10-8 小田原会談
「昨夜の報告が入らなかった艦隊があります。敦賀から北へ向かった艦隊です」
「最後の報告位置は?」
「敦賀から北へ1500kmです」
リンが大陸があると言う位置まで、あと少しの場所だ。
艦船はメタルなスライムで構成され、もし穴が空いても変形してそれを埋められる。どっかの豪華客船の様に氷山にぶつかろうとも、沈没の恐れは無い。
また空を飛ぶ飛行型スライムと情報交換が可能で、光を使った通信が容易な夜間に通信を行っている。
しかし昨夜は、その通信が入らなかった。
飛行型スライム自身の無事は知らせてきているため、何かが起きたのは艦隊の方だ。
警戒が必要なのは、大陸外勢力と接触した場合だ。長年のターン進行から、科学的発展の道を進んだ文明は存在しない事が分かっている。しかし、魔法を発展させたのなら、ターン進行に影響を与えずに高度な文明を持つ事が可能だ。その様な敵が他大陸に居る可能性は、十分考慮する必要がある。
「他の艦隊に伝達。敵の奇襲攻撃に備える様、警戒を一層厳重にするべし」
「ご命令、全艦隊に伝えます」
―――
連邦の艦隊が消息を絶った翌朝。起きた出来事について整理すべく、リン、魔王と江戸で会議だ。
魔王の執務室になっている立派な部屋に、見た目が元の僕である魔王、見た目が中学生なリン、そして僕が集まった。
「海上で艦隊を捕捉するのに便利な、広範囲を監視する魔法。そういうのが、敵側にはあるんだろうか?」
僕の疑問に対して、答えを持っているのはリンだ。ルアから情報を得る中で、リンは魔法の原理も調べている。
「広範囲の情報を集められるレーダーの様な魔法は、存在の可能性をほぼ否定出来る。探知の魔法は戦略ビュー見え方が同じで、どうも同じ原理らしい。戦略ビューがそうである様に、探知の魔法もルアからの情報だろう。そしてルアは、自陣営の視界までに情報取得を制限している。これが、広範囲の情報を集められる魔法は困難だろうと思う理由だ」
人は魔法の発動時に、無意識にルアとの交信を行っている事を突き止め、いくつかの魔法については原理が明らかになった。魔素という対価を用いてルアに依頼し、情報を貰ったり、物理的な状態を書き換えたりする。火を出すなら術者の目前にある空間に高温の燃焼物を設置し、治療するなら対象の情報を一定時間前に戻すのだ。探知であれば、周囲の他者に関する情報をルアから聞き取る。
しかしそれぞれに限界が設定されているそうで、世界中どこの情報でも得られるようなことは無い。神族の戦略ビュー、そして探知の魔法では、術者の数キロ先までだ。
「敵は科学を発展させている訳では無い事は、これまでのターン進行で知っての通りだ。そうなれば魔法による同じ制限は、敵にもあるはず。つまり敵は、どこかから艦隊を直接見ている。そのために、海上か海中に居る必要がある」
この答えについては、今後の艦隊運営のためにジョージBへ伝えるべきだろう。犠牲を少なくするために。
そして、話題を艦隊の原状に移す。
「どこかに居る勢力が、連邦の艦隊を発見し、連絡不能な状態にした事は分かっている。この連絡不能と言うのは、どうなったと考える?」
魔王の質問に対して、リンはこれまでスライムを操った経験から答える。
「海上にあれば、スライムは交信を行うだろう。穴が出来ても塞がる構造上、攻撃を受けて沈没というのは考えにくい。そう考えると…… 敵の支配下に落ちた可能性があるな」
江戸での会議から3日後、今度は小田原の城に集まる。なんとこの会議は、ジョージBからの発案による開催だ。僕とリン、魔王に加えて、みさきち、ハコネとオダワラさんも集まった
