3-11 失われた僕を探して ワープもフライもあるんだよ
8/11 前半を改訂しました。
「この空間を改変するのはお主は初めてじゃ。我が言う様に、念じるのじゃ」
見えない壁を挟んで、ハコネと手のひらを合わせる。2つの空間を隔てる、多分2枚の壁。両方を同時に削る。
「壁は氷の板。手のひらを、その氷に付けているイメージじゃ。そして、氷は解けて行く……」
目を閉じイメージしたら、壁が冷たくなった。イメージが壁を造り変えているようだ。そして、それが解けて行くイメージをしていると、急に冷たさが無くなる。
「成功じゃ」
暖かくなったのは、僕の手のひらがハコネの手のひらと触ったから。壁は手のひらの大きさ分、取り除かれた。
結局、僕の部屋のベランダ、その柵の上に、ハコネと僕の空間を行き来できる開口部が出現した。開口部以外も見た目は同じだが、そこからだけ出入りできる。柵を越えやすいように、仮設階段として木箱を設置。
「開通式じゃ!」
ハコネが今出来た開口部から僕の部屋に入り、そのまま玄関から出て、また僕の部屋に戻って来る。
「玄関から出れば、お主が入口を作った場所じゃった」
そりゃまあ、そうなる…… ん? それって使えるんじゃない?
「ちょっとハコネ、待ってて」
ハコネを置いて、玄関から出る。そして町の中を移動。1ブロック先の路地裏で、ニートホイホイして部屋に入る。
「何じゃったんじゃ?」
ハコネに答えず、玄関から部屋を通り抜け、ベランダ出口から外に出て、ハコネの空間の出口から外を覗く。場所は、移動前にハコネがドアを召喚した場所。僕の玄関から入り、ハコネの出口から出れば、1ブロック分を移動できている。
「ハコネ! これ、2つの場所を繋いでる!」
「どういう事じゃ?」
今の移動をハコネも連れて行う。確かに1ブロック分移動している。
「この空間、我の空間とそこにあるお主の部屋じゃが、それぞれが別の場所に入口を持てるという事か。入口を遠方に置ければ、移動が捗るのう」
移動が捗る所じゃない。遠距離で流通出来ない物を異空間を通じて運ぶ流通革命、いきなり敵の本拠地に兵隊を運ぶ軍事革命、その他世の中を変えてしまう事が幾つも思い当たる。それらをハコネに話す。
「これも仲間以外には秘密にした方が良いじゃろうな。世の中を無茶苦茶にしかねん」
その点は同意見だ。商人も為政者も誰もが欲しがる機能。こんなものがあると知られたら、使わせろと脅迫する輩もいるだろう。僕ら自身は危険をどうにでもねじ伏せられるとしても、知り合いを人質に取られてなんて事も可能性がある。
で、今のやり取りをしていた間、マリテヘダさんはずっとパソコンに向かっていたかと思いきや、こちらの様子を窺っている。さすがに後ろを行ったり来たりされたら気になったのだろう。
「これはありがたい。私はこの部屋に居るまま、いつでもハダノに出られる状態で、一行はヨコハマに向かえるのだろう?」
僕かハコネどちらかが旅をしつつ、もう一人はここに居る。残る方が入口を秦野に置いているので、いつでもここに戻れる。
「そう言うことも出来るけど、どうせなら本拠地の箱根と旅先を行き来できる方が便利だけど」
「お願いします。しばらく片側はハダノに置いてください」
ちょい偉キャラなのにこんな事まで言うか。そこまで欲しいか、この情報。
「じゃったら、サクラはここの番人として残り、我がマルレーネらを連れてヨコハマに向かうとしようか」
しばらくはいいか。箱根に片側移すには、行かないといけないし。でも折角なら……
「1個条件を付けてもいい? 僕にいくつか魔法を教えて欲しい」
マリテヘダさんに僕の(パソコンの)情報を渡す代わりに、僕も情報を貰う。町の入口にあった装置とか、色々使えそうなものが彼女の発明にはある。
「それで良いならありがたい。それとハコネ氏もサクラ氏も、私の呼び名はマリでお願いしたい。お2人の子供なのだし」
「何かあったら、僕の部屋に。部屋に居なくても、ドアはマリの部屋に出しておくから」
「飯時には戻るつもりじゃ。その方がうまい物が食えるじゃろうからな」
翌日、旅の続きはハコネ、マルレーネ、ハンスが進め、僕とマリ、アリサは秦野に残る。僕らの居場所、言い換えれば扉を開いておく場所はマリの研究所に移り、マリは僕の部屋を出たり入ったりしながら研究に勤しんでいる。
僕も出入りしながら魔法を習うことが出来る。ハコネも知らない、マリの故郷から来た魔法。町の入口にあった装置については、装置で発動させている魔法を教えてもらう。あの装置は魔力を流すと固定が外れ、移動し、再固定される。それぞれ物を動かす力が生じる魔法により動いている。
「おおっ!」
習った魔法、マジックハンドで本を動かしてみると、本が宙に浮いて、水平移動して、机に着地した。心構えとしては、自分から生えてる見えざる手で動かす感じ。でも意図した動きとは少しずれるのだけど。
「これ色々便利そうだね」
「しかし、魔素の消費が多い。入口の魔道具は術者の魔素ではなく魔道具に込められた魔素で動くから良いが、あれを術者の魔素で動かせば、高レベルの者しか町から出られない」
おそらく動かす物の重さなどで消費魔素が違うのだろうから、何人もが乗って動く足場なんて大変なのだろう。でも、レベル101の僕らなら、どこまで出来るのだろう?
