11-9 地上の星が巡る所
「そこまでにして貰おう」
その様な言葉と共に突然現れたのは、見た目は我々の種族の若い女。それが3人。先程まで木が立っていた場所に、いつの間にか木は無くなって、3人が立っている。
何をして来るでも無く、若司祭のしていることを制止するのみ。
「女が3人? それも子供が2人?」
「油断するな。見た目通りとは限らない」
この遭遇が街中であれば、全く怪しまなかっただろう。成人らしい女と、少女が2人。どこにでも居る。
しかし、この3人は怪しい。こんな場所に居ること自体が、その怪しさを物語る。調査に来た一行以外、この島には老若男女問わず、誰も居ないはずだったのだから。
そして、伝承にある魔王は、見た目が若い者が多いと聞く。世界を越え てくる程の実力の持ち主ともなれば、魔法の力で若さを保つくらいは出来てもおかしくない。
「お前達が魔王の手先か!」
若司祭が先走ってそんな事を言う。その言葉、自らの目的を伝えるも同然で、慎重さが少し足りないぞ。
この状況で制止されただけというのが、何を示すか。
もし我々よりも弱いのなら、そのまま身を隠しているだろう。
もし我々並みの強さなら、隠れていた利を活かして、奇襲してくるだろう。
つまり…… 堂々と出てくるだけの余裕があるから、この様に現れる。この3人も、勘違いで無ければ、強者だろう。
「魔王の手先では無いな」
「では何者だ?」
その問いかけに、1番若そうな女が答える。
「魔王、そして魔王の友人、ついでに大魔王」
―――
「ご容態は?」
「芳しくありませんな。」
普段はあまり人が出入りしない、オダワラの城内にあるある建物。ここは我が母、マルレーネが使用している部屋だ。
体調を崩したと聞いて来てみると、思いの外状況は良くない。そもそも本人が、どんな怪我でも毒でも治療出来る高度な魔術師である。それなのに体調を崩すというのは、あまり多い事では無い。というか、始めて聞いた。
「最期にやっておきたい事があってね。手伝って貰えるかい?」
「最期とか言わないで下さい。100どころか200まで生きて貰わないと」
「自分がどんな状態か、何が治せて、何が治せないか。それが分かってしまうのさ。あらゆる事を治療出来るなら、ギードもイーリスもここに居たさ」
ギードとイーリスは、母上のお父上とお母上。どちらもかなりのご高齢まで健在で、70を過ぎてもユモトの道場で指導に当たられて居たと聞く。そんな比較的長生きの家系で、不老ではと疑われるほどに若い姿を保っていても、普通の人とかけ離れた寿命を持つ訳でも無い。おふたりとも、ユモトに眠っておられる。
「それはそうと、身近にこれだけ多く前世の記憶を持つ者が居る。そんなのを見ると、私もどこかに生まれ変わって、魔道を極める続きを出来るんじゃ無いかと、思ってね。今の記憶を持ったまま、また子供から80年の人生を楽しめるなんて事になったら、次はどこまで高みを目指せるだろう。むしろ、ワクワクするだろう?」
「今の母上の力と記憶を持って、自由に走り回れる若さが付け加わる。それは楽しみでもあり、恐ろしくもありますが、今はもう暫く、わが母上で居て頂ければと……」
これ程に来世を楽しみにしている人なんてのを、見た事が無い。確かに父上も私も、前世の記憶を持つ。他にマリとアリサも前世の記憶を持つという。これだけ転生者がありふれると、自分も来世に記憶を持って行けるのでは無いかと期待してしまうのだろう。
だが今のところ、前世の記憶を持って生まれたのは、父上の血を引く者だけだ。転生前の共通点は特にない事から、この世界に生まれる身体に「前世の記憶を保持する」という遺伝的な特徴が有るのだろう。そしてその様な特徴が、来世の身体に備わっているのかは、誰にも分からない。
「そう言えば、ハンスはどうしているか、聞かないか?」
「ハンス叔父様は、特にお変わりなく、エルンスト様達と暮らしておられるかと思います」
「私の事は、伝えないようにね。遠路はるばる見舞いに来て、体調を崩されでもしたら困るからね」
さらっと、嘘をついた。
実はハンス殿も、体調があまり優れないとのこと。母上に伝えると心配を掛け、無理してハダノまで来てしまうのではないかと懸念して、伝えないように頼まれている。
姉弟で心配する箇所まで同じ。70を過ぎても、そういう所は姉弟なのだな。
―――
「ここは俺が何とかする。お前達は船へ!」
「何を言われます! 一緒に戦います!」
「戻って伝えるのが、お前達の使命だ。行け!」
若神官が次々と放つ魔法を、それ以上の魔法により相殺。だけど、それ以上の手出しはしない。力の差を見せつけるだけ見せつけて、話を聞かない男をねじ伏せる作戦だ。
やがて魔力を使い果たした若神官が、後は任せたとばかりに勝手に逃げだし、今に至る。
残ったのは、こんな状況でもまっすぐ僕を睨んで来る男と、その仲間。どこかで見たような展開を目の前で見せられているけど、彼らの命を奪うような理由は全くない。
部下達が無事に逃げる時間を上司が稼ぐという、世の中のサラリーマン上司にも見習わせたい状況。だけど、もし本当に襲いかかってくる危険な魔王だったら……
『魔王から逃げられると思ったか?』
とか言って回り込んで…… おっと、思考がどこかに行っていた。
そんな間に、部下達は逃げ去り、上司が残る。
「さて、勇敢なる上司よ」
「ジョーシ? 俺はマルコ。臨時の司教補佐だ。いや、明日は司教かな?」
そう言うマルコは、僕らと話をして時間を稼ごうという積もりなのだろう。そしてその時間稼ぎの為に話をしようと言う姿勢が、とてもありがたい。
「マルコ、あなたを傷つける気は無いし、部下達に対してもそうだ。あの若者みたいに、僕が守りたい物を壊そうとしなければね」
「そうか、俺はここで死なないのか。なら、司教への昇格は取りやめだな」
―――
本当に魔王だったのか? 本人がそう言ったが、それを確かめる手段は無いはずだった。
あの大魔王と言われた女、どこかで見たような気がしていた。そしてその感覚を持った直後、天啓を受けたかのように、膨大な記憶が私に降り注ぐ。
私は、いや俺は、前世でヴェンツェル・フォン・アタミという男だった。俺は前世で奴を見ている。奴との因縁がある。貴族の子でありながら、奴のせいでその座を追われ、不遇の内に命を落とした。
そしてその記憶と共に、前世の俺が持っていた能力も受け継いだのだろう。奴を鑑定して、その結果は……大魔王、サクラゴーラ。あの世界を支配して、この世界にも侵略の手を伸ばす、大魔王か。
たとえ見つけたのが魔王で無くとも、戻り魔王を発見と報告して、勇者の召喚を行う。俺が今回の遠征に参加した目的は、その為だった。そして勇者召喚者としての立場で、至高の立場に上り詰める予定だった。
それがまさか、本物が来てしまうとは。そして、俺が何者なのかも気付かせてくれた。前世の雪辱を果たす為、これ程の舞台を誰かが用意してくれた。俺は神を信じていなかったが、今日からは信じよう。
何としても、帰り着かなくてはならない。これから始まる復讐劇と、大魔王討伐の神話を創る為。
追っ手は……今のところは来ていないが、あの中年司祭が魔王を倒せるとは思えない。敵は取ってやる。船が出るまで、悪いが少し耐えてくれ。




