11-27 妥協
直ぐさま立ち直った父上は、大して気にもしてないかのように話し始める。
「まあ勝敗はともかく、成し遂げる者はお前だ。何をすべきかは分かるな?」
「大まかには。天文台は大混乱でまだ話が纏まりませんので、父上の知る所を聞かせて頂ければ」
「それなら、俺より詳しい者の話を聞くが良い」
着いてこいと言わんばかりに背を向け、実況席の前に居る足利の姫の所へ。
一言二言話すと、何も無い場所に扉が現れる。
「何の魔法です?」
「良く分らん。魔法に属するとは思うが、未だに解明の糸口も無い。これも驚きだろうが、それよりも、この扉よりその先にはさらに驚くべき物がある」
扉を開くと、その先はあるべき広場の景色では無く、どこかの部屋の中。空間その物をねじ曲げて、どこか別の場所に繋がっているのか?
「この先は?」
「私の部屋よ。本来は女神がいる空間らしいけど、そこに私の部屋も作れたの」
女神の空間? 魔法で自分の部屋を呼び出せる?
奥を良く見ると、机と寝床らしき物、それに光沢のあるいくつかの家具。
「行き先は、その部屋を抜けた先だ」
「あまり部屋に人を入れたくは無いけど、今回は特別。行きましょう」
そう言って父上と足利の姫が入って行くが、着いて行こうとすると後ろから声が。
「しばしお待ちを! 罠かも知れません。ぜひ技術総監の私が確かめてから」
「父上、連れて行っても?」
「別に構わんが、時間を掛けさせるなよ」
先に行く技術総監はまだ若いが、2代続けて私に仕える技術マニ、いや専門家だ。ゴーレムを飛ばせているのは、彼の発明に依るところが大きい。
彼は部屋の物に大変興味を持って、机の上にある物に触ろうとして足利の姫に止められている。
「ふむ、これは?」
「説明するに時間が掛かる物が多い。本題が終わってからにしたい」
そう言うと、姫に続いて父上がさらに奥の部屋に進み、我々もそれに続く。
これまでの部屋と雰囲気が異なる無装飾の廊下を過ぎて、扉を抜けると大きな空間。さらにそこから階段を上がり、別の部屋に入る。
「この先だ」
部屋を抜けると、再び屋外に出た。先程までの正体不明な物に溢れた場所ではなく、見慣れた昔ながらの建物が建つ屋外。
「ここは?」
「小田原の街だ。ここに会わせたい者が居る」
そう言って、粗末な建物の中へ。
中は工房になっており、何人かが作業をしている様だ。父上がその内の1人に声を掛けると、声を掛けられた者はこちらにやって来た。
見ると、足利の姫と比べても若い、金色の髪をした女。
「連れてきたぞ。予定は少し変わったが、今の状況についてお前がしっかり伝えてくれ」
「この人が…… 初めまして、サクラです」
「サクラ…… お前が」
サクラという名は、これまで良く出てきていた。父上が敵対していた女神の名で、また最近は大魔王なる称号を得た神なのか魔王なのか良く分らない存在。
そんな大層な話と比べて、拍子抜けするような単なる少女としか見えない風貌だが、この世界を掻き回してきた台風の目。
「では、今の状況を説明しましょう。この話を聞いて貰えば、何をするべきか分かって貰えるはずです」
―――
女神達が星の終わりを避ける為に力を注ぎ、それでもなんとか現状維持に留まる。
完全な安定をもたらす為にはもう少しの力が必要。そんな話を聞かされ、言葉だけでは信用出来ず、証拠となる天体現象を見せられ、受け入れはした。
ラジオを通じた民衆への働きかけは、効果があったらしい。空に浮かぶ大きな星との間が徐々に開いて行っている事が、観測データで示されている。これは女神達の力による物だろう。
しかし、もし安定がもたらされたら、女神達には消えて貰いたい。その思いは変わらない。
昼は女神達を助けて世界の安定を作る為、夜はそれらが終わった後の世界の安定と祖父達の仇討ちの為。研究所の奥で、作業を続ける。
魔王や女神を封印出来るという『封印の魔法』がある。魔王が封印されていた事や、サクラが封印されていた話から分かっていた。やがて、膨大な種類の魔法について記された巻物が発見され、そこには封印の魔法についても記載されていた。名を鍵として、他の女神を封じる事が出来ると。しかし女神以外に使いこなす事は難しい。封印の魔法に必要な魔力が、人間の限界を大きく超えている。
少しでも人間が使える規模の魔法に近付ける為、日夜研究を重ねた。範囲指定は無限に等しい広大な世界から範囲は1つの街程度に減らす、代わりに鍵を必要とせず不特定多数の女神を顕現不能にする。ここまで変えれば、封印魔法を人間でも使う事が出来る。
1つの街程度では大した効果は無いはずだったが、そこに来てあの空間。あの空間こそが、女神が顕現する際に最初に戻ってくる場所だという。全部合わせても、1つの街程度なのでは?
夜の作業を続けていると、ドアをノックする音がする。応じると、来たのは上様だった。招き入れて、窓も扉も閉じる。
「そろそろ出来そうか?」
盗聴は最大限防いでいるが、それでも心配なため、声を潜めて話す。
「出来ます。やがて、全ての女神達を封印してご覧に入れます」
「そこまでの熱意を女神の排除に持ち続けられるのは、なぜだ?」
「言うなれば、祖父の代からの呪いのような物です。人の世に干渉しないはずの女神が、人の世に出て来てしまった。それにより、不幸になった人々がいた。そのうちの1人が、私の祖父でした。同じ不幸を繰り返させない為、父も私も研究に命をかけてきました。父の墓前に勝利の報告をするまで、止まる訳には行きません」
「この厄災を止めるのに、女神が役立つとしてもか?」
上様に迷いが生じている事は知っている。
「だから、この厄災が止まるまでは待ちます。それが私の妥協です」
オオサカとオダワラの行き来を続けながら、その際に通り抜ける空間について多くの事を知る事が出来た。
部屋の物は自由に出来ないが、聞けば何なのか教えてくれる。
そんな協力体制も、間も無く終わる。
「両者の協力で、厄災は避けられそうです。これまでの協力に、感謝を」
仮初めの協力体制が築かれて、2ヶ月。
今の位置なら2つの星は今以上に近付く事は無く、それぞれの星の干渉による潮の満ち引きも許容される範囲に収まる。
このミッションは終了し、あとは役割を終えた女神達が戻ってくるのを待つ。
「遠からず女神達も戻ってくるでしょう。人々に姿が見えないという問題はありますが、見えないところから人々を見守る彼女達がいる事を、たまに思い出して貰えれば」
妥協の日々を越え、ついにその日がやって来たのだ。
挨拶が終わり、我々は戻る。
もうこの廊下を通る事も無いだろう。
仕掛けは全て、完了したのだから。
―――
「戻れるはずなのよね?」
「こうなる前に、ハコネ達はそう言ってた。自分の意思で姿を変える事が出来るから、やる事が終わったら戻ってくるって。それなのに、これはどういう事なんだろう?」
2つの星が安定し、もうやるべき事は終わったはず。それなのに、誰も戻ってこない。
各地の様子を見に行ってる仲間の話を聞いても、どこにも女神が何かをやった形跡が見つからない。空は綺麗な星空で、北ではオーロラが綺麗という報告があったくらい。
巨大惑星の衛星になった関係で、オーロラが出やすくなったのでは、という話だ。
「メッセージをやり取り出来たらいいのだけど、地震としてメッセージを送られても困るわね」
「もっと穏便なメッセージの送り方か……」




