3-7 失われた僕を探して 思い出の清算
1章と2章、特にマルレーネに関係する部分を中心に、改稿してます。話に不整合はありませんが、今回の語りに関係する内容です。
今日はハコネが出した空間と僕の部屋に別れて寝ることになった。
あの後、アリサちゃんは黙ってしまった。探していたお父さんが女になってましたって、経験した者にしか分からないショックだろう。もちろん僕も想像しかできない。
僕の部屋に寝るのは、僕以外にマルレーネとアリサちゃん。
「僕らが秦野に向かってた理由は、ハコネの愛した人がどうなったか会いに行くためだったんだ」
この愛したってのは、アリサちゃんの前だからそういう言い回し。両親の間には愛情があって自分は生まれたと思いたいだろうと思って。
「お父さんなんですね。お父さんがもうお父さんじゃなくなっちゃったんですね」
「そう、だね」
一言が重い。なんて答えたらいいのか悩む。
「私と同じね」
マルレーネの予想外の言葉。ギードさんは?
「私は、子供の時に身近に勇者がいたの。物心付いた頃は勇者がお父さんの道場に居て、私が子供の頃に旅に出る様になった。時々お土産持って帰ってきたり、楽しい話をしてくれた。私もいつか一緒に旅が出来るように、お母さんに魔法を習ったりしたわ」
ハコネの事だ。
「その勇者は、ある日女の子を連れて来たの。自分はその子を守るための勇者だって。そしてその子と旅に出てしまった」
これは言うまでも無く僕の事だ。
「そして帰って来なかった。連れて行った子を恨んだし、命を奪った敵を恨んだわ。これまで頑張って来たのは、その勇者の仇討ちのため」
再会したときに聞いた通りだ。
「それが、女になって戻って来ましたって。本当の姿は女でしたって。酷い話よね。私はこの10年、嘘の勇者を追いかけてたのよ」
「マルレーネさん……」
ちょっと居た堪れない。僕の願いが、マルレーネにこんな傷跡を残してしまっていたなんて。
「サクラ、全部話していいのよね?」
うなづく。この子も僕らの被害者だ。知る権利がある。
「今の私たちの旅の目的は、勇者ハコネの体を探す旅なの。ハコネさんが女神に戻り、勇者の体は行方不明になった。何か悪い事に使われるかもしれない」
「お父さんの体が?」
「そう。血の繋がりから言えば、その体は間違いなくアリサのお父さん。私達が探して、ちゃんと問題ない場所に取り戻すわ。私の10年の最後の締めくくりね」
マルレーネも僕らの目的に付き合うと言うより、自分の中に目的を持ったのか。
「私と同じ、か。私はマルレーネさんみたいに戦ったりも出来ないし、見てるだけしかできない。でも、お母さんが見たお父さんを、一目見たいの」
「そう。一緒に来るのは危ないかもしれないわね。どうする、サクラ?」
この子は怪しい連中に狙われてた。このままバイバイって訳にも行かない。秦野に連れて行くか、他の安全な場所に匿うか。
「アリサちゃんは秦野に戻りたい?」
「小田原に行っても私が会いたい人は居ません。ひとまず帰ります。大丈夫、最初から私には父が居なかったのです。変わりはありません」
アリサちゃんはにこやかに微笑むけど、この微笑みが作りものだとしたら、何を信じたらいいのか分からなくなる。
「分かった。秦野に送るよ」
アリサちゃんのお母さんにも会ってみたい。ハコネの事を説明しないといけない。
さて、もう一つ気になってたことがあるのだけど、そっちも聞いてみよう。
「ところで、どこでもドアって言葉は、どういう事?」
ドアを出した時のアリサちゃんの言葉。言うまでも無く、あのドアの事をド〇えもんの道具と同じだと言った。この子日本人なの?
