10-23 見知らぬ大海
戦略ビューを視ようとしたら、辺りには何も無く、ただ海が拡がるだけ。現在地が分かるかもと思ったけど、目印が無くてダメみたいだ。
とりあえず飛行して周りを見ようとするも、水面が続くだけで何も無い。薄い青の空に、空を映す海。雲も島も何も無い、ただ塗っただけの様な景色。
ずぶ濡れの服を乾かそうにも、干す場所が無いな。服を絞った水を何気なく嘗めてみると、塩の味はしない。と言うことは、海じゃ無くて湖なのか。それにしては端が見えない程に広い。
そして気付いたのは、地平線が少し丸みを帯びて見えること。地球でこの高さを飛んだ時にその様には見えないから、ここは地球よりも小さな星という事になる。
「もしかして、ここが月?」
月面にこんな湖が有るはずは無い。それは地球から見た時もそうだったし、月に向かう時に見えた風景もそうだった。
「ニートホイホイ」
進んでも変わらない景色に飽きてきて、水面近くに戻る。そこで、久しぶりの宇宙空間以外での扉召喚。ハコネの扉を通って戻る事が出来るはずだから、とりあえず戻って、サガミハラさんと相談したい。
扉を開けようとした所で、おかしいことに気付く。扉が移動しないのだ。地球外に置いた時は、地球に合わせて動くはずなのに。
ちょっと引っかかるけど、その問題はまた後で考えることにして、扉を開こうと近寄ると、
「あっ!」
ガツン、ドボン。
ちょうど扉が開いて、扉がヒット。不意打ちによって湖にダイブ。
「すまぬ、まさかそこに居るとは」
「姉さん、いきなり開けちゃ危ないです」
扉を開けて、湖に落ちた僕を覗き込んでくるハコネとオダワラさん。
僕を引き上げようと手を伸ばしてくるハコネを捕まえると、湖に引きずり込む。ドボンその2。
「やられたら、やり返す」
「わざとじゃ無いと言うに……」
そんな事をした後だから、オダワラさんからは救いの手は無かった。
「で、それはそうと……」
部屋に上がって、3人でテーブルを囲む。
「僕の方は、周りは全部海、いや、湖。ハコネの方は?」
「同じじゃな。オダワラとはすぐに会えたのじゃが、そなたが居らぬので探して居った。それで見付けられず、戻ろうかと思ったら、こうなった訳じゃが」
「これで扉を通っての帰還は無くなりましたね」
双方の扉をこの星に呼んでしまったので、扉を通っての地球帰還は出来なくなった。
ここが月であれば、見上げた空のどこかに地球が見えそうではあるけど、どこにも無い。
「まずは、ここがどこなのかを知りたい。何か気付いたことは?」
「海が辛くない」
「太陽の位置が動きません」
ハコネの指摘は気付いてたけど、オダワラさんの指摘は、気付かなかった。確かに時間が経っても、太陽の位置が動いていない。
それって、かなり長い時間昼が続く訳で、どんどん温度が上がる。そして夜も同じだけ続いて。どんどん温度が下がる。生命が暮らすにはかなり厳しい環境だ。
「外交は可能?」
おっと、そうだった。それを試さなくては……
行けそうだ。視界が切り替わる。
「月に到着したの?」
繋いだ先はみさきちだ。
「それが、今居る場所が分からなくて」
そこから、今まで気付いた情報を教えて、近くに居るサガミハラさんとも相談して貰う。
そして待つことしばし。返答があった。
「頑張って一方向に移動してみて。それで確認出来る」
それから、3人で太陽がみえる方向と反対側へ、ひたすら進んだ。
部屋から持って来た時計によると、移動を開始してから既に地球時間で12時間。距離として1,000kmくらいか。これだけ進むと、太陽の高さが変わってくる。この星もちゃんと丸いらしい。
さらに進んだ所で、ついに湖が終わる岸が見えた。岸の先にある大地は、何も植物が無い荒れ地。地表を覆うのは細かい砂と、小さな穴が多数開いた石。生命の痕跡は何も無い。
「何も無い場所じゃな」
「でも、このまま進めば良いのよね?」