野外に出てみた。肌寒い。町の中のインフラがいかに優れているか分かる。
「さて、まずは物を飛ばしてみよう」
町の入り口から少し離れ、元の町から出た所へ。小石を拾い、魔法で動かす。マリから借りたポータブル魔素計で、僕の保有魔素量を測りながらだ。
「このくらいでは動かないか」
動かないのは石ではなく保有魔素の表示。数値でなく昔の温度計の様なアナログなやつ。小石を持ち上げ、動かし、天高く飛ばしても、上限付近に張り付いたまま、動かない。
「クリエイトロック!」
魔法で一抱えもある石を作り出し、同じ事をする。持ち上げたり動かしたりしても、やはり同じ。どれだけ多いんだ、僕の魔素は。しかし、天高く飛ばす事そのものが難しい。速度が上がらない。
「加えられる力が小さいのかな。F=mαってやつで」
そこで見えざる手が何本もあるイメージでやってみると、速度が上がった。飛んで行く石。こんなものか。そして、温度計の示す値は、減らず。
高く上がった石はやがて落ちて来て、数mのクレーターを作る。
「危ないな、これ。人間投石機だ」
危ない。ということは、もしもの時の武器にはなる。ただ……
「やっぱり当たらない!」
小石をマジックハンドで飛ばそうとするも、狙った通りに飛ばない。他の魔法も狙い通りいかず苦労して訓練が必要だろう。
「どんな魔素量をしてるんだか」
戻ってから魔素量を測れなかった事を言った時のマリの反応。
「ちょっと待って欲しい。精密に測ってみよう」
マリが持ってきたのは、ダンベルの様な物。マリが普通に持ってきたのだから、それほど重い物では無いのだろう。そして何か線が繋がった繋ぎの服に着替えさせられた。
「これを持ち上げてそのまま停止。その時のを測ってみる」
言う通りに動かしてみる。ふむ、問題ない。
「消費する魔素量は正常。しかし、流入量、つまり回復量が異常だ。消費分を完全に流入量が補っている。もっと高負荷にしないとダメか」
ダンベルの様な物を10セットまとめてやってみたが、結果は同じ。
「流入量の底が見えない。どこまで出来るか試したくはあるが、測定機器を外で使うのは少し面倒なので、またの機会にしよう」
マリはまたネットサーフィンに戻る様だ。食事はしないのか? どうするか考えてると、ハコネ達が戻って来た。そう言えば帰って来るって言ってたっけ。折角だからアリサも一緒に行こう。
「そんな魔法があるのか。我も使いたいのう」
「サクラが居れば城攻めが出来るわね。ちょっと行ってみる?」
スパゲティ屋になぜかある明太子スパを食べながら、午前中の話をする。
マルレーネは早速物騒な事を言ってる。イーリスさんの実家を守るためならいつか手伝う事も考えるかな。
「マジックハンドでそんなに? もしかして、自分の体重を支えられるのでは?」
「体重を支えるって…… もしかして、この魔法、飛べるの?」
アリサから思いがけない言葉。自分で自分を持ち上げるって力学的には無理だよね? でもこの魔法、重い物を動かしても僕に反作用が生じなかったから、自分自身を持ち上げる事も可能なのか。
「普通は高い所から落ちる時に、安全に着地するために使うくらいです。飛ぶのは常時魔素を消費しますので、魔素が持ちません」
回復量が多い僕なら飛べるかもしれないのか。それは面白い。
午後は外へ。ハコネ達も僕が飛べるのかを見てから旅路に戻るらしい。
「最初は、腰を持ち上げる感覚でやってみてください」
魔法の手を2本で腰をつかむ感覚。くすぐったい。そして力を入れて持ち上げる感覚へ。
「わわっ」
ほぼ重心に近い所を持ち上げたにもかかわらず、バランスを崩す。2点で支えるからバランスが難しいなら、多数の腕で持ち上げれば……
「もう出来るようになるなんてさすがです。それに浮いたままいられるなんて」
徐々に慣れて、空中を移動できるようになって来た。どんな姿勢で飛ぶのが良いか色々試すも、持ちやすい姿勢が良いって事で、腹這いで8点で持つ感じが良さそうだ。
「サクラに出来るなら、我にも出来る筈じゃ。すぐ習いに行くぞ!」
「ほら、戻りますよ」
「魔法習うのは今夜でも良いでしょ」
ハンスとマルレーネのダブル突っ込みで、ハコネは旅路に戻されるのであった。




