10-26 カタストロフィ
「そんな事が、本当に……」
「信じるも信じないも、好きにしてくれて良い。どう思われようと、私がやる事は同じ。この世界の私を取り込み、次の世界へ渡る」
異世界から来たという長尾リン。しかし、それと分かる証拠は無いし、他の世界に行けるという事だって本当かどうか。
「だから、リンは返せないと?」
「力が増す程、世界渡りがうまく行く可能性が高まる。大丈夫、そのうち解放してあげるわ。次の世界に渡ったらね」
それを聞いて、戸惑いの気持ちが起こる。
僕らの都合としては、リンと一緒に居たい。しかし、長尾リンが連れて行けば、リンは次の世界に行けて生き延びる。リンの為には、このまま長尾リンに好きなようにさせた方が良いって事か?
「あなたのリンから引き出した記憶の通りね。あなたは今、リンの為を思ったでしょう。それで良いの。あなたと私の利害は、ぶつからない。リンは私が助ける。あなたはあなたの救いを目指せば良いわ。お互いに、邪魔はしない」
「リン本人の意思は?」
「リンの意思なら、私が示しているわ。今の私は、3つの世界に生きた18人のリン。その多数決で動いてる。あなたのリンは21人目だけど、彼女がどんな考えを持とうと、私の考えが多数派な事は揺らがない。ちゃんと民主的でしょ?」
―――
「それっ」
中型スライムのゴーラを、地上に放す。地上には魔法陣を形成する水路と、そこを埋めるエーテルがある。それをゴーラに吸わせたい。
ゴーラは飛び跳ねながら、水路の手前まで飛んで行き、エーテルに飛び込む。
「さて、どうなるじゃろうか」
「先程姉さんが吸わせた量と比べて、ここの量は膨大です。予想外に大きくなってしまうかも」
膝位まである深さの水路が、見る見る干上がっていく。そこを泳ぐゴーラはすでに我らの背丈を超える。
「ゴーラ! 一旦停まるのじゃ!」
しかしゴーラは、吸い続ける。吸い続けながら、水路にエーテルを供給する吐き出し口に近付き、そこに入り込んでいく。
「どこに行くのじゃ!」
―――
長尾リンと居る部屋の中。リンを取り戻すどころか、リンが戻らない理由に納得しそうな状態。
これじゃ、はるばる月まで、何しに来たのか分からない。
そんな時、急に窓の外が暗くなった。
「ん? なんだ?」
「街の明かりが消える!?」
部屋の明かりは特に変わりないけど、壁一面の大きな窓から入る光が減っている。それは街の明かりが消えて行ってるからだ。
「ブラボー、チャーリー、街の状況確認!」
「はい」
呼びかけ(?)に応えて来た2人のリンへ、長尾リンが指示を出す。それに応えて、2人が出て行く。街の様子を見に行くのだろう。
戦略ビューを見ると、青い点が多数の中に、緑の点が3つ。2つはこちらに速い速度で移動中、1つはゆっくりこちらに移動中。
ハコネとオダワラさん、あと1つはゴーラ?
