11-6 召喚魔法陣
「こちらの世界では、魔法陣を描く方法なのか」
みさきちやリンと再び異世界5号に来て、オットー達からの報告を聞く。
今回オットー達に調べて貰ったのは、異世界から誰かが召喚された事例があるかどうか。
調べてみると、情報は簡単に見つかった。過去に魔王が襲来した際、それを倒した勇者というのは異世界から召喚された者だったと伝えられている。王が召喚したという伝説もある。
異世界からの召喚は、僕らの世界だと蓄積した信仰力を消費して女神が行う。それがこちらの世界では、魔法陣に魔力を注いで行うらしい。伝説の王様がそんなに魔力を持っていたのか? その辺は、王家に伝わる秘宝があると言う説や、王の指揮下で国中から魔道士を掻き集めて共同で召喚の儀を行ったという説など、諸説有る。
「どんな魔法陣で召喚出来るのか、調べる必要がある」
「でもそう言うのは、秘伝として明かされてないんじゃないのかしら?」
みさきちが言うのももっともで、そんな大魔法の魔法陣が一般公開されてる事は無いだろう。残された僅かな時間の間に、情報が得られる可能性は低い。
とは言え、こちらにはリンが居る。彼女は、月で魔法陣を描いた長尾リンの記憶を受け継いでいる。この世界と僕らの世界で魔法陣構築の法則が一緒であれば、異世界召喚の魔法陣も構築出来るかも知れないと言う。
「次は私達が行く」
「え? 私も?」
「そう、護衛兼、相談相手」
異世界のリンを多数吸収して、僕らの世界最強な今のリンに護衛が必要なのか?
「見た目が……アレなリンと、人目を引きそうなみさきちの2人だと、面倒を呼び込まない?」
「アレとは何かについて、質問が」
「だったら、私が保護者に見えるように、姿を変えてみるわ。こんなのはどう?」
そう言って、姿を変えるみさきち。変幻自在なスライムの身体を、みさきちは使いこなしつつあるのだ。
「それ、誰?」
「兄様」
「お兄さん?」
はて、みさきちにお兄さんって居たっけ?
と考えて、思い出した。日本での兄で無く、異世界の兄か。
「義兄の足利義澄よ」
義澄さんは、あちらの世界で先代の公方さんだった人だ。元の名前は足利義高で、公方の座に就いて以降は義澄と改名している。精悍な「もののふ」という感じがする。
みさきちはこの姿で政綱と名乗るそうだ。そもそも足利家で公的にはその名だから、違和感が無いのだと言う。
「それで、リンは21人居て、私も7人居る訳で、手分けしようと思うけど、どうかな?」
「女神の力を貰ったみさきちは良いとして、それ以外のシスターズはこんな世界に出て来た大丈夫なの?」
女神の力を得た足利の美咲を除いて、みさきち達の6人は一般人寄りのステータスだったはず。この世界は重力が強いためか、人間も動物も力が強い。か弱い女の子とは言わないけど、この世界は辛いんじゃ無かろうか。
「そこは心配ないわ。このスライムの身体、元々の私とは無関係に、相当強化されてるし。ハチオウジさんの力を得てすぐの、あっちの世界での私と同じくらいね」
何それ凄い。
僕らはこちらに来る前からそれなりの強さだったから、スライム化による上乗せ分を感じにくかったのか。
リンが7人、みさきちシスターズも7人。組を作ってと言われても余らない、やさしい仕組み。
リンは3人分の能力や知識で行動出来る。さらにスライムの身体は気球スライム達と交信が可能で、夜間に限れば7組の間や僕と情報交換を行える。その時点で、中世のような世界に居ながら情報通信の恩恵を受けられるという、とてもありがたいシステムが出来上がった居る。
リンみさコンビが情報収集に行って、7日。なんとか過去の勇者召喚儀式について情報が得られ、解析と再現の作業が始まっている。
そもそも異世界から勇者候補を召喚するという事に関して、僕の認識は間違っていた。異世界から勇者候補を呼び出すと言うのは、世界の壁を越えるという点に注目していたけど、実際に肝となるのはそこでは無いのだ。異世界から素質のある勇者候補を探し出し、その人物をこの世界に呼び出す。実は大変なのは、勇者候補を探す部分。異世界にいる人々を片っ端からスキャンして、記録して、比較していく作業。例えば地球からなら、スキャン対象は70億人。70億回のFor each処理って、誰がやるんですかね? 人間には無理です。
その辺の処理が面倒になり、適性持ちが多そうな国・年代に絞るという手抜きで候補を1000分の1に絞るとか、ノウハウがあるそうだ。「日本人召喚されすぎじゃね?」の種明かしは、そんな雑な事だった!?
過去の儀式では、魔道士達がそれぞれ多くの精霊を呼び出し、その精霊達がスキャン作業を実施。そこまでが1次審査に相当する。そこからは魔道士達が直接スキャンする2次審査、最後に儀式を取り仕切る王様が候補者を選んだそうだ。何それ、会社の採用活動?
それに対して、僕らがやろうとしているのは、ある世界にいる人々をまとめて召喚。あちらの世界に居る約7000万人について、本人が望むならこの世界に召喚する。処理が重い部分は、スキャンで無く召喚その物。だから勇者捜しより処理はシンプルで、力業で召喚しまくるだけだ。
そしてその力業は、ゴーラに任せようと考えている。源泉と月を飲み込んで巨大になったゴーラは、1億匹に分裂しても各個がとてつもない魔法処理を持つ。それぞれが、女神が行う異世界召喚の処理をこなせるレベルだ。そんな並列処理で、一気に片付ける。
「個別の処理を作成したら、それを読み込んだゴーラが分裂。ところがそこに、バグが生じやすくてね。分裂の際に命令のコピーを行うのだけど、どこかでコピーミスが生じると、誤った命令が走ってしまう。それも膨大な数。例えば、召喚を望む人だけ連れてくるはずが、逆をやってしまうかも」
「それは酷い」
「まあ、その辺のエラー対策や、工程管理関係は何とかするよ。あっちの戦闘機を解析した成果が、ここに使えそうだし」
あっちの戦闘機というのは、魔石に処理が刻まれたゴーレムを利用した反乱軍の航空戦力だ。4人組がこの世界を探索している間にリンが解析を終えて、その技術の流用が可能になった。今回使うのは、命令を記録しておく機能。魔石に書き込まれた命令は、書き換えがされないように工夫されている。書き換えられたら、戦闘機が敵に回ってしまうから。それを真似て、命令のコピーミスがないか確認し、間違いがあれば実行しないという機能を作り出した。
「戦争の為に進歩した道具が、別の場で活かされる、ね」
「楽をしたい気持ちが発明の母なら、戦争は発明の父だからね」
そして、試作魔法陣発動試験の日が来た。今日は向こうの世界で7月31日。明日には次のターン、899ターンが始まる。
「今日は召喚部分の試験」
「分裂による命令複写は、既に試験済みよ」
この日を選んだのは、もし良からぬ事が起きた場合の被害軽減のため。僕の犠牲であれば、次ターンが始まる8月1日、つまり明日には元に戻れる。これが明日だと、復活出来るのは9月1日となり、長い時間のロスになる。
召喚対象は、あちらの世界にあるジョージBが本来使うべき身体。ちなみにジョージBは僕の身体を返す気は無いそうなので、もう僕の身体だ。だから僕がOKと言えば、やって良い。
「では、開始!」
直径2mくらいのゴーラの表面に、魔法陣が発動し模様が光る。そして、その魔法陣の中央に現れたのは、僕の身体! 試験は成功か!?




