11ー23 逸脱
場所をハコネの空間に移しす。ここでなら、静かに事に当たれるから。
一言二言、外交でリンに連絡して、すぐに決行。1分遅れたら、それだけ人が死ぬような危険な状況だから。
「じゃあ、やってみよう」
ハコネが手を合わせ指を組み、祈りを捧げる。
「我の願いは、2つの星が大波を起こさぬ所まで離れる事。この願い、聞き届けたまえ……」
願い事の形式は、かなり自由だという。だけどハコネは、格式張った感じで願い事を捧げた。
すると間を置かず、頭上斜め上に呼び出しても無い戦略ビューが開く。そこには、こんなメッセージが書かれている。“定義が不明確”と。
「ハコネ、定義が不明確だそうだから、どの星というのをきっちり指定してみて」
「うむ、そうか……」
そう言うと、ハコネは扉の外へ。僕も一緒に扉を出ると、そこで再びハコネが祈る。ここでなら、定義を明確化出来るから。
「この星と、あの星が、互いに大波を起こさぬところまで、この星を移動させて欲しい」
それぞれを、指差しで指定。原始的ながら、何と呼べば良いか分らない物をオーダーする時、海外のレストランでもやる方法だ。
そのオーダーに対しても、またメッセージが現れる。今度は“作用範囲逸脱7E+6%、作用力逸脱1E+16%”と。
「作用範囲逸脱って何だろう?」
「作用範囲とな……」
「聞いた事は無いですが、魔法が届く範囲を超えているのでは無いでしょうか?」
オダワラさんが以前聞いた話で、遠くで何かを起こす事を願うと、うまく行かなかった事例があったのだとか。それが魔法の作用が届かない距離と関係するのでは、というのがオダワラさんの考え。
そう言えば、月を目指した時、物理魔法の到達範囲に限界があった。あの時は扉を都度召喚して、そこを物理魔法の作用先にすることで、地球の引力圏外まで行く事が出来た。その後リンと確認した結果、物理魔法が作用する距離の限界は身長の3万倍ちょっとが限界。今の僕の身体では40kmは行けるけど50kmは無理という感じ。
7E+6ってのは7の後に0が6個で700万%って事だから、作用出来る範囲の7万倍って事か。40kmの7万倍なら280万kmだから、大体あってる。300万km先まで作用させるには、100kmの身長が必要って事か。
この場合、ハコネが身長100kmになるのではなく、願い事を伝える仲介になる僕の身長なのだろうか。
「あと作用力を逸脱ってのは?」
「起こせる事の大きさにも限界があるのでしょう」
「逸脱の桁がすごい事になってるから、星を動かすなんてのは無理か……」
いや、力が足りないなら、足し併せれば? いや、足りないか。召喚した全人口を束ねても、数億倍。ゼロが16個なんて天文学的な桁には届かない。
「ところで、その様な事が出来ぬのに、なぜお主達はこの星を召喚出来たのじゃ?」
「それはゴーレム達を並べて巨大な魔法陣にして、あとゴーラが取り込んだ月のエーテルもたっぷりつぎ込んだからね」
それを聞いて、少し考え、ハコネとオダワラさんがほぼ同時に何かを思い付いたという顔をする。姉妹だけあり、その様子はどことなく似てる。
「ハダノの事を覚えて居るか?」
「領内を覆う竹林になってたよね。あっ、そうなると、身長は……」
「担当領土の大きさ、じゃろうな」
計算してみる為、僕の部屋に移動してパソコンに向かう。地図を表示して、100kmがどこまでかを調べてみる。
パソコンで20kmを調べると、箱根の端から端でも少し届かない。と言う事はこの方法は駄目か。
いや、僕の領土は、そこじゃない。魔王を支配下に置いた事になってるから、東京都東部を丸ごとと言う事。つまり、100kmという条件を、僕の領土は条件を満たす。
「そうか、僕でも届くのか」
「エドを覆い尽くす森になるつもりですか?」
「作用範囲の問題だけならそれで解決出来そうだけど、作用力がどうにもならない」
作用力も作用範囲みたいに底上げ出来ないのだろうか? 例えば身体が大きければ、作用力も大きいとか。
確かに表面積が増えれば受け取れるエーテルは増えるだろうから、その分の力は増すだろう。
1E+16%って事は100兆倍して…… 地球の陸地全部の面積くらい!?
