3-5 失われた僕を探して ハコネには反省が必要だ
「却下じゃ」
「なぜなの?」
「姉が妹の風下に立つなど、死んだ方がマシじゃ」
プライドが高いのか、優秀な妹に対するコンプレックスなのか。でもそんな事で死なないで欲しい。
「そうですか」
少し落胆の表情を見せながらも、あっさり諦めた。もっとグイグイ来るのかと思ったのに。
力づくで来られたらハコネも対抗できないのだろうけど、そういう無茶をする人でなくて良かった。
「2000年間姉妹をやっているのです。こう言う時の姉さんが梃子でも動かないのはよく知ってます」
「2000年!?」
「以前意見の対立が有った時には、250年も口を利いてもらえませんでした」
喧嘩のスケールも大きい。そしてへそを曲げると百年単位で引っ張るハコネは結構面倒。
「私は姉さんが心配なのよ。すぐ何かやらかすから」
「もうこの体に戻ったんじゃから、心配せんでも良い。何かあった所で、10年もすれば元通りじゃ」
「女神ってそういうものなの?」
「女神には死が無い。一時姿を消しても、次のターンには己の場所に復活するのじゃ」
僕もその扱いで復活したんだった。倒れても次のターンに復活、奇跡を起こしても次行動出来るのは次のターン。奇跡って実は命を差し出してるの?
「姉さんの意志が固いのはわかりました。全て終わったら、戻って来てくれますか?」
「そうじゃな、その時は考えよう」
「それでしたら、姉さんが早く戻って来られる様に、協力しますわ」
オダワラさんによる協力は、伝手がある女神との情報交換。
「私の方からの連絡は難しいので、時々ここに姿を見せてください。その時に集めた情報を伝えます」
「それはありがたい」
オダワラさんのしてやったりという表情。うまく「たまに顔を見せる」という要求を飲まされてしまったけど、本当に協力してくれるのなら助かるから良い。
「部屋で女神3柱で会談って、伝説に語られるような場面を見た気がする」
「オダワラ様を見ただけでも世界に何人かしか居ない中に私達が入ったのよね」
「俺も不死身になったり、奇跡が起きないかな」
オダワラさんとの話には入って来なかった二人。冒険者にご利益がある女神様ってことで、ありがたいらしい。シスコン姉妹だとしても。
「ハコネは新人としてギルド登録って話だったけど、レベルはどうする?」
レベルはマルレーネが48、ハンスが46で、僕が自称では85。
「あまり高いのもな。40程度にしておくか」
「本当にレベル40になってる!」
「でも40ってかなり高いわよ」
知ってる冒険者がその位のレベルばかりだけど、この一家が特殊なだけで一般には30台で留まるらしい。
「だが、お主らの歳でそこまで行けるのじゃろう?」
「普通に過ごしてたわけじゃないからね。魔族と龍神を倒すために師匠のもとで頑張ってたのよ」
ギードさん以外の師匠か。強い人を知ってそうなら、僕の体で活動する人の情報も入ってないかな。
「お久しぶり、サクラさん。やっぱりご無事だったんですね。マルにハンスはギードさん達と温泉合宿はやめたの? 誰か私の代わりがいたら混じりたかったのに」
10年ぶりのギルドは、受付にレアクーマさんが居た。この人も見た目が変わらない。やっぱりエルフは長寿なんだろうか。
「ハンス、美人の姉さんだけで飽き足りず美少女2人追加とは、お前は何処へ行こうってんだ」
掲示板を見ていた若者がマルレーネをちら見しながら、ハンスに絡む。絡むというより冷やすって感じに。でもハンスに話しかけるのを口実にマルレーネにお近づきになりたいのかもしれない。マルレーネはイーリスさん似の美人さんだからね。
「ハーレムとか思うなよ。深ーい事情があるんだ。こちらの二人も身内みたいなもんだからな」
ハコネはそうでも僕もかね? ちょっと近づけたのかな。
「色々あるでしょうから、ギルドマスターに会って行って下さい」
レアクーマさんに連れられ、何度も来た奥の部屋へ。
「ここにはあまり来たことないわね」
「はぐれ飛龍退治で1回来たっけ?」
普通の依頼完了程度ではギルドマスターは出て来ない。マルレーネもハンスも無難な仕事を心がけてたそうだ。飛龍を退治ってのは、あの時のヒコゴロウさん一行は一撃でやってのけてたけど、ここの冒険者にとっては大仕事か。
「サクラ!」
レアクーマさんがビリーさんを連れて来たが、当然ながらハコネには気が付かない。
ビリーさんは生え際の後退が著しいが、それが貫禄を増してる。
「お久しぶりです。訳あってあの時の様に10年ほどご無沙汰していました」
「あー、またそれか。って事は、一緒にいるのはもしかして……」
「姿は変わったがハコネじゃ。久しいのう」
ビリーさんは女神の件を知っているので、正直に話す。あと元ハコネの体が行方不明ってのも。
「不老不死の勇者の体か。悪霊が取り付いたら厄介だな」
「何か情報はありませんか?」
「そう言えば9年程前、アタミで死んだはずの奴が、ヨコハマに現れたなんてのがあったな。ハコネにも因縁がある、ヴェンツェルだ」
「そんな奴もおったのう」
エルンストの兄で、ハコネに逆恨みしてた迷惑な貴族だ。
「ヴェンツェルによるハコネへの攻撃をアタミの女神が咎めた事が発表されてから1月もしない間に、死んだ事が発表された」
死んだはずの人物が現れる? 実は死んでいなかったってのじゃなくて?