「この部屋はサクラさんの部屋なんですか?」
「え? そうだけど」
「サクラさんは日本人ですか?」
先に聞かれたか。これは彼女が日本人だって事を僕が知ってる前提だし、僕が日本人かはともかくその秘密道具を知ってる事を意味する。
僕がどこから来たのかを明かした相手は、今のところハコネだけ。明かして不都合は無いとは思うけど、悪の組織に狙われたりしないとありがたい。
「私は日本人でした。死後に転生して、この姿になりました。だから色々な物を覚えています。この部屋に有る物は、私が知ってる物よりは古い懐かしい物ですが、大体分かります」
「何の話? 全然ついて行けないんだけど」
こうなっては仕方が無いから、マルレーネにも本当の事を明かす。
アリサは僕より30年くらい後世の人物みたいだ。タイムマシンもどこでもドアも無いようだけど、知ってる世界の延長線上。ちょっと悲惨な世の中だったみたいだ。泥棒を見て縄を綯うのは手遅れだったらしい。僕が戻れたらその後を生き抜く参考にさせてもらおう。
「違う時代から来たとは言え、日本人に会えたのは嬉しいです。そして私のお父さん、遺伝的な意味でサクラさんの元の体って意味ですが、日本人って事で、運命を感じます」
「異世界から来ましたとか、女になりましたってのよりとんでもない話ね」
マルレーネも理解したのか分からないけど受け入れてくれた。
「日本から来た人の子供が、日本からの転生者を受け入れた。偶然なのかな?」
「同じ状況の子が居ます。秦野のハコネさんを父に持つ子がもう1人、つまり私のお母さんが違う妹ですが、その子も日本からの転生者です」
「ハコネ…… どうしてくれようか」
1人かと思ったら2人とは。それって、子供が出来なかった人を含めれば、一体何人を相手にしたんだか。
「日本人としての私から見たらおかしいですが、私たちの母たち、エルフの習慣からすれば、おかしくないんですよ」
「「え!?」」
「優秀な子孫を残すためには、優秀な父親が必要です。私はハーフですが、そのハーフが普通のエルフと子を成し、またその子が普通のエルフと子を成して行けば、ほとんどエルフですが優秀な他種族の遺伝子を持ったエルフが生まれます」
何それ。品種改良?
「エルフは長生きですから、行き当たりばったりで子を成す相手を見付けません。相手の事をよく調べて、子供に良い能力を残せる相手を見付けたら、子を持ちます」
なるほど。ちょっとハコネに対しての怒りが収まった。こんな考え方の種族に掛かれば、ハコネは垂涎のターゲット。何もせず帰してもらえるはずがない。
「それに一生を同じ人と添い遂げる必要もありません。子供を産める期間が100年以上もあるのです。いろんな人との間で子供を持った方が、遺伝的多様性を持てて有利です」
アリサちゃんの言葉が完全には理解できないけど、あっちの世界の科学でエルフの習慣を解釈してるみたいだ。
「アリサちゃんって、元の世界で何だったの?」
「バイオテクノロジーの研究者でした。この世界はとっても面白いです。機器や試薬もこっちにあれば、凄く楽しそうなのに!」
アリサちゃんが新しい魔物を作り出すマッドサイエンティストにならない様に、これからも見守ろう。
「それと、アリサちゃんが追われていた理由も何か心当たりがある?」
「きっと、私が持つ知識を使いたいのだと思います。子供時代から色々やって、知られてしまいましたから」
どんな色々なのか知らないけど、きっと沢山収穫できる農業とか、高度な武器とか、知識チート系をやったんだろう。
「このパソコンはネットに繋がるんだけど、役立つ?」
そう言ってパソコンを点けてあげたら、何も手を出さない。
「これ、操作法が分かりません」
どうも世代が違い過ぎるらしい。
何だかシリアスな雰囲気はどこかに行ってしまった。そして、この子をぜひ仲間に加えたと思った。元いた時代は違うけど、同郷の士が居ると色んな話が盛り上がる。
「なんだか私はお邪魔みたいな感じで居心地悪いわ。次はハコネさんの所に行く」
「ごめんごめん。そんな事は無いよ」
「そうです。マルレーネさんのおかげで、父の件は気持ちの整理が少しつきました。私は元の世界の両親の思い出もあるから、父が1人足りなくても構いません」
ちょっとその言い方はどうかと思うけど、ショックを受けていないでくれるのはフォローする側としてはやりやすいから、いいかな。
地名を言う際に漢字を使ったりカタカナを使ったりは、あえて使い分けてます。




