3-2 失われた僕を探して ロミオとジュリエット
僕らは宿の裏にある空き地で、ギードさん達の合宿に付き合った。
ハコネは勇者時代より更に動きが良くなってる。ギードさん相手に手加減しても、一撃ももらわない。ギードさんも40代で少し衰えがあるのかもしれない。
温泉で治療が出来るからここで合宿だったそうだけど、僕が怪我人の治療を手伝うとすぐ練習に戻れるから大助かりだと喜ばれた。
「本当のレベルは101なんですね。ギードも敵わないはずです」
イーリスさんは子供達の相手をしながら、稽古を見てる。この人も時間をジャンプしてるんじゃ無いかってくらい、若いままだ。
子供達もこの歳から稽古を見てたら、将来は武道家にでもなるかもしれない。
「マルレーネちゃんとハンス君は、あれからどうしました?」
「マルは魔導士の道を進んだわ。二人の仇を討ちたいって、上級の魔法まで身につけて」
仇ねえ。こうして生きてるのだから、必要もないんじゃないかな。
「生きてるとは誰も思ってなかったもの。二人の最期を見た人は居なかったけど、直前の姿は4人の魔族が見ていたらしいわ」
「ヒコゴロウさんですか?」
「そんな名前だってマルに聞いたわ。その魔族のせいで二人が死んだって言って、マルとハンスの仇討ち目標に入ってたわね」
それは止めさせたい。ヒコゴロウさん一行がなぜ飛龍を襲ったのか、事情を聞いても居ない。
「ヒコゴロウさんのレベルは当時65でしたが、マルレーネちゃんとハンス君は敵いますか?」
「それは無理ね。レベル65の魔族4人とやりあうなら、オダワラのギルド総出で行かなくてはならないわね」
どこのヤクザの抗争ですか、それ。
「マルレーネちゃんとハンス君を止めましょう」
「そうね。サクラちゃんもハコネ君もこうして帰ってきたんだし、あの子達も諦めてくれるでしょう」
ハコネはギードさんの弟子たち数人がかりの攻撃を避け続けてる。後ろにも目があるの? って思わせるような動き。
足元を狙われ、飛び上がった所を別の弟子に狙われたら、落下途中にさらにジャンプをして見せた。なんだあれ?
「あれが本来の女神の力か。どうやったらあんな動きになるんでしょう?」
「本当に凄いわね。無詠唱で魔法を使って飛んだのかしら」
僕はハコネから呪文を唱えるやり方は習ったけど、何も唱えない無詠唱とやらは習ってないな。まだまだ知らないといけないことは多い。
「僕もハコネに習います」
ハコネは色々なテクニックを教えてくれた。
無詠唱で魔法を使うのは、詠唱式で魔法を使いこなせないと出来ないから教えてなかったんだそうだ。習ったら簡単に使いこなせた。でも威力が落ちるから、威力が関係ない空中機動に使う風魔法とかに使うのが良い。
ハコネは女神時代に体術を身に着けたわけじゃなく、勇者として身に付けた技術を女神の体で使うと素晴らしい効果になったのだそうだ。
「ハコネ君、お客さんです」
イーリスさんがハコネを呼ぶ。イーリスさんはハコネを君付けのまま。男としてずっと見てたから仕方がないね。ハコネも嫌ではないらしい。
「来ちゃいましたわ」
「ハコネ君、この方はもしかして?」
鑑定したのだろう。反応が早い。
「ミシマ、お主何をしとるんじゃ」
外で話すのもなんだからと、宿にある休憩スペースへ移動。卓球台とか似合いそうなスペースだけど、ピンポン玉が無いから椅子とテーブルだけ置いた場所だ
「話し相手が居なくて暇なのよ。侯爵も私に何も頼まないし」
「ああ、あの侯爵か。じゃがマリーがおったではないか」
三島唯一の女神とやり取りをするマリーちゃん、彼女ももう十代後半のはずだ。まさかマリーちゃんに良からぬことが……
「マリーはエルンスト君の所よ。愛はお家の事情を乗り越えたわ」
聞くと、マリーはエルンストと文通を続け、それが高じてエルンスト君に会いに行ったのが去年の事。そのまま熱海から帰らなかったそうだ。エルンスト君の父アタミ伯爵に認められて、熱海に屋敷を与えられてエルンスト君と一緒に住んでるとか。十代にして押しかけ女房、そんなパワーのある子だったっけ?
何か障害があると恋愛感情を高めてしまう、ロミオとジュリエット効果かな。結末が悲劇にならないと良いけど。
「侯爵令嬢、やるではないか」
「あの子の幸せのためだから応援したけど、寂しいのよね」
愛する娘を宿敵に取られて、戦争が起きかねないような話だけど、表面上何も起きてないらしい。何か行動を起こそうにも、三島の家臣達は女神派の侯爵令嬢が居なくなったことを内心喜んでるのだろう。
「そんなわけで、暇を持て余して受肉してウロウロしてたのだけど、ゴテンバでハコネの話を聞いてね」
「ほう、どう伝わっておった?」
「龍神に戦いを挑み、散ったと聞いたわ」
その時の出来事をハコネが説明する。この宿に行かせないために引きつけたのだと。
「そこまでして守りたかったのがこの宿なのね。泊まらせてもらっていいかしら?」
「空き部屋があるか聞いて来よう。なければ我らの部屋に泊まるが良い」
結局ミシマさんの部屋は僕らの部屋に来る事になった。合宿の一行がいるから、仕方がないね。
「珍しい様式だけど、普通の部屋ね」
「温泉が自慢じゃ。部屋はエルフの大工が建てた普通のものじゃ」
部屋自体は特別な技術が使われてるわけでもないし、他の町にもあるだろうからね。
「じゃあ温泉に行きましょう」
「ハコネ、僕は待ってるんで二人でいってきて」
「なぜじゃ?」
ハコネは僕に見慣れ慣れてるから良いけど、ミシマさんはそうじゃないでしょ。
「一緒でいいわよ。元が男とか、今は何が出来るでもないのだし」
「ナニが出来るって……」
ミシマさんは大層立派なものをお持ちでした。これが衰えたとは言え、まともな女神との実力差か!