「悪霊として取り付いたというより、実は生きておっただけではないか?」
「その可能性もあるが、伯爵が嘘の発表をして生かしているなら、他の者に見られるのはまずい。幽閉なりするはずだ」
確かに嘘の発表をしたのなら、嘘がバレないようにするはず。死んだはずの人物がフラフラ現れるなんてのは防ぐ筈だ。
「それがハコネの体である可能性は低いかもしれんが、もし当たりだった場合は注意する必要がある。もう9年も経つので、今の居場所はどこか分からんが」
一応記憶には留めておいた方が良いかもね。本当にそうだとしたら、僕が現れたことでハコネが生きてると思い、僕らを狙いに来るかもしれない。それが僕の体でなら、僕とハコネはともかくマルレーネとハンスの身は危ない。
「他に何も手がかりもないことじゃ。ヨコハマへ行ってみるか?」
「そうだね」
「そうしましょう」
「俺もそれで構いません」
こうして、次の行き先が横浜になった。
「今日はオダワラに泊まって、明日ハコネの証明書を受け取ってから行こう」
「だったら、ハコネは今夜うちに泊まっていくのが良いわね。部屋もあの頃のままあるわよ」
「そうじゃな。久しぶりじゃ」
ハコネの部屋があるんだ。マルレーネがそのままにさせていたんだろうな。ハコネの家でもあった証拠として。
「僕は?」
「もちろん、泊って行って下さい!」
ハンスがそう言うならそうさせて貰おう。
ギードさん宅に着いたら、マルレーネとハンスが食事を作ってくれる。
「修行の旅の間は、交互に食事当番してました。姉さんの方が上手いですが」
「母さんがギルドの手伝いをしてたの。だから料理を代わりにやって、練習出来てたのもあるわね」
レアクーマさんが休んで温泉に行くと、その日はイーリスさんが代理でギルドに居たそうだ。僕らが温泉宿を作り、それが回りまわってマルレーネの料理スキルって、風が吹けばなんとやらだ。
「はい、どうぞ」
「うむ、うまいな。嫁に貰いたい」
「……その言葉、その姿になる前に聞けたら嬉しかったのにな」
昨日は衝撃の告白がうやむやになったけど、勇者ハコネはマルレーネにとって憧れだった。ハコネがあのままであれば、今頃僕の体のハコネが38歳とマルレーネが17歳。年の差婚としてギリギリありそうなラインだ。
「勇者ハコネはモテてたわよね。ハダノに行ったら、ハコネのファンって人までいたし」
「ファン?」
「ハダノで魔物が出た村を救ったそうよ。ハコネはモテモテで大変だったって」
「そ、そうじゃったかのう」
なんか歯切れが悪いけど、ハコネどうした?
「ハコネ、モテてたのは良いけど、僕の体で何か致したりしてないよね?」
…………。
返答なし?
「あの、ハコネ、まさか……」
「あ、えっと、そうじゃな、大人気じゃったかな」
「いや、そこはもう良いから」
白状させました。やる事やってました。僕の体で。
「ハコネ、いつ、どこで、誰と?」
「出来心だったんじゃ。どんなものか試したかったんじゃ」
「ハコネ、いつ、どこで、誰と?」
「浮気を問い詰める彼女みたい……」
いや、浮気問い詰めどころじゃないよ。知らない間に僕の子供が出来てたとか、そんな可能性さえあるんだし。
「横浜に行くのは後回し。秦野に行こう」




