11-22 もうすぐ海に沈む街で
「このままでは引力であの星が落下してしまう。そうなれば、あの星もこの星も助からない」
「引力? 星? そんな訳の分からぬ戯れ言で、お前達を見逃せと?」
この星の文明レベルからすると、確かに通じない説明だろう。引力が発見されていないどころか、天動説の世界では星というのは永遠不変。太陽や月は神の力で地球の周りを回っているのだから、それに人間が干渉など出来ない。
こいつを無力化して、科学知識を叩き込んで説得する? それは難しそう。身動きを出来なくしたところで、魔法を使う事は出来る。
理想的には、意識を奪ってこの騒動が終わるまで眠っていてくれると良いのだけど、死なない程度の程よい攻撃なんてのは相当難しい……
「俺を1人で倒しに来たって事は、お前があの魔王配下で最も強いのだろう。つまりお前を倒せば、俺の勝ちが見える訳だ」
「世界のスライムたちの平和を背負ってる私は、易々と倒れない」
守るべき物として、とっさにスライムが思い浮かぶ私。長い間、西の魔王としてスライム達と暮らしてきて、人間と過ごした期間より遙かに長い。
スライムも人間も、本質はあまり変わらない。言葉は通じないのに意思疎通は何故か出来るスライムもいれば、意思が通じないのも居る。人間だって、言葉は通じるのに意思が通じないのが居る。
「私の言葉に耳を傾けないなんて、スライムにも劣る」
「ペットと一緒にされても困るな。まあ俺に屈するなら、飼ってやらない事も無いが」
ニヤけた笑いを見せて、こいつは魔法を放ってきた。周りも木さえも焼いてしまいそうな、幅の広い炎の帯。それを止めるため、魔法の壁を作って応戦する。
相当な火力で攻撃してくるが…… これを続けさせている間は、魔法陣のゴーレムを攻撃する事は出来ないし、魔力切れまで追い込む手もある。あえてあまり攻撃せず、無駄に魔法を使わせて行こうか。
近くに木が炎によって燃え始めてしまっているけど、私もアイツも気にしない。
魔力の無駄遣いを誘う為、多少押されているフリも演出してみる。
そのまま数分経っただろうか、魔法の威力が衰えてきた。連続して魔法を使い続けて、回復量を上回っているのだろうか。
肩で息をする様になり、やがて炎での攻撃を止めた。
「そろそろ終わり?」
そう言うのもフラグというのか、そんな油断を待ってたのか、今までと違う攻撃を受ける。魔法で無く、体当たりと押さえ込みの直接攻撃。これまで魔法でしか攻撃してこないから、そう言う事は出来ないのかと思っていたら、案外力が強く、押し倒されてしまう。
「油断したな!」
地面を背中に倒れた状態で、さっきの嫌な笑みを再びされて、背中に寒気が走る。
でも、こいつも誤算だったのだろう。こいつが魔法だけで無い様に、私も魔法に底上げされた力で物理的な攻撃力もあるのだ。それも、かなり強いの×21人分。
全力で押し返す力と、その後ろから別の人の強烈な一撃。アイツの頭が、本来向かない方向に曲がった。
「リン! 無事か?」
「びっくりした……」
頸をポキっとやったら、アイツは消えてしまった。倒してしまったという事だ。
ちょうど私が身体を押したのと、駆け付けたお兄ちゃんの一撃で、良い感じに折れてしまったみたいだ。
「もしもの事が無いかと見守っていたんだが、まさか押し倒されるとか、絶対見たくない光景に、思わずな」
兄妹のタッグで倒した、って事で良いとしよう。
「リンがスライムの平和を背負うなら、俺は世界の子ども達の笑顔のためだな」
「ふふっ、お兄ちゃんが言うと邪な言葉に聞こえる」
さて、次は元々の作戦通り、リスポーン地点を探さねば。
「リンの笑顔に役立ったようで、何より」
「見つかったのか?」
「思ったより遠い。私の全力でほぼ1日」