「全地球の征服が必要」
「それは無理じゃな」
リン達が魔法陣を復活させるより時間が掛かっては、やる意味が無い。
それは無理と考えたところで、オダワラさんの一言。
「……征服しなくても良いのでは?」
「ついでに姉さんと繋がって一石二鳥です」
「もしや本当の目的はそっちなのでは?」
オダワラさんの願い事は、全ての女神の空間を接続して欲しいという事だった。距離的に駄目かと思ったけど、難なく成功。この空間自体は地球の距離と関係なく存在してるのだろうか。
それで出来上がった結果が、これ。ハコネの空間に別の扉が増えて、そこを通り抜けると広い廊下の様な場所。そこには大量の扉があり、ハコネの扉の両隣にはオダワラさんのとハチオウジさんの。ハコネの隣がオダワラさんのとは言え、並びは必ずしも近い順ではないみたいだ。
「勝手に繋がれた他の女神から苦情が来ない?」
「緊急事態が終わったら、他の誰かが願いで元に戻しても良いでしょう。今はそれどころではありません」
真面目な事を言ってるけど、表情が緩んでる。もしハコネが元に戻すとか言ったら、どんな表情をするのか恐ろしくもあるけど、ハコネも便利だからOKとのこと。良かったね、オダワラさん。
何事かと扉から姿を見せる女神達。知ってる顔の方が少ないくらいだけど、女神達に説明するのはオダワラさんがしてくれるそうだから、そこはお任せする。
廊下を進んだ先には、巨大なホールも出来ていて、そこに続々と集まっていく。八百万と言うけれど、そこまでの数では無いにしても、端から端まで声が届かないレベルで集まっている。
オダワラさんが何とかする間に、僕はみさきちを見つける。シモダさんと一緒に来たところを、シモダさんはオダワラさんの方に、みさきちは僕の方に。
そしてジョージB、リンや長尾にも説明する為に、外交の機能を使う。
「オダワラさんの説得が成功したら、その女神達の権限を一時的に借りて……」
やろうとしてる事を一通り説明する間、他全員が無言。
「それ、元に戻れるの?」
「もしかしたら…… 駄目な可能性もある」
みさきちの疑問は、僕にも解決してない疑問でもある。
ハダノさんは植物を依代としていたために意思表示の手段が限られていた。僕の場合は地球自体を自分の依代にするため、ハダノさんと以上に意思表示の手段が無い。
元に戻りたいという意思表示が、可能かどうか。
「それでも、やるの? 魔法陣の修復が終われば、要らないかも知れないのに? 世界の終わりで何億人と犠牲になるところを、大部分を救った。それだけでも、充分って思っちゃ行けないの? サクラ1人の犠牲で何百万人を救えるとしたって、そもそもサクラと他の人を天秤に掛ける必要なんて無い」
「その通りだ。そもそも最初のプランは、希望者だけ連れて行く物だった。希望者以外が何億人居ようと、見捨てるはずだった。それよりも今の状況は、遙かに上出来だ。リンのゴーレム頼みで良いじゃないか」
「みさきちと長尾が言う、ある程度の犠牲は許容する考え。それも考えた上で、やろうと決めたんだ。この先ずっと『あの時の犠牲は防げた』って思い続けるなんて、そんな重い物を背負うとか、その方が無理」
戻って来ると、コンサートが出来そうな巨大なホールで、映画館のスクリーンみたいな設備まである。こんなの、どこから出て来た?
そして僕の方のが長引いた間に、女神達の集会は終わっていた。
オダワラさんから聞くその結論は、僕の案は通らなかったって事だった。思ってたのと違う形で。
願い事を使う方法では無い。全女神が地球を依代にして、地球を動かそうと。
「サクラ1人に良いカッコは、させないって事じゃ」




