3-6 失われた僕を探して 運命は会うべき人を引き寄せる
「女神の役目を果たすには、人口が増えることは重要な事なのじゃ」
ギードさん宅に泊まり、今日は朝から秦野への旅路。
小田原から秦野へは何泊か必要な道程だけど、このルートは街道が整備されていて、途中の町に寄りながらで行ける。最初の町はアシガラ辺境伯の居城があるカヤマの町。日本で言えば小田急栢山駅あたり。
「人口が増えねば、農業も商業も研究も、軍備も出来ぬ」
かつては小田原に都が置かれていたけど、山での行動を得意とする魔族の勢力が拡大して来たので、すぐ裏に山がある小田原から平地の栢山に移転したそうだ。
「サクラさん、昨夜はどこに行ってたんですか?」
「宿屋?」
「女神の力を奪われようとも、その時出来る手段で人口増加を成すのが我の役目じゃ」
「マルレーネとハンスに言ってなかった。宿じゃないよ。魔法で出せる僕の部屋に帰ってたんだ。宿の代わりにしてた。人目に付かない所で今度見せるよ。あとハコネうるさい」
ハコネは昨夜から言い訳を続けてる。ちょっとハコネから離れて考えたい事があったので、ハコネはギードさん宅に置いて、僕だけ部屋に戻って寝た。
勝手に僕の子供を作ったかもとか、相手をそのまま放置とか、これまで言わなかったとか、僕がハコネに怒る部分は色々ある。女神の役目とか言われた所で釈明にならない。そもそも最初に「出来心だった。どんなものか試したかった」と言ってしまってるのだから、これは釈明でなく取って付けた言い訳でしかない。
まだ救いがある所は、相手が誘って来たからと言わない所。もし相手のせいにする様だったら、厳しい教育が必要だ。女神の使命ってのは半分創造主のせいにしてる所もあるけど、ギリギリセーフ。
「ハコネの言い訳をどう思う?」
「言い訳じゃと?」
この中で唯一のまともな女性の意見を聞く。
「女神様の役目ってのは良くわからない。でも、愛し合った人を置いて来てサクラの所に戻ったってのは、ダメね」
ダメ出し頂きました。
「サクラが戻る時期を狙って、センゴクハラで待っておったのじゃ。一人置かれては困ったじゃろう?」
「それはそうだけど」
秦野の人より僕を取ったという点は僕としては嬉しいのだけど、最初から僕の所に戻るつもりなら手を出すなという話。
「まずは保留にしませんか? 今どうにか出来ることじゃない」
「ハンスは分かっておるな」
「ハダノで相手の人に話を聞いて、それでどうするか決めましょう」
無罪評定じゃなく、有罪で処分は保留だった。ハンスはその辺チャラチャラしていない真面目な男子だ。目標を持って姉と旅をしていたからかな。
「4人とも冒険者の方ですか。ようこそカヤマへ」
冒険者ギルドの証明書はちゃんとここでも通用する。他の国に行っても通じるそうだ。
城壁がしっかりした町。町の外にも堀があったので、本当に防衛を考えて作られたみたいだ。
「夕食は何を食べよう?」
「これと言った名物があるわけじゃないけど、地域のおいしい物が集まって来るから、お金を出せば良い物が食べられるわね」
「今回は我が奢るぞ」
ハコネに奢って貰っても、結局一つの財布みたいな物だからありがたくも無いけど、挽回したいみたいだから色々やらせてみよう。
牛と鍋の絵が描いてある看板を見つけた。牛と鍋ってしゃぶしゃぶとかすき焼き?
「ここにしませんか?」
黒一点は肉をご所望らしい。異論はないし入ろう。
「何か勿体ない食べ方でしたね」
「肉は焼いた方がおいしいわね」
だしの文化が無いからだろうか、塩味はしたけど物足りない味。これなら焼いて胡椒を掛けた方がおいしい。日本人の料理人とか転移して来ないかな。
食べ終わっての食休み。緑茶が出て来るのが不思議だ。
「ところで宿の代わりでしたっけ、どうするんですか?」
「じゃあ人目に付かないところに行こうか」
都だけあって人が多いけど、路地裏の人通りが少ない場所はある。そう言う所を探していると良い場所があったが、様子のおかしい先客がいる。
「な、なにをするんですか!」
「あんたに会いたいってお方だ居てな。来てもらうぜ。お前ら、丁重にな。傷付けるんじゃないぞ」
黒髪の少女が怪しい男たちに囲まれている。分かりやすい悪党だけど、ここは助けて置く?
