10-13 武田と長尾、川中島にて相対す
けたたましい鐘の音が、敵襲を知らせる。
敵は空を行き、それを味方の弓兵が狙う。数十年前なら魔法を撃っていただろうが、今はそれが出来る兵は僅か。その様な兵は近衛に集められているため、前線は弓を構える者が居るだけだ。
「全く相手にされていないな」
連邦の兵達が集う陣地を、悠々と飛び越えていく侵略者の部隊。飛べる者と地を這う者は、戦場で交わらない。
魔法による飛行は、矢で追えた物では無い。追尾魔法でなくては、攻撃を全く当てる事が出来ない。しかし敵も攻撃を仕掛けてこず、味方兵の頭上を越えて行く。
「上様へ向けて一直線か。何万の兵が集まろうとも、勝負を左右するのは頂上の一握りの方々のみ。我らは何のために居るのだろうな」
「敵にも我らの様な者が居るだろう。それらと戦うのが、我らの務め。甲には甲、丙には丙だ」
「我らの様な者達が居らねば、街の制圧は出来まい」
魔法を使い空飛ぶ敵とも戦える、数が不足する魔法兵と、魔法を使えないその他の陸軍の分業。連邦は魔法を表向きは禁止していたので、魔法を使える者は少ない。その様な連邦の事情と比べて、敵にはどのような事情があるか、未だ不明だ。もしかしたら、飛ぶまでは無理でも魔法で戦える兵が多数いたら? そんな事になったら、互角の戦いを演じる事が出来るだろうか。
―――
「飛行魔法を使える程の魔法の名手が、敵には1000人。それ程の者、連邦全土からかき集めても、そこまで居まい」
連邦側でこの戦いに来ている魔法使用者で、飛行魔法を使うレベルとなると24人。1000人とぶつかるのは、とても分が悪い。
「それで、どうする?」
「ここで、俺が引き受けるしか無いな」
地上の連邦兵に対して、今のところ敵は魔法による攻撃を仕掛けては居ない。空中要塞を目指して、真っ直ぐ進んで来ている。到着はまもなくだ。それならば、空中要塞で迎え撃とうという訳だ。
空中要塞の内部は、例によって魔法を反射する素材で造られている。要塞内での戦いでは、反射した魔法が仲間を襲う恐れもあり、数を生かした戦いがしづらい。
「例の中心部の部屋、あそこで迎え撃つ」
要塞の最奥、以前はジャングルジムの様に縦横に棒が張り巡らされていた部屋。今は邪魔な棒は取り除かれ、直径30m程度で中央が窪んだ円形の部屋になっている。天井は球面で、プラネタリウムに似ている。
「よくぞ帰って来た。魔王を封印して、旅に出た勇者よ。いや、前大魔王」
部屋の正面奥、1番偉そうな場所に陣取るのはジョージB、そしてその左に我らが魔王、右に僕。
そして、相対するのは、長尾。予想を全く裏切らない。
「右が魔王だが、お前も、武田か」
「今は俺がこの大陸の覇王。見知って貰おう」
「何百年ぶりだ? 海外行脚で、ちょっと老けたんじゃ無いか?」
ジョージBに続き、魔王からは再開を喜ぶ様な、そうでも無い様なコメント。
「ありがたい事に、不老不死は効果を持続中だ。600年と少しだが、お前も変わりない様だな。封印中を除けば、600年は経ってないか」
魔王は尊大キャラを演じて、長尾は普通の状態でこんな話し方だ。久しぶりの友人との再会という感じだけど、どっちも少し芝居掛かっている。
「さて、昔話は後でゆっくりするとして、この大陸はどうなったのか。魔王はまた倒されたのか?」
「またと言うな。危機を前にした、一時的な連帯だ」
「サクラに倒されもしてるだろうが」
そこで初めて長尾が僕の方に目を向ける。見た目も名も違うから、僕の正体に気付いては居ないかな。
「つまり、誰と話を付ければ、この大陸の事は決まるのだ?」
「俺だな」
「サクラだな」
