11-8 遠征部隊は見た
歴史を紐解くと、魔王の侵略は何度も繰り返されている。どこか他の世界からやって来て、この世界を侵略し、撃退されてきた。俺たちはこの世界の歴史として、その様に教わってきた。
その教わってきたのと異なる歴史が存在する事を、つい最近知った。そこには、少し違う事が書かれている。魔王はこの世界を侵略し、大部分は撃退されてきた、と。
話が通じる魔王だった場合は、なにゆえ侵略に及んだのか聞き取った事例がある。そうやって得た情報は、総本山の書庫に大切に蓄積されており、特別な場合以外は枢機卿以上のみが閲覧出来る。要するに、世間には伏せられている。
今回我々がそれを閲覧する機会を得たのは、その情報を必要とするかも知れない任務に就くからだ。魔王と相対する為の特別な知識を与えられて、魔王の侵略か確認して来いと。
大魔泉への遠征の役目は、たらい回し。枢機卿が司教に投げ、司教も司祭の我々に押しつけたからだ。重大な役割なため、ちょっと格を上げて臨時の司教補佐という扱い。
お偉方の高い地位は何の為に与えられているのかと、嘆かわしくなる。まあそんな批判的な考えが、押しつけられ役にされた原因の1つだろう。
ちなみに、名誉の戦死となれば司教扱いで葬儀が行われるそうだ。そんなの別に嬉しくも無いが、遺す者を助けることになるなら、まだ救いがあるか。
冒険の旅に明け暮れた若い頃、あちこちで孤児を見かけた。冒険者が向かうような地域には、魔物に家族を奪われたなんて者がどの村にもいる。薪を手に入れるだけでも林に入る必要があり、村によっては命がけだ。そして俺も、父を大熊にやられた1人だ。その仇討ちをする為というのが、冒険者になった切っ掛けだった。
そんなのを見てきたから、信頼出来る孤児院に孤児を連れて行ってやったり、孤児院付きの教会を手助けして来た。そんな生活から、ああなってこうなって、司祭をする羽目になるという謎の人生だ。
「ジジババの治らない腰に回復魔法掛けてる生活より、マシでしょう?」
「何言ってんだ。大事な仕事だ」
遠征部隊の第2組に同行するというのが、俺の役割。はっきりいって、迷惑な仕事だ。普段の仕事を放り投げて来ざる得なかったから。
村の教会で魔法による治療の対価として受け取ったお礼で孤児を養う仕事の方が、もっと大事じゃ無かろうか。他の誰かに代わることが出来ないのだから。
「第1組の若司祭、あのやる気は何なんですかね。まるで自分がリーダーだと言わんばかり」
「俺もあいつの事はよく知らん。俺は指名で来たが、あいつは立候補したそうだからな」
今回の遠征には、俺の他にあと1人司祭が来ている。若くして司祭に取り立てられている事から、出世頭なんだろう。そして、危険にも飛び込む度胸もある。ああいう奴が、組織を上がって行くんだろう。
その若い司祭を含めた第1組が出発して、半日。昼食時に魔法で狼煙を上げるはずだが……
「上がりました! 白です」
「問題無いようだな」
2つの組で1日ごとに船の守りと偵察の役目を交代する。報告を返すのが目的であるので、情報を得る事と同じくらいに、戻る手段を確保しておく事は重要。船の方は偵察よりは疲れないため、交代で行う事で疲労をため込まないという利点もある。
偵察に行った組は、夜は船まで戻り、船に残った組と情報交換を行う。そうやって、交代で少しずつ状況を進めていくのだ。
「これの事か……」
昨夜の報告で聞いた、初日の第1組が発見した怪しい箇所。見たところはただの岩山に似せているが、ここで作業をした名残か、草が無くなっている部分がある。恐らくここにある岩のどれかを動かしたのだろう。
形からすると、洞窟を隠す為に岩を置いたのだろうか。しかしこの大きさの岩を動かすとなると、人間の出来る事では無いな。これは本格的に、怪しいかもしれん。
「これを動かすのは、無理そうだな」
「元の位置に戻すつもりが無いなら、可能です」
そう答えたのは、従軍魔導士。大きな岩を持ち上げてこの位置に置くようなことは、不可能。しかし、岩の下にある土を水系の攻撃魔法で穿てば、少し動かすくらいなら出来る。人が出入りするくらいの隙間を作るくらいなら、可能。
「よし、やるか」
第2組総出で土掘り作業。岩の前にある土を掘り、穴を作る。穴を作り終われば真下の土も水魔法で削って岩を動かすのだが、穴を掘る作業だけで1日が終わってしまった。
「おいしいとこだけ第1組に譲るのは、悔しいな」
「そう言うなって。ここが怪しいってのを見付けたのは、第1組だ。お互い様さ」
「どういう事だ……」
前回の偵察時に土を掘ったので、その次の日に第1組が岩を動かすはずだった。それが昨日。
しかし第1組が行った時には、岩の前に掘った穴は無くなって、さらに掘れないよう土で無く石の様な堅い物で固められていた。
「言った通りでしょう?」
この状況を理解する為、今日は若司祭も第2組に同行している。
第1組が何かを隠した可能性は? それは無いだろう。穴を土で埋めるならともかく、これは第1組が出来るとは思えない。
では誰が? おそらく、第3者がここに出入りしたという事だ。そしてそいつは、ここを掘り返される事を嫌がっている。
「誰だか知らないが、ここをこの状態にした奴は、この中を隠したい理由がある様だな」
「それが魔王か、その手先か……」
「まあ結論を急ぐなって」
魔王と決めたがる若司祭。
まあ可能性が無い訳ではないから、否定はしないが。
「ここで何かをした奴は、俺たちを見張っている可能性があるな」
「これだけのことをする力を持つなら、我らを恐れて居る訳ではないでしょう。隠れていないで、出てこれば良いものを…… どこに居る! 魔王の手先め! 出て来い!」
若司祭の呼びかけにも、風の音が返ってくるだけ。
「出て来ないというなら、こうしてやる!」
―――
召喚した身体を隠した洞窟。それが呆気なく見つかったのは、隠し方が悪かったんだろうか。
岩を動かすつもりで土を掘り始めたので、それが出来ないように細工したのだけど、諦めてはくれないらしい。
「どこに居る! 魔王の手先め! 出て来い!」
いや、手先じゃ無くて、魔王の上司、大魔王です。
光を透過する様にして、ほぼ不可視の状態ですぐ近くに居たりする。石を投げたら当てられるくらいの距離。スライムの身体は本当に便利。
「(呼ばれてるけど、どうする?)」
「(出て行って、何を話し合う? 私達の状況を説明?)」
同じく不可視のみさきちとこそこそと話し合うけど、向こうに聞こえては居ないはず。僕らの耳をエルフ耳以上に集音性が良い形へ変えたから、こそこそ話し合う声は風の音よりも小さい。スライムの身体は本当に本当に便利。
「出て来ないというなら、こうしてやる!」
何をするのかと思ったら、岩の所に行って、何かやってる。良く見えないから、透明度をさらに上げて近付き、その手元を見ると…… 水?
魔法で水を出して、岩で塞いだ洞窟の中に注いでる。岩で塞いだと言っても僅かに隙間があるから、水を入れることは出来る。
こんな事を想定したら、洞窟は奥に行く程高さが高くなるように作ったのに…… 奥ほど深くなるように作っちゃったから、奥が水没してしまう。そして奥が水没すると、奥に寝かしてある僕の身体も水没。水死体になってしまうじゃ無いか。
「(あれはまずいから、止める!)」