そう思ったら、もうマルレーネとハンスが動いてた。
「誰だ貴様らは!」
マルレーネ飛び蹴りで一人を倒し、地に伏した男の両手が凍らされて地面に張り付く。掌を地面に固定されて立てる者は普通居ない。
「通り掛かりのもんだ」
「女の子を襲ってるなら、私達に邪魔される覚悟くらいはあるでしょう?」
マルレーネの良く分からない理屈。
「頭! 鑑定した。勝てる相手じゃねぇ。特に後ろの女がとんでもねえ! ずらかろう!」
鑑定出来るのがいたのか。自称レベル85なので、それを見たんだろう。掌固定男を見捨てて逃げ出す男達。
「さて、話を聞かせてもらいましょうか?」
「俺達はこいつを連れてくるように頼まれただけだ。依頼主も目的も知らん」
「とりあえず突き出しておくか」
マルレーネが手の氷を解かしたら、マルレーネとハンスに足元の砂を投げて僕らと反対の方向へ逃げる。だが逃がさない。さっと男の前に移動して取り押さえた。
「なんなんだ、その速さは!」
「逃がさない自信があるから縛らないんだって。次逃げたら、走れない体にして連れて行くから。覚えておいてね」
「見えなかった……」
ハンスがちょっとショックを受けてる。動体視力は何で決まるのだろう。レベル?
「助けて頂いてありがとうございました」
「当然の事をしたまでさ。衛兵に事情を話すから、ついて来てもらえるかな?」
襲われ掛けていた少女と男を連れて、衛兵が居る場所として最初に思い付いた門に向かう。吊り橋効果が働いたのか、少女のハンスと話す顔が赤い。良く見ると耳が尖ってるけど、エルフほど長くないので今まで気が付かなかった。
途中でハコネが歩きながらも飲めるドリンクを買って来て僕らに配る。挽回活動は続行中。
「名前を聞いてもいいかしら?」
「アリサです。ハダノからお父さんを探しに、オダワラに向かうところでした」
「私達はオダワラから来たのよ。奇遇ね。お父さん知ってる人かもしれないわ。お父さんは何て名前でどんな人?」
「お父さんには一度も会った事が無いんです。村にやって来た勇者様だったそうで」
ん?
「私と同じ黒い髪で、人族で」
どこかへ行こうとする容疑者を確保。
「ハコネと言う名だそうです」
「人攫いですか。そんなのが町に居る事を、警備責任者に変わってお詫びいたします」
「他に聞くことはある?」
「皆様に少し聞かせて頂けるとありがたいですが、お時間はありますか?」
僕らへの聞き取りは簡単に終わった。接敵時間は1分にも満たなかったから情報を持ってない。アリサちゃんへの聞き取りはまだ続いてる。
「さて、ハコネ、どうする?」
「偶然の一致かもしれんじゃろ」
「オダワラにハコネと言う名の勇者は他にいた?」
「もちろん居ません」
ハンスに聞くまでも無い。勇者ってだけでほぼ絞られると言うのに。
「どう伝えるかよね。真実を伝えないと、これからオダワラにお父さんを探しに行くことになっちゃうのよね」
「真実を伝えるのは、僕らの正体を言うしかない。でも、お父さんは死んだと伝えるのは……」
でもこれは、僕らの都合以上にアリサちゃんの人生に関わる問題。ハコネの、いや遺伝的には僕の子に嘘をついてまで、僕らは正体を隠さないといけないのだろうか。
「よし、ちゃんと伝えよう」
「待って居てくれたんですね。ありがとうございます」
それほど掛からず、アリサちゃんが出て来た。
僕らも話を聞かせてもらうと、奴らは誰でも良いからではなく彼女を狙っていたらしい。
「何か狙われる理由に思い当たる事がある? 原因が分かってるのなら、元を断つのに俺達も力を貸すぞ」
「えっと、すみません、言えないのです」
何か秘密にしたい様な話らしい。詮索するのも可哀そうだね。
でもこちらの秘密は、アリサちゃんに伝えよう。
「アリサちゃんのお父さんの事で話があるのだけど、いい?」
今度こそ人気のない場所に来た。
「さあ、やって」
「サモンゲート!」
ハコネに魔法の空間への扉を作らせる。僕のニートホイホイと違って、洋館にありそうなドア。
ドアが違うように、繋がる先も僕の部屋ではない。ハコネが持つ空間。とは言え、僕の部屋らしきものの外観がすぐ近くに見える。僕はそもそもハコネの空間に部屋ごと召喚されたわけで、本来ハコネの空間だった場所の一部が僕の空間になっているのだ。
「なんですか、ここは?」
「どこでもドア?」
アリサちゃんが気になるワードを呟いたが、それは後回し。
「ここは女神が持つ空間。神殿でお祈りする時に、意識だけここに呼ばれる人も居るから、誰かは知ってるかと思ったけど」
「オダワラ様もそうなんですね。俺は一度も見た事はありません」
「私も見た事は無いわ」
「私は来たことがあります。ハダノ様の神殿でですが」
オダワラさんはあまり干渉しないのか。あるいは二人が神殿に行かない子なのか。アリサちゃんはまだ見ぬ女神ハダノに会ってるのか。
「ここに連れて来れたように、こいつは女神です。女神ハコネ」
「ハコネ? 女神様?」
「10年前まで呪いで別の姿じゃった。その時の姿が男で勇者ハコネじゃ」
「えっ!?」