「あなたの仲間、何か変な事やったんじゃないかしら。外に出したのは失敗だったわ」
何とも返答のしようが無い。全然状況が分からないから。
しかし、その状況を知らせる者はすぐにやって来た。
「ゴーラがエーテルを飲みに地下に!」
ハコネの第一声を引き継いだオダワラさんに説明を聞く。ゴーラはエーテルを飲みながら、その供給元の地下へ向けて移動中。
どこまで行っているのかも分からない。戦略ビューでの位置は、地下都市のさらに下を移動している様子。
「ここの地下は、どうなってるの?」
「都市の各地にエーテルを送る管が張り巡らされている。そこへの供給が途絶えたから、街の明かりが消えたのだろう。ということは、ヤツはかなり深い場所まで進んでいる。源泉まで進まれてしまうかも」
「源泉?」
「この月の内部には、膨大なエーテルがあるわ。それが源泉。僅かずつ地表に染み出し、蒸発して月の重力を振り切り、地球にも供給されている。それが地球における魔法の源。その月のエーテルを直接使うのが、この都市なの。源泉からエーテルを汲み出して、都市のエネルギー源にするためのルートがある。きっとヤツは、そこを遡って源泉に向かってる!」
部屋から出る長尾リンに付き添いながら、これから起こる事について意見を交わす。
この事態は、この世界の運命に関わる。この月はもちろん、地球からも魔法を奪う可能性がある。そうなれば、科学を一旦捨てて、魔法で置き換える計画は頓挫する。
「何よこれ!」
建物の外に出ると、街は水に沈みつつある。
地響きのような振動が起こり、街の建物が崩れていく。建物は水に溶けていく。塩や砂糖で出来てる訳でも無い建物が溶けるとか、これは水じゃ無いな。
水面に近付くと、水で無い事が分かる。スライムだ。そして水位(?)は徐々に増している。
「この都市が沈む。地上へ!」
「待て、ゴーラは?」
「大丈夫、何とかなる」
何も根拠は無い慰めを告げ、スライムの海を越えて、地上を目指す。
「エーテルを取り込んだ分なら、なぜ液量が増える?」
「源泉は、無からエーテルを供給するわ。それを取り込んだスライムなら、無限に増殖が可能。理屈上はね」
「そんな救いの無い理屈は聞きたくなかったよ!」
地上を目指す間も、スライムの海は全てを溶かし、拡がっていく。都市外周の壁さえ溶かして、拡がっているように見える。
地上に出ると、やがて地面がスライムに溶け始める。
「何もかもが溶ける!?」
「ゴーラはそんな事も出来るんじゃったな。溶かす物と溶かさない物を、選んでおったようじゃったが」
「月丸ごと、溶かそうとしてる様に見えるわね」
地面が無くなりそうなので、仕方なく飛ぼうとするも、浮かべない。物理魔法の足場として働かないようだ。
「もう月じゃ無く、天体サイズのスライムってわけね」
「タイムリミット前に、地球滅びそう!?」
扉を呼び出す。扉はなぜか勝手に移動するので、大急ぎでそこに入る。長尾リンまで一緒だ。街を見に行ったリン達はどうなったのか、もう分からない。
部屋の中は、外のカタストロフィとは無縁の、いつもの静けさ。ひとまず4人でテーブルを囲む。
「扉が移動したのはなぜじゃ?」
「これまで扉は、地球と地球周囲では地球の座標に、月では月の座標に固定されていた。もう月の座標が存在しないんだろうね」
「月が無くなるとか、世界の終わりをひしひしと感じるのう……」
―――
もうすぐ地球の向こうに月が沈むという時、月が青く溶けた。何が起きたのかさっぱり分からない。
「非常事態ね」
「時間の猶予は無いわ。一旦地上に」
静止軌道に作られた基地に居る全員で、一旦基地から退避する事にした。
月が変形している。薄くなり、拡がっていく。
地上に戻り、空を見上げる。
月だった物はさらに姿を変え、見た目数倍の大きさになっている。距離が近付いたのか、大きさが変わったのか。
沈むはずの場所なのに、巨大化した月が空を埋め尽くそうとするかのように、空に拡がっている。
「外交、通じるかしら」
―――
次々と外交メッセージが来て、収拾が付かなくなりそうなので、みさきちに無事だけを知らせた。全部説明すると幾らでも時間が掛かってしまうから。リンの件は、後で話すと言う事にしてある。
「部屋から出て、地上に戻れるかな?」
「扉は地球座標に固定って事は、地上から38万kmの場所を、24時間周期で周回してるのよね。秒速28km。太陽系の外まで行ける速度よ」
扉から離れた瞬間に、もう地球には帰って来られないコースか。それは困るな。というか、地球に戻るのも大変って事か。
扉に近付き、外を覗く。ただの宇宙空間が見えるかと思ったら、キラキラしている。スライムに取り込まれてるのか?
「出てみよう。ここに居ても、何も始まらない」




