10-25 unknown Rin
部屋には壁全面を占める大きなガラス窓があり、その向こうには地下都市の光が見える。
その窓を背にした大きな机に居るのが、リンだ。この地下都市の主だと言わんばかりの場所で、僕らをも待っていたのだ。
机の上に腰掛け、足を組んでいるリン。椅子に座らないのは、いつでも動ける様にか?
「お主は、どのリンじゃ? ゴーラを攫ったリンか?」
「ゴーラ?」
「ロボットと一体化したスライムの事じゃ」
ゴーラの事を知らないとなると、このリンは僕らの知るリンじゃ無い。僕らの知るスライムロボットマニアなリンなら、たとえハコネの名を忘れても、ゴーラの名は覚えているだろう。
つまり、このリンは長尾リンなのだろう。
「ああ、あのロボスライムね。それなら、都市の中に居るわ。勝手に探せば良い」
それを聞いたハコネは、すぐに部屋から駆けだしていった。オダワラさんも後を追う。
部屋に残されたのは、僕と長尾リン、そしてここへ僕らを連れて来た正体不明のリンが2人。分断されてしまって良かったのか? ちょっと不安になる。
「案ずる必要は無いわ。ここであなたを倒す意味、私には無い。上の施設を破壊したりするから、そうされない様に来て貰っただけ」
「上の施設?」
「この星を住める場所にする為の、シールド。この世界のルールで言えば、魔法の回路ってやつね。壊されたせいで、大気が逃げてしまうわ」
オダワラさんが魔法陣と言っていたのは、それのことか。地球から月の本当の姿を隠蔽するだけでなく、住める様にする効果もあったらしい。
僕らのやるべき事にも、月に都市を築くというのがあった。その為に必要な物を、このリンがな先に作っていたというのか。
「世界の寿命を稼ぐ為、月に都市を造りたかったんでしょう? でも残念ね。もうその手で、世界の寿命は延びないわ」
そう言うと、長尾リンは机から下りて、窓から見える地下都市の方を向く。
「その方法で寿命稼ぎした結果が、この景色。今見えてる世界の寿命は、月に都市を造って、延ばした後の寿命よ」
―――
「ゴーラー、どこじゃー」
地下都市にある建物の屋上から、地上に呼びかける。聞こえたなら、答えて欲しい。聞こえたなら、姿を見せて欲しい。
「姉さん! こっちに、それらしいのが」
「見付けてくれたか!」
手分けして探す為、別行動していたオダワラが見付けてくれたか。
急いでオダワラがゴーラを見かけた場所に行くと、そこは工場らしき場所の庭。
そこにあったのは、ゴーラであったと思われる残骸。
「ゴーラ…… いや、あやつの本体は、スライムの方じゃ。そちらが無事なら、筐体は何とでもなるはずじゃ」
そのスライム探しは、さらに難しかった。
なんと、この地下都市の住民は、全てスライムじゃった!
「何じゃ、ここは」
「色々な種族の都市が地上にもありますが、スライムのと言うのは聞いたことが無いわね」
どれもスライムで、見分けが付かない。何か目印の様な物があれば良いのじゃが。
結局分からず、壊れた筐体がある場所に戻ると、まんじゅう並みの小さなスライムが居た。
「ゴーラか?」
そのスライムは、地面の上を丸く移動する。
「ゴーラか! 無事じゃったか。いや、これは無事じゃ無いんじゃろうか?」
何かの理由で、一体化出来なくなった?
そもそも、どうやって一体化したのだったか……
「姉さん、ゴーラが最初に巨大化して、これと一体化したんでしたから、その時と同じ事をすれば」
「そうじゃった、あれは空中砲台のエーテルに酔って、ロボを取り込んだんじゃったな」
急いでゴーラを連れてサクラの部屋まで取りに行き、エーテルをゴーラに振りかける。
するとゴーラは少し大きくなり、最初に会った時のような、よく居るスライムのサイズになった。
ゴーラはパソコンを起動させると、そこに文字を打ち始める。
“マイマスター、私の中のリンが分離され、奪われました”
「お主の中のリン? ああ、元々スライム達は、リンの1人が元になっておったんじゃったな」
リンツーが自らをスライムに変え、多数に分裂して今に至る。その1個体がリンの制御を離れ、ゴーラとなっていた。そのゴーラからリンが除かれると、それはゴーラなのか?
「それでもお主は、ゴーラなのじゃろう?」
“マイマスターからゴーラの名を戴き、それ以降の私はリンでもありそうで無い部分もあり、それらを合わせたのがゴーラでした。今はリンが分離され、ゴーラの一部ですが、そこそこゴーラです”
「そこそこゴーラって、何だか元のゴーラより砕けましたね」
オダワラが言う通り、リンだった部分が少し抜けたから、性格が変わったんじゃろう。それでも、ゴーラはゴーラ。それで良い。
「じゃが折角なら、元の姿に戻してやりたいのう」
“エーテルがもっとあれば、戻れるかも知れません”
空中砲台にあったような、大量のエーテルとなると…… あるな。
「良し、ゴーラを元の姿に戻しに行くか」
オダワラと一緒に残骸を我の空間に移し、来た道を戻る。
地上にあった魔法陣は、エーテルで満たされておった。それを頂くとしよう。
―――
長尾リンは今度は椅子に座り、僕にも別の椅子を指して示す。まだ話は長くなりそうだ。
「リンとゴーラを連れ去った理由は、何なんですか?」
「リンって、私の事なんだけど」
「僕が知ってたリンです」
僕の中ではリンと長尾リンで区別してるけど、リンの中ではどれもリンなのか? 僕だと魔王とかヨリトモとか、なんか別の要素で名付けたけど、リンの間ではそんな差は無いのだろうか。
「じゃあ分かりやすいように、あなたのリンと言うわ」
あなたのって、僕のじゃ無いけど。まあ、あなたのよく知ってるリン、略してあなたのリンって意味と解釈して、それで良いか。僕の呼ぶ方法が変えられる訳じゃないし。
「もう聞いたとは思うけど、別人格を集めて融合すると、能力が増すの。あなたのリンも、私の中に居るわ。呼び出すと勝手な事をしそうだから、私の中で眠って貰ってるけど」
「じゃあ、ゴーラは?」
「あのスライムは、元はリンでしょ。そのリンも回収して使わないと。まだまだ力が必要だもの」
力が必要ってのは、これから何かをやろとしているのか。空中要塞で少し見ただけでも、かなりの実力者である様だけど、それでも力不足だというと、何をするため?
話し方は穏やかだけど、何かとんでもない事をやろうとしているのか?
「そんなに力を持って、何をやるつもりですか」
「簡単に言えば、この世界からの脱出ね。世界と一緒に滅びるなんて、まっぴらじゃない。だけど、世界の延命には限界があるわ。だったら、私がこの世界から他の世界に行けば良いのよ」
異世界転移? 僕の境遇が最初はそれだと思ったけど、実際にはこの世界に最初から居たようだった。それと比べて、長尾リンが言うのは、本当の異世界転移か。
「異世界ってのがありそうってのは、理由は言えませんが知ってます。しかし異世界転移をする方法が、あると?」
「あるから、その為に力が欲しいって言ってるのよ。そうでないと、世界を回って私を探すような面倒、やりたくないわ」
「この言い方だと、可能性がありそうと言うより、確実に出来ると言ってるような」
そう言うと、長尾リンは笑みを浮かべた。
「そうよ。私はそうやって、終わる世界からこの世界に移って来たのだもの。2回もね。異世界転移に必要な条件は、把握してるわ」