スライム達に突き止めさせたアイツのリスポーン地点は意外と遠くて、私が全速力で行って1日掛かりそう。それと、その速度で付いてこれるのはお兄ちゃんだけだから、行くとしたら2人でになる。
「そう言う事なら、2人で行ってこい。俺はここでやる事もあるしな」
そう言うジョージBの指さす先には、ゴーレム作成に勤しむマリとアリサ。他の者もそれを手伝って、やられた分の補充をしようとしている。
「ゴーレム補充しつつ、アイツの相手も。それでも、間に合わないな」
ゴーレムを作っても、それが指定の場所に行くのに時間が掛かる。ゴーレムを補充する場所はここから近いのが不幸中の幸いだけど、全てのゴーレム元に戻るまで1日くらいは掛かってしまう。その間に、満ち潮は2度やって来て、低地は海に沈む。
海に近い場所に住む人が多いのを考えると、膨大な犠牲が出る。考えたくないけど、もう相当な犠牲が出てるはず。それでも、これ以上の犠牲は止めないと。
「時間は待ってくれない。今すぐ行く」
「そう言う事だ。ゴーレムの方は、頼む」
「ああ、上手くやってこい。長尾兄妹」
―――
引き潮が来たら、次は満ち潮。津波じゃ無いから、すぐに来る訳では無いけど、数時間以内には海がせり上がってくる事になる。
「避難を呼びかけるけど…… 僕しか無理か」
「すまぬな。我らの声は、民に聞こえぬ」
三島の街で神殿を探して、そこに降り立つ。僕とハコネ、オダワラさんとミシマさんが居るけど、街の人には僕の事しか見えていないだろう。
「大変な事が起きています。少しでも多くの人に知らせたいので、協力を」
神官の人に伝えるも「こいつは誰だ?」という視線。僕らミシマさんと一緒にここに出入りした事は、ほとんど無い。
「今、海が干上がっています。でも、数時間後には普段の満ち潮の何十倍という高さで、この街も飲み込まれる」
「海? ヌマヅなら海の近くだが、ここはミシマ。海がここまで来るはず無いだろう」
近くに居た人から、そんな言葉が返ってくる。確かにここは海から数十km離れているから、ここまで海に沈むとか想像しにくいだろう。標高も結構高い。でも、あの巨大な星が起こす満ち潮は、数百mという途方も無い高さまで海に沈めてしまうかも知れないのだ。そうなれば、この街は全滅を免れない。箱根の山の方に逃げるようにして貰わないと。
だけど、無理だった。あまりに想像を超える荒唐無稽な話に、信じろと言っても信じてくれる人はほとんど居なかった。
「もう…… 無理かな」
「サクラさんは頑張りました。しかし、ここに限らず、残念ながら理解してくれる方は少ないでしょう。せめて、サクラさんの言葉を聞いてくれそうな方達にだけでも伝えるというのはどうでしょうか」
オダワラさんとしては、今から熱海と小田原を回って少しでも避難を呼びかけたい。それらの街は山が近いから、海面上昇が始まってから逃げるのが間に合う人が多く居るはず。全員を救えなくても、気にしないでという。
「もし、ミシマさんを初めとして女神の言葉がちゃんと聞こえるなら、みんな避難してくれるかな」
「ある程度は。でも、信じない人も多く居るでしょう」
「そうじゃ!」
それまで静かに考えていたハコネ。何かを思い付いたのか?
「何か良い案が浮かんだ?」
そう問うと、ハコネが自信ありげに頷く。
「姉さん、どんな考えですか?」
「サクラ、我とそなたの出会い、思い出してみよ」
「インターホン」
「いや、その後じゃ」
何があったか…… ハコネが来て……
「願い事?」
「そうじゃ。お主はこの大地と共に我らを召喚したじゃろう? かつて我がお主を召喚したが、その逆じゃ」
「と言う事は……」
「お主は、我の願い事を叶えられるのじゃ!」




