き進むつもりだろう。辺境伯様に知らせて、最大限戦力を集めて頂く。これは、アタミ泊と魔族の戦いに終わらない。 人族と魔族の全面戦争だ」
―――
轟音とともに、土塁の一つが抉られる。土塁の後ろの居並ぶ我々兵士達に緊張が走る。
「撃ち返せ!」
騎士が叫び、魔導士が反撃する。戦いの最初は砲撃戦。手伝いの人が、魔法を使った魔導士に瓶を渡す。エーテルか。戦争は金がかかるな。
「ファイアボール!」
抉られた土塁の溝から良い威力の火球を叩き込んだのは、エルンスト様と一緒に来た姉ちゃん。
「ハダノのあれ、ここで使えたら良かったわね」
「姉さん、守る町が消し飛ぶよ」
隣は弟か。こっちは剣士か。お前の出番は俺と一緒、申し越し後だな。
もう1人の金の短髪な嬢ちゃんは…… 何してんだ?
「ほれ、エーテルじゃ。持ってけ」
どこから出した? うちの魔導士が使った空き瓶にエーテルを補給してやがる。そんな芸当出来る奴は初めて見た。それだけで食っていけるだろうに、何でこんな所にいるんだか。
「ホーミングフレイムアロー、ホーミングフレイムアロー、ホーミングフレイムアロー!」
何だこの姉ちゃん。どこの大魔導士様だ?
「なあ、兄ちゃんたち、何者だ?」
「俺達か? 姉のマルレーネ、俺はハンス。ただの冒険者だ」
「なんじゃ、こそこそと。我も混ぜてくれんか」
一番得体の知れない金髪の嬢ちゃんも来た。
「嬢ちゃんも魔導士か?」
「魔導士…… まあそんな所じゃ」
「あの姉ちゃんのお供か? すごいな、あの姉ちゃん」
ん? ちょっと引き攣った笑み。何かまずい事言ったか?
「あいつがお供じゃ。見ておれ」
嬢ちゃんの指先に、青い火が点る。
嬢ちゃんは土塁を駆けのぼる。おい、危ねえって!
「ほい」
青い火は嬢ちゃんの指先を離れ、見えない土塁の先に消えた。そして、轟音とともに地面が揺れる。土塁の上から、小石が降って来る。
「何しやがった!」
「ファイアボールじゃ」
そんな冗談を飛ばしてくる嬢ちゃん。こいつも只者じゃねえ。魔族よりもこいつの方が怖ええ!




