3-8 失われた僕を探して 異世界日本はいくつある?
栢山で同行者が一人増え、午後から秦野への旅の続き。普通は野営を減らすために朝から出発するものだけど、同行者全員が野営が要らない秘密を共有することになったので、午後出発でも問題なし。むしろ他の旅人と接触が少ない場所で夜を迎えるのが理想。
昨夜の僕の部屋は、マルレーネとアリサちゃんにベッドで寝てもらって、僕は床に衣類を敷いて寝た。それを教訓に、今朝は町で人数分の布団を確保して、ハコネの方に運び込んだ。空間は僕の方よりも広いから、そうするのが合理的。
「明日は俺だけ宿屋でも良いですか?」
「寝心地が悪かったか?」
「そういう問題じゃなくて……」
中身は多少残念だけど、見た目は良いハコネが同じ場所で寝てたら、思春期男子には辛かったのだろう。
「明日は野営になるだろうから、宿に泊まれないよ。布団も買ったし、離れて寝るって事で我慢してね」
野営なら雑魚寝が当たり前なんだから、そのくらいで。
さて、秦野に行ってもう1人のハコネの子にも会いに行こう。
「アリサちゃんは小田原までは一人旅のつもりだったの?」
「そうです。路線馬車を使って来ましたから、1人でも大丈夫でした」
5人で歩く際は、3と2に分かれる。ハコネをマルレーネとハンスが囲み、僕とアリサ。
「その歳で1人旅って危なそうだけど、冒険の経験はあるの?」
「狩りはしたことあります。魔法もある程度は使えます。昨日は私が魔法を使う前に助けて貰っちゃいましたから言いませんでしたが、あの位なら何とか出来たかも。それに今はこんなですが、人生経験は合わせて40年以上あるお姉さんですよ?」
確かに、そう言われたら僕の方が全然子供って事になる。人生経験を持って子供から再スタート。転生者ってのはかなり有利な条件だ。
転生者と言えば、アレはどうだったんだろう?
「転生って、女神様から願いを聞かれた?」
「転生前に、1つ願いを叶えますって言われました。ハダノの女神様に」
あれ、1つなんだ。5つなのかと思った。
「願いは何にしたの?」
「運を良くして欲しいって。前世が不運でしたから」
運か。そんなあやふやなものを願うってのは、研究者だって言ってた昨日の話との食い違いが。
「運と言うのは重要です。確かに私は科学者で運任せってのは似合わないと思いますよね? でも、科学にも運が必要なんです。目の前でリンゴが落ちて万有引力が発見されたなんて言い伝えだってあります。リンゴって滅多に落ちないのにですよ? まああれは嘘なんですが」
嘘なのか。発見のエピソードが作り話で美化されたりは、今でもそうだろうけど。時に発見そのものが嘘ってのもあるし。
「運が良いってのは何か出来事があった?」
「そうですね、例えば同郷の転生者が異母姉に居た事とか……」
そう言うと、前を歩くハコネに小石を投げる。
「今石を投げたのはどっちじゃ?」
文句を言うハコネを無視して、
「石を投げたら、会いたかった人に当たるくらいの運の良さ」
道は大きな川を渡る橋へ。位置的には、小田急が酒匂川を渡る辺り。出発が遅かったから、もう夕暮れ。
「橋の下なら目立たないから、そこで部屋に入ろうか?」
「食事は、サクラさんの部屋でしたいわね。調理しやすいし」
昨夜は夜食を作った際に、現代風キッチンの便利さを知ってしまったマルレーネ。
「あと風呂も使わせてもらおうかのう。その後、部屋を分けるんじゃが」
「それで俺は外で……」
「どうしてもか?」
ここまでの道でも、そんな話をしていたらしい。
「美少女と寝るのは辛いのかのう。我も10年男じゃったし、色々な欲求が苦しめるのも分からんでもないが」
「こら、そこのオジサン女神」
今夜はマルレーネがハコネと。僕がアリサとで、押し入れにハンス。押し入れが落ち着くって、どこの猫型ロボットか。
「開けないでくださいね?」
男が覗くなって言うのか。何かそれ、この中で秘め事を行ってますよって感じで、警戒感。
「サクラさんは私の何になるんでしょう。体のお父さん?」
「元の僕の体がハコネになってその子供がアリサちゃんだから、そういう事になるのかな」
「ちなみに、サクラさんは中の人的に何歳なんですか?」
これまで僕の方が年上的なポジションで話してたけど、それもおしまいかな。
「2001年生まれの20代前半とだけ」
「えっ?」
やっぱり僕の方が年下だった?