「私の推測では、乗員の身柄の安全を条件に、スライムは敵に降ったと考えている。乗員の安全を優先せよとの指示がされているからだ。それ以外で今の状況を説明するシナリオを、私は持ち合わせていない」
「それだけの事が出来る敵が、海の向こうには居ると言う訳か。その情報を得ねばならんが、偵察用のスライムをさらに出して、大陸まで情報網を拡げる事は可能か?」
「鋭意増殖中だが、それは時間を要する。すぐに行うとなれば、他地域から狙った場所に集める事で、ネットワークを大陸まで伸ばす事は出来る」
敦賀から北へ向けて一直線の、大陸まで届くネットワークを構築。そして大陸上空にも、スライムを配置する。海上の編み目は緩くなるが、陸上の様子を探らせる事が出来る。その付近に敵勢力が居るのなら、それがどれ程のものなのかも分かるだろう。
リンが大陸の配置予想図をテーブルに置く。それを見ると、何かがあった場所は東シベリア付近という事になる。現実の北海道よりかなり北の寒冷地だけど、そんな場所に艦隊を倒す程の勢力が居るというのだろうか。
「艦隊に乗っていた奴らも、大事な仲間だ。無事でも、そうでなくても、帰れる様にしてやりたい。協力を頼む」
偉そうにしているはずのジョージBが、今回は頭を下げて協力を求めた。以前と同じで、たとえ敵には残虐な事をしても、仲間は大切にする。敵側だった身としては割り切れない所もあるにせよ、彼の姿勢は一貫している。そういう所が、カリスマ的指導者として強い組織を作るのに役だったんだろう。
―――
会議後、小田原の城でもう1箇所、行くべき場所がある。氏綱、マルレーネの所だ。
小田原での戦の後、氏綱は俺の元に戻らない事を選択し、俺もそれを認めた。敵対をやめた勢力との間を取り持つ役割を持たせられるとの狙いからだ。
そして、氏綱の母、マルレーネが体調を崩しているからと言うのもある。俺や女神連中を除けば、人は老いるものだ。老いた母を看病するという事を願うなら、それも良いだろう。
「しばらくぶりだな」
「父上、よくぞこちらへ」
門前で氏綱が迎え入れる。敗将にしては特別の待遇で、元私邸をそのまま使っている。奥に進むと、畳の間があり、座布団に座るのはマルレーネ。なんだ、全然元気そうじゃ無いか。
「敵として会わなくて済む様になったのはありがたいが、もう少し早ければね」
「魔法で飛び回る魔女が何を言うか。まだ100年生きるつもりだろうに」
「そりゃそうだ。だから、この世界を100年、生かして貰わないとね」
世界の終わりに関する懸念は、マルレーネまでは伝えていると聞いていた。変に吹聴して世間を混乱させる心配が無いからと。
「科学の時代が終わり、魔法の時代が来る。その時、またお前の力が必要だ」
「いや、行く気は無いよ。また魔法の時代が来るのだろう? だったら、こっちにいる孫達を鍛えてやらないとね。もうそいつらの時代だよ」
魔法を使える物を育成するため、そして愛した人を呼び戻すため。
どっちが本当の理由だろうか。どっちも本当の理由だ。
門を出た所には、護衛達と共に、見知らぬ馬車が待って居た。
馬車から顔を出したのは、俺と瓜二つの奴だ。
「お前には伝えておかないとならない事がある」
「他の連中には、聞かせずにか?」
「サクラには言ってある。他の奴に言うかは、サクラとお前次第だ」
こいつの邸宅も、小田原にあるのだという。そこへ向けて、馬車が走り出す。
「ここへ来るとは、ちゃんと人らしい部分も残ってるじゃ無いか」
「そう言うお前はどうなんだ?」
そう問うと、少し間を置いて、こいつは答えた。
「俺は人でなし担当だからな。大魔王が人を捨てきれない分、その下で働く魔王は、人を捨てねば回らない」




