11-13 対決
「上空からの監視は出来たが、接近すると全て撃墜された」
「どんな人物がいるか、見えてない訳ね」
「船のコースは、この島に真っ直ぐ向かっている」
異世界5号上空のスライムネットワークから、リンが情報を引き出してくる。その情報で今最も注目しているのは、この島に向けて進んで来ている船団だ。
高空からでは人の姿までは見えない為、その姿を捕らえられる高さまで高度を落とすと、ことごとく撃墜されてしまっているそうだ。姿も確認出来ないくらいの距離で簡単に倒されるとか、相当な戦力が向かって来ていると思って良い。
「マルコはどう思う?」
「そんな事を出来る奴は、誰も居なかった。そんな奴が居たら、俺ごときが来る事も無かっただろうからな」
マルコの推測では、勇者の召喚が行われたのでは無いか、って事だ。魔王が現れた時だけ行われる、特別な儀式。それによって異世界から勇者が召喚されると。
この数日、元の世界に戻ってマルレーネとハンスを探すのにかかりきりだったので、こちらの世界で起きている事へのチェックが甘かった。その間にそんな事が行われたのだろう。
ちなみにマルレーネとハンスは、突然消え失せたかのように、何も痕跡を残さず行方不明のままだ。旅に出る為の靴さえ残されていた。あれだけの実力者だから、誘拐しようにもそんな事を出来そうな者もおらず、本当に謎だ。捜索は今も続けられている。異世界にでも召喚されてしまったとか、そんな事でも無いとこの行方不明は説明しようが無い。
……まさか、ね。
「予想だとあと2日で到着か。迎え撃つしか無いのだろうけど、こっちから出向いてみる?」
「折角だし、それらしい舞台を整えたら良いと思う」
「リンには何かアイデアが?」
リンの考える舞台ってのは……
―――
上陸を妨げるような敵襲も無いが、少し緊張した面持ちで兵士達が上陸する。
そして先遣隊が発見したのは、城だった。
「聞いていた話と違うが、これは?」
これが先遣隊が発見した、魔王が居そうな城か。聞いていた情報だと、古い砦があるだけなはずだが、立派な城じゃ無いか。
「いや、こんな物は無かった。急ごしらえで作ってしまうとは、何て連中だ」
門の先にある庭には、花壇の形はあるが何も生えていない。要するに、出来たての城という事か。
「兵士達を展開させて、ルートを探らせよう」
「もっと簡単な手があるわ」
ここまで静かについて来るだけだったマルレーネが、杖をかざし、呪文を詠唱する。
すると巨大な火球が生まれ、城に向けて放たれる。城の中央部分、入口がありその上にバルコニーがある区画。そこへ2階分よりも巨大な火球が炸裂し、轟音を立てる。
「これは兵士が居ると使えないな。兵士達は下がらせよう。思う存分やるが良い」
司祭は腰が引けたのか、いそいそと後方に下がる。こんなのに巻き込まれたら,無事な奴は少ない。
城はわずかに外壁が焦げる程度の破壊で済んでいる。かなり頑丈な作りか、あるいはその様な魔法でも掛けられているのか。とは言え、マルレーネの狙いは城の破壊では無いだろう。
煙が消えると、2階のバルコニーに現れた者が居る。城の主か?
「よくぞやって来た。勇者とその一行よ…… って、まさか、本当?」
現れたのはマルレーネよりも幼く見える少女が2人ともう少し大人の女。
「マルレーネだよね? 何だか若返ってるけど、まさか本当に召喚? 一緒に居るのはハンス?」
「なぜ俺たちの名を知っている?」
「えっ!?」
どう言うわけか、俺たちの名を知っている。
俺たちがこの世界に呼ばれる前、どこで何をしていたのか覚えていない。それを解く鍵が、まさか魔王にあるというのか?