「私、1775年生まれの、27歳だったんですけど」
「1775年? 2075年じゃなくて?」
僕よりも未来の人だと思ってた。僕の部屋のパソコンが旧式過ぎて分からないなんて言ってたから。
「僕の知ってるその年代って、アメリカが独立した頃なんだけど」
「アメリカが独立? アメリカって日本と同じく最古の文明じゃないですか」
何だか分からない事を。パソコンを付けて、歴史関連のページを見せる。
「全然違いますね。私たちの歴史では、世界に多数の文明が同時に発生して、段々淘汰されて行きました。アメリカも紀元前4000年に始まった文明です。技術の進みも私の世界と違いますね。私たちの方が、300年は早かったみたいです」
僕とは全然違う歴史をたどった異世界の人なんだろう。国名が同じ日本ってだけで、同郷じゃないのか。
「もしかしたらとは思ってたんです。マリテヘダ、もう一人の転生者の子ですが、あの子も私と違う歴史を語ってました」
「その子もハコネの子だよね?」
その子にも会わないといけない。今回の旅はそれが目的だから。
「マリテヘダは賢者と呼ばれてます。新しい魔法を作り出せると思われてるから」
「作り出せると思われてる?」
「実際には、彼女が作ったんじゃなくて、転生前に使えてた魔法を使っただけなんです」
魔法がある異世界の日本から来た子か。一体、どれだけ異世界日本があるんだろう。
朝、アリサちゃんの声で目が覚める。僕を起こす声ではない。
起きると、アリサちゃんとハンスがテーブルに向かい合っていた。アリサちゃんの頬に手形?
「これは一体?」
ハンスの頬に手形なら、ハンスが夜中に夜這いを掛けたのかと思う所だけど、逆。
「サクラさん、俺、寝てるところを女の子の襲われたのって、生まれて初めてですよ」
「据え膳食わぬは女の恥です」
もはや、「は?」である。
「私たちの習慣はこうなんです。彼の遺伝情報を入手して、解析して、子を成すか決めるんです」
駄目だ、この子。同郷とか思ってたけど、考え方が違い過ぎる。
「もしかして、アリサちゃんの同郷の人はみんなこんな感じ?」
「そうですよ」
「俺、オダワラに帰って良いですか?」
「ハコネ、誤解しててゴメン。ハコネが100%悪いと思ってたけど、50%くらいだった」
「なんじゃ?」
マルレーネも聞いてるので、説明しづらい。ハンスもあまり言いたくなさそうだから、これだけにしとく。
歩く道に居る人は、エルフにドワーフ、人族と種族も様々だ。
「この辺りには鉱山があるんです。だから西のドワーフの人たちも来て、山に町を作ってます。ここに橋を架けたのも、彼らの技術です」
「西の文化が入っておるのか。カレーも無いかのう」
1キロはあろうかという橋だ。この世界で見た事が無い大規模な建築。使われているのは、石と金属。いわゆる鉄橋。
「見事な技術じゃろう。工業時代の水準には達しておるな」
「トンネルみたいに鉄橋も遺物に無いの?」
「あるぞ。これは人が作った様じゃが。それにここはまだケチのオダワラ管理下じゃ」
今日はマルレーネ、ハンス、アリサの3人に、僕とハコネの2人で歩く。
「ハコネは昔来てるんだよね。ハダノに行ったんだし。その時に通ったんじゃないの?」
「作りかけじゃったな」
この世界もこうやって発展させて行ってる人達がいる。箱根も発展させたい。
「アリサちゃんに聞いたんだけど、彼女は僕と違う日本から転生して来たって。あとマリテヘダちゃんってのがもう一人のハコネの子供で、その子はまた別の日本から来たんだって」
「ふむ。無数の世界があって、そこから引き当てたのがお主じゃ。ハダノは転生者として呼んだのじゃろう。考える事は同じじゃな」
そんな話をしながら、谷沿いの道を進みもう1泊。翌日は森の道を歩き、ついにハダノの町が見えてきた。




