3-10 失われた僕を探して それを壊すなんてとんでもない
8/11 後半を改訂しました。
作る? パソコンを? インターネットを?
「欲しい情報が手元に届く。そんな仕組みを作りたい」
ネットの仕組みそのものが必要。電信も無いからそこからかな。
「仕組みを知りたいから、ちょっと中身を」
「それより、仕組みを解説したサイトを見せるよ」
自由に触らせると何されるか分からないから、参考になりそうなサイトを見せる。そもそもパソコンを解体したって何も分からないだろうし。
「どうしてこうなった」
マリテヘダさんがパソコンに張り付いてキリがないので、解体だけはダメと言って先に寝たのだけど、朝起きたらマリテヘダさんに抱き着かれていた。眠くなって僕のベッドに入って来たのだろうけど、抱き着いて寝る癖があるのかな、この人。
床には、マルレーネの隣に彼女の分の布団が準備してあったし、そっちへ行くかと思ったのだけど。
「面白い事になってるわね」
「ちょっと解いてもらえないかな」
徹夜に近い時間まで起きてたのかもしれないから、このまま寝かせておこうかと思うけど、しがみつきは解除して貰わないと僕も起きられないわけで。
「私はまだやることがあるので、ハダノ滞在中はここに置いといて欲しい」
この町でする事は彼女に会う事だったので長居の必要は無いのだけど、彼女たちを転生させた女神には会っておきたい。僕の体が異世界転生の鍵にでもなっているのか、知りたい。
女神の神殿は、さらに深い地下にあるらしい。2階層ほど降りると、壁が土になった。こんな景色を小田原で見たけど、もしかしてこの町って……
「ダンジョンに町を移したのか。なるほどのう」
やっぱりそうか。小田原のダンジョンと似てると思った。
「最初は、一時避難のつもりだったんです。ところが、入ってみたら案外居心地が良くて。魔物の再生は女神様に止めてもらったので、あとは食べ物を得る事とかその辺を何とかすればここでもいいやって事になりまして」
そして、目の前に広がる不思議な畑。
「普通は太陽の光で育つのですが、魔力を糧に育つようになればダンジョンで農業が出来ると気付きました。魔物がダンジョンの魔力を糧に増えるのなら、その因子を取り込めばダンジョン農業が出来るんじゃないかと」
ここの野菜は、魔物の研究から生まれた魔野菜。そうと気付かず昨夜は食べたけど、違和感は特にない。
「魔物を食べても平気なのだから、魔野菜だって平気です。消化してしまえば炭水化物にアミノ酸。太陽光を浴びてないのでビタミンは少なめですが」
痛科学者の力をいかん無く発揮して、秦野のエルフは地上を捨てましたとさ。エルフって森に生きるとかじゃないのか。
「まだ木は育っていませんが、あと10年もすれば地下にも森が出来ます」
魔法と科学の融合。いろんなケースがあるけれど、これも一つの形か。
どんどん降りて、地下5階。ここが神殿との事。元ダンジョンのボス部屋だったと言うスペースに、多くの椅子と女神の像が安置されてる。
「あの像が動き出して戦うんじゃないですよね?」
「そんなこと言ったら怒られますよ?」
「そちらのお2人は、奥へ来ていただけないでしょうか?」
神官らしき人が、僕とハコネを指名した。ハンスの言葉は聞こえてなかった様で助かった。
連れて行かれたのは、さらに奥の部屋。ボスを倒したら入れる部屋ってやつかな。部屋にはテーブルがあり、女性がお茶をカップに注いでいる。
「いらっしゃいませ、ハコネさんと…… 初めての方ね?」
「訳あって増えた女神のサクラじゃ」
この人がハダノさん。ここの女神。
「アリサとマリテヘダがお世話になったようですわね。いいえ、その2人のお母さん方がお世話になった、のかしら?」
「お主はそこら辺を知ったうえで、転生を手伝ったのじゃろう?」
「転生は私が起こさせたわけじゃないわよ。私の意志に関係なく、勝手にそうなってたの。奇跡を同時期に2人分起こせると思って?」
女神の奇跡は、起こすと1ターンお休み。だとしたら、アリサさんの転生を起こさせて、マリテヘダさんの転生を起こせるのは10年後。2人が同じ歳と言うのはおかしい。
「あの子たちの体には、転生された魂を呼び込む何かがあるらしいの。転生を起こさせるのに必要な信仰力はどこから来たのかしら。私のは使われてないのだけど」
「それは得じゃったな。あの2人はこの町の発展にかなり役立っておる様じゃ」
マリテヘダさんはダンジョンを町に変えた。アリサさんはダンジョンで生きる糧を与えた。見事なコンビネーション。それが出来る2人が偶然ここに転生して来たのか?