「ハンスは勇者になりたいって若い頃言ってたけど、覚えてない?」
魔王(?)がそんな事を言うが、記憶に無い。
「魔王が現れたら、こう言うわれるんだ。『世界の半分をくれてやろう』って。ハンスは言ってたよ。それを断るのが勇者だって。覚えてない?」
何か思い出せそうな…… いや、覚えが無い。
「お前が魔王、って事で良いんだな?」
「そうだ、大魔王だ。ハンス…… それも、覚えてないのか。それでも、僕は君達との戦いを望まない。話し合おうじゃ無いか。世界の半分まで欲しい訳じゃ無い。移民を連れて来たいだけなんだ」
大魔王はそんな説得を始めるが、侵略を受け入れる訳には行かないだろう。
「ハンス、私がやろう。時間稼ぎを頼む」
そう言うと、マルレーネが呪文の詠唱を始める。今度はさっきのよりも長いが、さらに威力を上げて行くつもりか。
「マルレーネ、ギードとイーリスの子、エルンストとマリーの友人、氏綱の母。思い出して!」
聞いた事がある様な気もする名があるが、何だったのかは思い出せない。
本当に俺たちの関係者なのかも知れないが、マルレーネは止まる事無く詠唱を続ける。
「危険な魔法は止めて、話をしよう。記憶を封印されているのなら、それを何とかしよう」
魔王には俺たちを攻撃する意図を微塵も感じない。これならば戦わなくても構わないんでは無いか?
敵で無いのなら、害の無い形で居る分には問題が無いのではないか。
「ハンス、迷うな。君達の名を私も知っていた。鑑定の能力があれば、可能な事だ」
後ろに引き上げていた司祭が戻ってきて叫ぶ。
「他の名はデタラメだろう。そうやって、君達を取り込もうとして居るんだ。騙されてはいけない! 戦ってくれ! 何百万の民の命が、君の決断に掛かっている!」
「勇者ハンス!」
「賢者マルレーネ!」
司祭に続き、兵士達も集まってきて応援の声を上げる。彼らも戦いに巻き込まれたら命が危ういというのに、この場に立とうとする。
そして、ついにマルレーネの準備が終わる。
マルレーネの掛け声さえもかき消して、轟音を響かせて火球が再び城を襲う。慌てて下がる者達。
火球が城に激突し、その爆発で地面が揺れる。その中、目の前に飛び込んできたのが、魔王。
俺が構える剣先を握り、目の前から語りかける。
「剣は仲間の為に振るう物。ギードさんもそうやって、君に剣を教えたじゃ無いか」
こいつが言うのが本当なら、そのギードが父で、俺は剣を習ったのか。
そうであれば、この魔王は、俺の何なんだ?
「だったらお前は何者だ?」
「サクラだ。君達が生まれる前からの、ご両親の友達。君達の仲間だ。たとえ剣を向けられても、魔法を向けられても、仲間だ」
「聞くな! ハンス! 騙されるな! 詳しくは後で話すが、あれは私の前世よりの因縁の存在。間違いなく、邪悪な魔王だ。見た目に騙されてはいけない」
ただ、黙って、真っ直ぐ俺の目を見て、俺の剣先を持つ魔王。
悪い奴には見えない。言う事を信じるかは保留にして、被害の無い妥協点を探っても良いのではと思い始めたその時。
急に後ろへ引っ張られる。腕を掴まれてと言うのでは無く、魔法の力が働いて、全身が後ろに下がる。
そしてそれとほぼ同時に、俺が直前まで居た場所を中心に、円柱の光が立ち上る。魔王を巻き込んで。
「私の魔法だ。それをマルレーネがブーストして、相当に威力を上げている。魔王と言えど、これならば……」
それは、司祭がアンデッドを浄化するのに使う魔法。外に逃さない結界で包み、その内部を無に帰す。それを魔王に使っても効果は無いだろうが、マルレーネによる魔法の増幅が掛かれば、どうなるか?
光が消えた時、そこに魔王の姿は無かった。