サガミハラさんの提案通りさらに進む。そしてついに太陽が沈む。ここからは夜空を見ながらの飛行だ。
そしてさらに進んだ所で、期待した光景が見えた。星が散らばる夜空に、青い大きな星。
「辻褄が合わないけど、これで確定か」
「ここが、月だったのじゃな」
青い地球が夜空に浮かぶ。少し欠けて見えるのは、その部分が夜だからなのだろう。そして地球から見た月と比べて、3倍位は大きい。
さっきまで居た場所は、地球から見て月の裏側。そこに巨大な湖があって、大気もある。
大気は裏側だけじゃ無く循環してるだろうから、地球から見える面にもある。湖もあるだろう。それなのに、そんな事は何も地球から観察されなかった。
「地球から見えている月と、この月が違う?」
「何かを隠す為に、魔法が掛けられていると言う可能性も」
「何が隠されているのじゃろうな」
真の姿を見えず、僕らが無いと思い込んでいた大気に突入してしまい、衝撃で気を失った。ちょうど落下した場所が湖だったのは、不幸中の幸いだろう。
「さて、そうなると、これからやるべき事は」
「月の探検じゃな」
月だと分かってから、月面のデータを利用して探検を始めた。
僕らの世界にある月面の地形は、ちゃんとこの月にも反映されている様だ。最初に居た湖は南極エイトケン盆地と言う場所で、直径が2,500kmもある太陽系内有数の巨大クレーターだ。そこは常に地球と反対側を向いている月の裏側と呼ばれる場所。
そして今探検しているのは、常に地球の方を向いている月の表側。海と呼ばれる平らな場所があるのだけど、この世界の月では本当の意味で海になっている。水は塩水じゃないけど。
「昔、サガミハラさんの天文台になった時のことだけど、月に光ってる部分があるって話」
「そんな話もあったかのう」
「その場所が、今日行く予定の範囲にあるんだけど、何があるだろう?」
サガミハラさんが長年観察してきて、ある時期から光の点が生じた場所があると。
今地球から見えている月は、この様な海がある姿でない。どういう仕組みか、海も大気もない月が地球から見える様になっている。誰かにとって都合が良い、偽物の月。
しかしそれならば、その光は何だろう? あえてカモフラージュと違う姿を晒す理由が、そこには有るはずだ。
光の場所まであと少し。そんな場所まで来ると、地平線の向こうに何者かが現れた。
「何かおるぞ!」
近付くと、それは半透明で10mくらいの高さがありそうな、人型のもの。
「スライムか」
「あっちのと同じなら、手出ししなければ何もして来ないはずですが…… あっ」
躱すことも出来ない、光線による攻撃。急いで魔法による壁を作り、その後ろに隠れる。その間に攻撃で傷ついた足を魔法で癒やす。
「アクティブなスライムじゃな」
「でもこれで、あの光はこういう何かが居る場所だと分かったわね」
壁の反対側には光線による攻撃が襲来している。光線が壁を穿ち、それによる振動が伝わってくる。
「なら、壁を作って進むか」
ハコネの空間から出してきた、アリサが加工したヘイヤスタの盾。表面構造を工夫して、光線を発射元の方向へ正確に返す様に出来ている。それを使って、スライムを自身の光線で攻撃する。
そんな盾を構えて、前進していく。
「向こうは数で来たぞ」
「囲まれると、不味いわね」
近付くと攻撃を仕掛けてくるスライム兵は、敵の拠点が近くなっているのか、前進すると徐々に数が増える。こうなったら、本格的な攻撃に移るしかない。
オダワラさんと2人で並んで、盾を構えつつ、少しずつ後退。
1度アクティブ化したスライム兵は僕らを追ってくるので、それらスライム兵を誘導して、有る場所に集める。
そしてハコネが待つ場所まで進むと、合図に合わせて左右に散開する。僕らの散開と、ハコネのタイミング合わせが大事だ。
「薙ぎ払え!」
ハコネの扉に再び付けられた魔砲は、集合したスライム兵を焼き尽くす。残ったのは、僕らを頂点とする光の扇。灼熱の魔法が溶かした砂の跡だった。




