11-17 失敗から学ぶ
「この空、何事?」
今は朝。この薄暗さ、曇り空だからか? いや、普通の曇り空と比べて、さらに暗い。
そして少しだけ雪が降って来る。まだ秋になったばかりにも関わらず。
「昨日はこんな事は無かったのじゃが、今日から急にじゃ。太陽が昨日より暗い」
太陽が暗いなんて事があるとしたら…… 普通の天体現象じゃないだろうな。
来ると言っていた世界の終わりが、姿を見せ始めたのだろうか。
箱根の奥地から小田原に向かう途中、湯本の様子を見ると、そこは見たところ変わりの無い風景だった。普段より少し寒いだけの朝とか、そんな認識だろうか。パニックなどが起きてないなら、とりあえず良し。
そのまま空を素通りして、小田原の街に到着した。
「今戻りました」
オダワラさんの神殿に行くと、僕らに気付くなり、オダワラさんは駆け寄ってきてハコネに抱きつく。
「何じゃ、放さぬか」
「最期くらいは一緒にいてくれても良いでしょ、姉さん」
そう言うと、ハコネをそのまま連れていこうとする。そんな言われ方をされて、邪魔する事も出来ない。
さっきの外交でみさきちがこの状況を教えてくれて、彼女の推測ではやはり世界の終わりと関係するのだろうと。
そもそも、関係あろうと無かろうと、タイムリミットが迫っている事は間違いない。今はやるべき事をするだけ。
「オダワラさん」
僕の呼びかけに、ハコネに回す手はそのままで顔だけこちらに向ける。
「大丈夫、終わらせないから。だから、またあとで」
これは言葉だけじゃない。決意表明。
さっきの連絡でみさきちと待ち合わせた小田原の城へ向かうと、みさきちもちょうど着いた所だった。僕らは合流してやりたい事がある。
城で僕らが使うスペースに向かう。しして、そこで僕の扉を開けて、2人で部屋の中へ。
「これの件ね」
4つの記憶の実。これの情報を何とかして読みだそうと言う訳。
問題は、ウルモズルの焚き火を再現出来るか。あの世界では実際に焚き火が有った訳で無く、何かを僕が焚き火と認識しただけ。
「焚き火…… 燃える物……」
コンロを着火してみるけど、ここに入れて良いのか?
「まあやってみましょう。そんな神様の物なら、普通に火で燃えたりはしないでしょう」
そう言うと、みさきちは本当に1つを投げ入れてしまった。しかし、何も起きない。燃え上がりもしないし、記憶を見せる煙も出ない。
「燃えてしまわないで良かったよ」
「普通の日じゃ駄目か。じゃあ、魔法の火なら?」
そう言うといきなり魔法で火を!
「危ない! 部屋が燃える!」
しかし青い炎は指先に留まり、しっかり制御されている。
「合体版の私は、こんな事も出来るのよ。良いでしょ?」
そう言いながら指を記憶の実に近付けると、煙が!