このハダノさんの意志でなかったとしても、他の誰かの意志が働いているのだろうか。
「転生者をお得に手に入れられる以前のあなたの体はこの世界でどの女神も欲しがるわね。どこに隠したのかしら?」
「それが見つからんで、困っておるのじゃ」
ハコネが経緯を説明する。レディという感じだったハダノさんが最初のエピソードがツボに入ったらしく、ヒーヒー言いながら笑ってる。
「そのへマのおかげでこんなに助かったのだから、感謝いたしますわ。ぜひまた何かやらかして欲しいですわね」
「狙って起こしてたまるのもか。まあ結果は悪くなかったとも言えるのじゃが」
さて、これでハダノさんに聞いても体の行方は分からない事が分かった。それに転生はあの体があれば勝手に発生している可能性もあり、あちこちに若い転生者が登場している可能性がある。ハーフは黒髪になるだろうから、黒髪の子供が居ないかを目印に探すのが良いだろう。
「ありがとうございました。参考になりました」
「いいえ、サクラさんこそ、結果として私達に良い生活をもたらしてくれたのですから、感謝いたしますわ」
喜んでいいのか分からないけどね。
「どんな話をしてきたんですか?」
「アリサさんとマリテヘダさんが転生して来た時の事をね」
ここで聞きたい事は済んだことだし、最初の目的通り横浜に行くべきかな。
「これからの予定だけど、明日には横浜に向けて出発しようかと思うんだけど」
「えっ、もう行っちゃうんですか?」
アリサさんが少し悲し気。女になった父との名残を惜しむのか、それとも別の何かか。
目立たないところに移動して、僕の部屋に入ったままのマリテヘダさんの様子を窺う。よし、パソコンは壊されていない。
「サクラさん、ここで読める情報を書き写したいのですが」
「全部は無理でしょう。膨大過ぎるよ」
例えばWikipediaには500万件以上の情報がある。その記事1件を紙1枚に書いたとしても、500万件は400m以上の厚みになる。プリンターがあるけど、そんな量を印刷はもちろん出来ない。
必要なところだけ写すという事にして欲しいし、そもそも明日出発のつもりだから。
「複写する魔法はあるのですが、画面から紙に複写は出来ないので…… いや、魔法作る所からやってみようかな」
「明日出発の予定だから、明日の朝まで写せる分だけにしてね」
「そんなっ!?」
この子は絶対僕らとの別れじゃなく、この部屋との別れを惜しんでる。
「どうしよう…… ついて行くと言うのは」
「ダメ。賢者不在とか、困るよ」
「アリサ、賢者も兼任してよ。名もアリサテヘダに」
「なるわけないでしょ!」
この町にとって重要な人物であることは良く分かった。離れたら困るのだろう。
マリテヘダさんは寸暇も惜しんで調べもの。この子が情報を持てばいろいろ役に立つものを作れそうだから協力したいとは思うのだけど、ずっとここに居るわけにもいかないし。
パソコンに向かうマリテヘダさんの背中を見つつ、これからの事を考える。どのルートで横浜に向かうか。人里があって情報を得られるルートが良いかな。そんな考え事をしていると、ドンドン叩く音がする。音のする場所は、ベランダに出るガラス戸?
「おーい、サクラ!」
ハコネの声が聞こえる。ガラス戸を覆うカーテンを開けると、ベランダの前にハコネ。
「ちょっと外に出てまいれ」
ガラス戸をベランダに出る。ベランダの外に居るハコネがパントマイム中。僕もハコネに手を伸ばすと、
「何これ?」
「我らの空間の境界じゃ」
ハコネがドンドン叩いてるのは、ガラス戸じゃなくその先にある不可視の壁。音は通るが、物は通らない。ハコネの声も、直接話すのと違いくぐもった感じに聞こえる。
「見えないけど何かあるね」
「そうじゃろう。この壁をぶち抜けば、ここからお主の部屋に入れそうなんじゃが」
「叩いて音が通るのだ。不可視ではあるが、物質だろう」
マリテヘダさんも加わる。そういう論理的な考察をしてくれるのはありがたい。
「そもそもこの空間は何なのかと言う所から疑問なのだが」
「女神に与えられた特権、創造空間じゃ。持ち主の意志に応じて、姿を変えることも出来る」
名前があったのか。意志に応じてって便利過ぎる。
「そんな便利な空間なのに、布団は外から持ち込んだの? 布団よ在れ!とかで出来なかったの?」
「布団ごときに貴重な信仰力を使う訳にも行くまい」
あ、タダじゃないのか。
「我の空間とサクラの空間を繋ぐ改変も出来るとは思うのじゃが、やってみるか?」
「便利になるならやってみて」
「お主もやるのじゃ。多分じゃが、両方から崩らねばならん。我が空間の壁とサクラの空間の壁が張り合わさっておるとしたら、サクラの空間の壁を我が削ることは出来ぬはずだ」




