10-16 リンの行方
沼田にあるみさきちが使ってる館での報告会。説明の相手は、みさきちとハコネだけ。沼田に居る他の人達に話すのは、もう少し状況が安定してからだ。館の秘密の話も出来る奥の部屋で、戸も窓も閉めて密室での打ち合わせだ。
長尾は率いてきた軍に対する指揮でやるべき事が多い、ジョージBと魔王は長尾軍を訪問すると言う事で、僕だけで来た。来なかった3人は、トップ対決で目的は果たしたという事で、もう戦争は不要で見られて困る物は無いとの事。長尾にしたら、妹捜しで戦争どころじゃ無い。まあ戦争回避は、こちらとしても都合の良い話だ。
「リンになら今日会ったのに…… そのリンが別のリンに連れて行かれ、行った先は宇宙。着いて行けないような急展開ね」
「ゴーラもそのリンに言う事を聞かされて、飛んで行ったんじゃろうか……」
長尾リンの狙いによっては警戒する必要が有る事を話し合う。みさきちにとってはリンは友達であり、悪い事をする子じゃ無いって言うけど、念には念を入れてた。
そして、僕もリンも長尾も、同じ姿で性格が少し違う人格が7人居る。その話をすると、みさきちがこれまで思っていた疑問が語られた。
「私も他に6人居るって事よね。会ってみたいような、会いたくないような……」
これまでこの世界で会った、僕ら4人のコピーのような人達。みさきちとリン、そして僕を除くと、物事を好戦的な方法で解決する傾向がある様に感じる。こんな世界に染まったらそうなって行くのかも知れないけど、どこかにいる他の今川美咲はどんな人物なのか。この状況を、僕らとはまた違った方法で解決出来るような発想を持った人物だと助かる。
「ゴーラは元を辿ればリンと同じ人格から派生してる。何か影響を受けてるのかも知れないけど、居なくなった時の様子は?」
「それはじゃな……」
ハコネが城に入るために、門の前にゴーラを待たせて居たんだけど、ゴーラの所に戻る途中にゴーラが勝手に飛んで行くのを見たと。追いかけたけど、振り切られてしまい、諦めて戻った所で丁度僕が来たそうだ。
「そもそも、ナガノに行こうとした時から、ゴーラはおかしかったのじゃ。何者かが支配しようとしていると言ってな。ヌマタに戻るとそれも無くなったんじゃが、あれが関係あったのかも知れん」
「その時点なら、長尾リンは長野に居たはずだ。他にも何か情報は無いかな」
「それなら、もっと前にだけど、私がリンから聞いた事を」
長尾リンの情報を得るには、1番よく知る人物から。と言う事で、聞き取りの相手は長尾孝である。そのために、長尾の陣にやって来た。
みさきちやハコネも長野へ連れてきて、フルメンバーでの会議。こちらのリンについては、実はみさきちが1番詳しくなっていたので、双方のリン情報を交換して、これからするべき事を話し合う。
「リンは部屋を召喚出来たからな。持ち物は何も預かってない」
「でも、宇宙へ行くための計算をしてた事は知ってたんだよね?」
「リンの部屋には出入りしてたからな。この世界に呼ばれた時に、願い事で必要な物を全部集めた部屋を作ったんだと」
自分の部屋をそのまま再現じゃ無く、欲しいものを揃えるように願ったのか。それの方が良かったかな。いや、僕の場合は、部屋ごと召喚されてそれをそのまま使えるようにしただけか。
そして長尾リンのこれまでを聞くと、兄を表の支配者として面倒な事を全部やらせて、自らはやりたい事だけを担当するという「兄を使うのがうまい妹」であることが良く分かった。
「それでこのタイミングで、出て行ったってのは、もう兄は不要と……」
「な、なんだと!」
魔王から否定したかった事実を突きつけられ、ショックを受ける。捨てられた兄、悲嘆に沈む。
とは言え、人類社会を動かす兄が不要ってのは、もっと大きな意味を持つかも知れない。スライムの支配によって、人類その物を必要としなくなったとか。
「じゃあ他のリンについて知ってる情報を交換しよう」
情報交換を行った結果、リン調査隊を作る事になった。長尾リンは物を残してないけど、こちらのリンは色々残してる。それらを調べてヒントを得たい。
僕らの所に滞在した間は僕の部屋に入り浸ってたので、1つめの調査場所は僕の部屋。それ以外には、長年リンが拠点にしていた九州にも調査に向かう必要がある。長尾は九州の方を調べるというので、僕と手分けした。九州はリンが支配下に置いていたけど、そのリンが不在になって何が起きているか。スライムがまとめて居なくなったのか、または勝手に行動するようになっているのか。長尾にはジョージBが同行して、見て回るらしい。その2人に、長尾軍の精鋭部隊、1000人の勇者が同行する。場合によっては、九州を平定する事も選択肢にある。
そして一般の長尾軍は解散して、新潟一帯に開拓団として入るのだという。この世界の新潟は広大で、放置されている場所が多い。それらを開拓しつつ、また行動すべき時が来たら集合する。長尾のリン追跡はその位の時間を要すると踏んで、長尾軍の幹部とそう決めたそうだ。
ちなみにこの新潟の件は長尾方が一方的に決めた事で、連邦側の都合は考慮されてない。それでも軍事的には太刀打ち困難な連邦としては、受け入れるしか無い。連邦としては対立は選ばず、交流を通じて技術を高める機会にするため、新潟での共存を受け入れるようだ。
ジョージBが出発するには連邦軍の指揮をどうするかの問題があり、急遽足柄氏綱さんが連れて来られる事になった。ハコネが小田原まで移動して、扉を通って長野に居る僕の所に送る訳だ。一応は捕虜だったはずだけど、なんとなくOKにしてしまった。
そしてハコネが移動する待ち時間の間、僕はリンが僕のパソコンでやっていた事について、みさきちと一緒に調べる。
みさきちは、ルアについて調べる傍ら、宇宙飛行についても調べてた事が分かった。どのくらいの速度が出れば月まで行けるか、とか。これは勝利条件の1つ、宇宙勝利を目指すために必要だからだろう。月面に基地を造り、そこを都市にまで発展させるには、そこへ行く手段がまず必要だ。
その調査結果をまとめたファイルを見ていると、過去にリンが行った事がいくつか分かった。大昔スライムを宇宙に飛ばしたら暴走して、制御不能になったって件だ。
スライムは魔素があれば生きて行けて、水も空気も無くて良いそうだ。そしてそれら物質が無いのに成長する事が出来る。身体を構成する物質は質量保存則なんて無視したファンタジー素材。魔素は月から降り注ぎ、大気圏外に居ても地表と同等以上に獲得出来る。つまり、スライムは宇宙空間でも生存条件が十分保たれる。リンがスライムを宇宙に飛ばしたのが300年前で、その300年でスライムが成長すると、長さ8万kmで太さ1cmの糸になれる。ただし生身なら強度的にはその姿を保てない。メタルな身体なら別だが。
「リンはスライムで軌道エレベーターを造りたかった。メタルなスライムが造れるようになって、それを再開したいと思ってたんでしょうね」
「でも既に宇宙に送ったスライムは、生身なんだけど」
「だから、長尾のリンがもっと低い軌道で使ったんでしょう。まずは低い衛星軌道までそれで行こう、って」
だとして、次にそれを使って何を始めるだろう? もし長尾リンの目的も月に都市を造る事なら、何を宇宙に持って行く?
でも都市って、何があれば都市になる? 人類、いる?