「あっ! これだよ! この煙!」
僕がそう言うと、みさきちは炎を少し強める。煙はさらに拡がり、僕らを包み込む。
『ここは?』
『多分、記憶の実が見せてる、誰かの記憶の中』
みさきちの姿も声も聞こえないけど、テレパシーのかの様に考えた事が伝わってくる。僕が見ている様に、みさきちも同じ誰かの記憶を見てるのだろう。
「参れ! 我が半身!」
少女が魔法陣の上でその様に唱えると、そこにはまったく同じ姿の少女が現れる。
「姉様!」
『召喚の儀式かしら?』
呼び出した方が、呼び出された方へ語りかける。妹が姉を召喚したとか、そんなシチュエーションか。
「ここは……神殿?」
「良かった、姉様が帰って来れて!」
突然始まる、何だか分からない感動の再会シーン。
分かる断片的な情報からまとめると、姉がどこかに行ってしまって、妹が召喚の儀式を行って姉を呼び戻したというシチュエーションみたいだ。
「でも、私を彼方の世界に呼んだ者は、相当大きな代償を払って私を呼んだって言ってた。マイは一体どうやって、私を呼び戻せたの?」
「プリーストが言ってたの。一卵性の双子の姉妹なら、呼び出すのに必要な魔力が少なくて済むって。もし私と姉様でなければ、無理だっただろうって」
『あれっ?』
見えていたシーンが煙に包まれ、元の部屋に戻る。
「時間にして1分くらいかしら。あまり長い時間は見えないのね」
「そんな事無かったんだけどね。もっと魔力を込めて魔法を使えば時間伸びない?」
「あれでも結構な魔力なんだけど…… じゃあ、もう1回」
目の前には、石造りの建物の中で、召喚を行う為の魔法陣を前にした少女が1人。魔女っぽいイメージの鍔が広い帽子を被っているけど、さっきの子だ。年齢が上がっているから、何年か後の記憶なんだろう。
「我が半身の元へ!」
『またさっきの子ね』
すると景色が変わり、緑に囲まれた屋外になる。
「マイ? どうやってここに来たの?」
見た目が同じ、もう1人の少女。こちらが姉って事だったかな。
「召喚の逆が出来る様になったの。姉様を呼ぶんじゃ無くて、私が姉様の元に行ける様に」
「危ない魔法なんだから、そんなに乱用しちゃ駄目よ。間違って遠い異世界に行ってしまったらどうするの!」
「そうしたら、またやり直すよ。繰り返せば、いつか姉様の元にたどり着けるから」
今回は同じ世界に居る姉の場所に転移したって事だろうか。しかし、召喚の逆で自分が行くとか、もうそれ召喚じゃないよね。
「マイ、帽子の鍔が短くない?」
「あれ? あぁ、そうか、私から距離があるから、巻き込みきれなかったんだ。この魔法って、対象から少し先までしか、送られる対象にならないみたいなんだ」
「そうなのね。だから着てる服は一緒に来るけど、帽子の先だけ範囲外になったのね」
「師匠は同じ大きさの帽子でも大丈夫なんだけど…… 身体が大きいと、範囲も大きいのかな」
そんなやり取りを聞いて、また煙の中。元の部屋に戻った。
「つまりこの実は、あの妹ちゃんの物なのね」
「うーん、あの子も僕らの様な境遇だったって事か」
記憶の実を残すのは、僕らの様に次の世界に再生されない者だと言われた。彼女もそう言う存在だったんだろう。そして、世界の終わりが来て、この記憶の実として形を留めた。
その後、あとの3つに残された記憶を辿ると、共通している事があった。どれも召喚や転移を行っていたのだ。
しかし最初のマイという子が使った転移の魔法、それを超える物は無かった。
「世界を越えた移動ってのは、ありふれてるみたいね」
そうなんだろうか……
何か、おかしいのでは……
この記憶の実が残るという事は…… その人は、世界と運命を共にした事になる。
「そうか」
「何か分かった?」
大昔、戦争で損傷しても帰還した戦闘機を調べたエンジニアが居た。その人が帰還機の損傷箇所を図面に記していくと、胴体には損傷が多く、コックピットや尾翼の損傷が少なかった。
それを見た人が、損傷を受けやすい胴体を補強すべきか聞いたら、技術者は逆だと答えたという。
コックピットに損傷がある帰還機が少ないというのは、そこに損傷があると帰還出来ないからだと。
今回のも、同じ様にヒントが隠れている。マイ達のやり方では、助からなかったという事だ。
「この程度の召喚や転移の魔法では、助からない。あるいは、助かるにはまったく別の方法が必要」
「まったく別か。それを見つける時間は…… 無いわよね」
「そうなると、これを超える様な、召喚や転移。でもそっちの方が、今まで見たヒントが活きそうな気がするね」
連れて行きたい人達を思い浮かべる。
「ハコネもオダワラさんも、全員。誰も残さない。全員連れて行こう」