「そうじゃ、お主にも聞いておこう。我がお主を訪れた時の姿を覚えて居る?」
「男性だったわね。勇者だっけ?」
「そうです。僕の元の姿です」
体が行方不明な件を説明する。もしかしたらミシマさんが見掛けてないかと思って。
「見てないわね。私もウロウロするようになって半年だから、その前に居たのかまでは知らないわね」
「勇者が何処かで悪事を働いてとか、それも聞いたことはないですか?」
「無いわね。マリーからも聞いてないわ」
今のところは遠くまで聞こえる程の悪い噂はないらしい。良かったと言えば良かったけど、手掛かりは無しか。
「ミシマの町は変わりないのか?」
「相変わらず、天上教にお祈りする人ばかりだったわ。それに色々知らせてくれてたマリーが行っちゃったでしょ、町の様子を知る手段が限られてしまったのよ」
「それで受肉か?」
「そう。あなた達に用事もあったから、たまには良いかなってね。このタイミングで復活するのは分かってたし」
復活タイミングは、一の位が0の年、その1月と決まってるそうだ。
「それで用事ってのは?」
「用水路よ。資金不足で上流側がまた途切れちゃったわ」
戦略ビューで確認した資金は、0だった。
「貯まっておる寄進分を受け入れて置かねばならぬな」
10年間放置だったからね。能動的に寄進を受けないと、戦略ビューの表示資金は増えない。
パウルさんに言って寄進分を受け取り、受け入れの処理をした。金貨451枚だったから、資金は4.51。これなら9年大丈夫か。
「私はミシマからのは一切入ってこないし、スソノが頼みね。今の資金は…… あれ? 何事かしら」
「どうしたのじゃ?」
「ミシマの南に、赤点が沢山」
戦略ビューで資金の確認をしたのなら、赤点が意味するのは敵勢力。
「魔物の集団か?」
「そういう数じゃないわね。もっとよ。多分…… 侵攻ね」
「まことか!」
三島の南から進行してくるとすれば、フ族か。
「帰って対策をせんで良いのか?」
「町と関係を絶たれてるから、何も出来ることはないわね。城壁も遺物じゃなくて彼らが建てたものだし」
「壊れてもお主の力で直せぬのか……」
女神は遺物を維持できる。遺物には城壁や要塞もあるそうだけど、遺物でなく人が造った施設は人が直さなくてはならない。
「私の力を使わないとなると、力と力のぶつかり合い。魔族の主力がこの数なら、ミシマは落とされるわね」
自分の土地が攻め落とされる。それを当たり前の事のようにさらりと言う。
「いいんですか?」
「ちょっと格好悪いけど、私には実害はないわ。新しい支配者と関係を築くだけだもの。心残りなのは何もしてあげられないスソノの人達だけど……」
「ミシマが落ちる前なら、人族の信者のために働けるじゃろう」
「そうね。サモンゲート」
ミシマさんの呪文で、僕らの前にドアが現れる。
「ちょっと行ってきて、危機が迫ってるから逃げる支度をするようにスソノへ伝えるわ」
そう言うとミシマさんは、ドアの向こうに消えていった。どういう仕組だろう?
「お主のニートホイホイと同じじゃ」
「すぐ移動できるの?」
「お告げを出しに、神殿でやつに会った空間に一旦戻ったのじゃ。そこから領内の神殿にお告げを出せるのじゃろう」
「ところで、僕のもサモンゲートに改名できない?」
しばらくしてミシマさんは戻ってきた。ちなみに、改名はスルーされた。
「スソノは大丈夫ね。ゴテンバにも避難民の受け入れはお願いしたわ」
外交もやって来たとは、手際が良い。
「ついでにミシマの神殿にも繋げないかと思ったけど、ダメね。こんな時でも私を頼ろうとしないなんて、大した度胸だわ」
「つまり、見てる事しか出来ぬのだな」
「そうね。マリーにだけは、故郷が無くなってしまって申し訳ないって謝らなきゃね」
「お主のせいじゃないじゃろうが」
ちょっとしんみりしてしまった。
「せめてあの子が愛した町の様子を私の目に焼き付けておくわ。ごめん、やっぱり帰るわね」
「ああ、分かった。落ち着いたらまたいつでも会えるのじゃ、気にするでない」
ミシマさんは身支度をして宿の玄関へ。僕らも見送る。
「一人じゃないって羨ましいわね。もし侯爵があんなんでなければ、私とマリーでハコネたちみたいに過ごせたのかしらね」




