10-20 異世界端午でソラを行く
「にしても、その服装は何なんだろう?」
「これ、どこかの民族衣装かしら?」
6人の今川美咲は、服装がバラバラ。着てる本人も、なぜその服なのか分からないらしい。
「この召喚って、本来は記憶も服装もリセットされるんじゃ?」
「そうだと思ってたんじゃが…… もしや、すでに顕現していた者を呼び出してしまったのか?」
「やっといて何だけど、私にも分からないわ」
これまでの召喚例からすると、僕の様に天上で出番待ちしていたのなら、本来の服装にリセットされる。しかしこの美咲達は、そうなってない。前例が無いから不明ながら、それぞれがこの世界の別々の場所で生活を営んでいたとしたら、そのままの姿で召喚されてしまうかも知れない。
ちなみに本人達は、記憶はリセットされてしまった様だ。元の今川美咲の記憶しか無い。
「だとしたら、6人の扉はどこに繋がってるんだろう?」
「それね。探検してみましょう」
6人の美咲はどこに居たのか。扉の位置が召喚でリセットされていないなら、その先へ行けば色々な事が分かるはずだ。みさきちからこの世界の事についてレクチャーを受けつつ、6人の美咲がどこに居たのかを探る探検をするそうだ。それは面白そうだけど、今は一緒に行く余裕が無い。
それにしても、世界各地を繋ぐゲートが出来てしまったとしたら、物流面でこの世界の覇権を握りそうな勢力が誕生した事になる。
「まあ、それは良いとして」
みさきちの件で吹っ飛びかけたけど、アリサとマリが作ってる僕が飛ぶための道具も気になる。
今居る場所は、秦野にあるアリサとマリの工房近く。
「鯉のぼり?」
そこには、夕日の中で鯉のぼりを風魔法で泳がせてるアリサと、凧揚げをするマリが居た。
「まあ5月だし、季節的には合ってるけど……」
「いや、そうじゃなくてね」
エルフの里である秦野に、鯉のぼりや凧揚げの習慣は無い。これは捕虜としてここに居た時期に氏綱さんが作ったのが、アリサやマリ達が気に入って個人的に行っている習慣らしい。氏綱さん、アリサ、マリはそれぞれが別世界にある日本からやって来たのだけど、アリサとマリの日本では既に廃れた大昔の風習、氏綱さんの日本ではまだ現役の風習だったそうだ。
「今考えてるコンセプトに、ぴったりマッチしたから、試作前の実験はこれでやってるの」
どんなコンセプトかというと、僕の扉を頭として鯉のぼりの様な吹き流しを作り、そこを部屋から流れ出た気流が通る。そこに凧みたいな物で風を受ける僕が飛んで行くそうだ。相当頑丈な凧を作らないと、風圧で壊れる事間違いなし。
「明日には出来るから、期待しててね」
そして翌日。
「本当に1晩で作ったとは」
「こんな面白い事を前にして、寝てる場合じゃ無いからな」
「さあ、これで飛んで見せてよ」
マリとアリサは眠気も感じさせない笑顔で、徹夜で作った物を持っている。
マリが持つのは凧に相当する物で、アリサが持つのは巨大な吹き流しとの事。畳まれているので、その形はまだ分からない。
「それで早速、これを設置したいのだけど」
「そして、これで飛ぶのだ」
早く飛んで見せて、2人には休んで貰った方が良さそうだ。その為にも協力しよう。
皆でハコネの扉をくぐり、広いハコネの空間で吹き流しを拡げてみる。長さは12m、開口部は扉の大きさに合わせて1周6mくらい。こんな大きな1枚布は無かったから、何枚もの布を縫い合わせて作ってある。
そして凧の方は、扉よりも少し小さい菱形で、菱形の各辺には竹で出来た骨組み。そこに丈夫そうな布が張られている。骨組みは4つの角で角度を変えられる様になっており、拡げた状態の長方形から畳んだ状態まで変形出来る。風に乗りたい時は拡げて、風を受けたくない時は畳んで使う。