ジョージBの言葉に、魔王が重ねて言う。ややこしくしても話が進まない。
「一応は合議制という事だから、どっちも正解であり間違い。他にも意見を聞く人は居るから、この場で全てを決められる訳じゃ無い。外交で即座に話し合えるから、時間は掛けないよ」
「統一されていなかったのだな。まあ、それでも良い。事が動けばそれで良い」
長尾は3人を見回し、ちょっと呆れつつも、状況を理解した様だ。
「まずは今回帰って来た要件だ。2つある」
「科学を捨てろ、という話がその1つか?」
「そうだ。科学文明を進めると世界の終わりが近付く。今のままでは、1年持たない。猶予は無い。自ら科学を捨てるか、俺に征服されて科学を捨てるか。出来れば前者を選んで欲しいが」
真剣な表情で、選択を迫る。しかしこの件は、解決済みだ。
「その件なら、心配は無用だ。脱科学路線を進めている。状況が状況だからな。多少の犠牲は払ってでも、進めねばなるまい」
「そうか。ならば、1つ目の用事はこれで済んだな」
少し緊張した表情をしていた長尾が、気を緩めた。
「それで、もう1つは、そうだな、当てて見せよう」
ジョージBはそう言うと、左手を前に伸ばし、親指を上に立てた握りこぶしを出す。
「今の話は延命であって、それも長くて数十年。根本的な解決では無い」
「その通りだ。分かっている様だな」
「ああ。であるから、どちらを勝者として、この世界の勝利条件を満たすか、勝負せねばなるまい」
そう言うと、ジョージBは長尾に近付き、そして……
「その前に、積もる話をしようじゃ無いか」
―――
ゴーラは扉を通れぬので、ゴーラと共にヌマタからナガノへ飛ぶ。
少し前まで饒舌だったゴーラが、静かになった。
「どうしたのじゃ?」
「分かりません。何者かが、私を支配しようとして、それに抵抗中です」
支配?
スライム単体だった頃は、リンに実質的に支配下にあったが、自分の意思は持てていたと言う。それに対して、今のは意思を奪うべく、何かをされていると。
「これ以上進むと、抵抗しきれなくなる可能性があります」
「それはいかんな。一旦戻るとするか」
方向転換して、今来た空を戻る。少し戻ると、ゴーラの調子が戻った。
「今のは何だったんでしょう。リン様に相談をしたいのですが」
リンはスライムと移動中。外交で伝えるしか無いが、サクラも魔王もナガノにいるので、近付けない。そうなると、あとはあいつか。
「スライムの事は私にはどうにもならないわね。リンに聞きましょう」
ヌマタに戻って、ミサキを訪ねた。あまり頼りたくないが、今はゴーラのためだ。仕方が無い。
「それで、どう説明したら良いか、ゴーラから聞き取りをさせて貰うわ」
ゴーラもリンの人格をベースにした意思を持つので、頭が良い。それでも、まともな説明が困難だ。内なる声によって意思を曲げられ、支配を受けるという、捕らえにくい話。
その内なる声というのが、自分と同じ声で、別の意思を持つ者が問いかけてくると言う。同じ声という部分が鍵かも知れないと、リンに伝える部分にした。
「遠征艦隊のリンツーも同じ目に遭ったのかも知れない。精神を支配する魔法か、スライム限定の束縛術か」
スライム制御を研究している際に、そう言う物についてリンも試したそうだけど、容易ではないそうだ。それに遠い距離からなんて、さらに難易度が上がる。
「少なくとも、私以上に精神制御またはスライムを研究している誰か。ぜひ話をしてみたいものだけど、私のスライム達が支配されたら困る。そして、私まで支配されたら、もっと困る」
ナガノに向かう予定のリンとスライム達。そのまま進むと危険かも知れないと、まずはヌマタに向かうそうだ。ゴーラの対策も見つかるとよいのじゃが。