「じゃあ扉に付けるから、手伝って」
「私達は扉の外に出られないからな」
こんな超人的なスキルを持っていても、2人は普通のエルフ。真空で生きられる様には出来ていない。
「これはここに固定で良いでしょう」
サガミハラさんがテキパキと作業を進め、吹き流しの開口部から延びるロープを扉の内側で固定する。そして吹き流し部分を扉の外に出すと、部屋からの風によって勢い良く拡がる。扉からすぐ先では円形のパイプ状になり、その先には虚空が見える。
「それで、これでサクラさんを縛って……」
凧の先に伸びたベルトは、金具を介して幾つものベルトに繋がり、僕の身体を縛る様になっている。凧が引っ張られたら、僕も引かれていく。
「じゃあ、早速始めましょう」
「もし千切れたら、凧は回収して貰いたい」
サガミハラさんとマリに急かされ、扉の前へ。扉から凧を押し出せば、一気に引っ張られるはずだ。
「じゃあ、行きます!」
そう言って、凧を押し出した直後、抗いようのない力で一気に吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた直後、ちょっと意識が遠のきかけた。10秒くらいで復活した時には、扉からかなり離れていた。
30秒もすると重力で落ち始めている様だったので、そこで再び扉を呼んだけど、扉を開くのは躊躇った。同じ衝撃をまた受けて、無事で有る自信は無い。そこで凧を一旦畳み、風に逆らって部屋に入った。
「普通は、模型か何かで実験すべきだった」
マリの計算では、200Gの猛烈な加速を0.11秒間行い、秒速220mで吹き流しから離脱して、加速が終了。あとは地球の重力による原則で、22秒で落ち始めるそうだ。
「いやいやいや、200Gとか、ありえない」
むしろ、なぜ僕はまだ生きてるのか。それに、凧に引かれて僕を引くベルトが良く持ったね? 何か魔法の素材?
「もうちょっと、いたわりを持った構造にして欲しい。これ、良くない!」
2回目の飛行は、凧は付けずに飛ぶ様にした。それでも吹き流し内の風による加速は大きな後押しになり、魔法で行ける限界点までの時間が半減。飛距離も50kmくらいに延びた。凧無しでの飛行を繰り返す間に、マリには凧の改良をして貰いたい。もう無しでも良いけど。
さらに5回程繰り返して、そろそろ高度1000kmと言う辺り。もう大気圏は完全に抜けただろう。地球はかなり遠くなってきて、高度計測が不確かになって来た。
「さて、この先で起きる問題について整理しておこう」
もう凧の問題は終わったとばかりに、マリが切り出す。
マリが気にする問題は、さらに進んだら遭遇するヴァン・アレン帯。
「サクラの身体は荷電粒子でもビクともしないだろう。多分」
「多分とか言わない!」
「まあそれは良いとしても、」
「良くない!」
スルーされるけど、気にせず突っ込む。
「サクラの服が浴びた荷電粒子は、表面に放射能を持たせてしまう。帰って来たサクラは、この部屋を放射能汚染させてしまうんだ」
「超良くない!」
翌日、レインコートの様な物が装備に追加されていた。
「もし放射線が多い部分を飛んだら、部屋に入る時に玄関でこれを脱ぐ」
「なんか、花粉を部屋に持ち込まない対策みたいな」
そして、飛行を繰り返す事20回。ついに来るべき時が来た。
扉を開けると、空気が光るのだ。
「これが、放射線?」
「そうだ。この荷電粒子が空気を光らせる現象は、一般にオーロラと呼ばれている。低い所まで荷電粒子が降りてくるため、極地では荷電粒子が大気とぶつかり光るが、こうやって空気があればこんな場所でも光るのだ」
オーロラは美しい。しかし、その中を飛ぶのは危ないのか。




