10-4 地下神殿
「折角我々の知識を活用して、無知蒙昧な民の生活を便利にしたというのに、それを捨てよとは。父上はどうされたのだ!」
「我々が考えたのでは無く、転生前の知識を用いただけでは……」
「それであっても、我々の知識に他ならぬであろう」
父である武田丈二は、この大陸を統べるまであと1歩の、偉大な覇王。その覇業において、我らが転生前の知識を生かし、軍備や産業を改善した事は、大きく寄与した事だろう。むしろ、父上が覇業を成した原因は、転生者を次々と生み出す血筋にあると思う。しかし、その座で既に60年。見た目には老いぬとは言え、考えは老いたのか。科学の発展を捨てよと命を出し、我々の成果を無き物にしようとしている。科学を進めれば世界が滅ぶ? そんな与太話を、なぜ信じるのか。科学が進もうと戻ろうと、太陽は毎朝昇り、その繰り返しはまだ何億年も続くだろう。
この様なおかしな事を言う様になったのは、あの女神と接点を持ってからだ。知らず知らずのうちに、何らかの魔法でも掛けられ、操られているかもしれん。
「まさか、我らの活躍を見て、自らの座が危ういと考え始めたのでは。あの女神に誑かされているのであろうか。このままでは、この国の行く末が心配だ」
弟とそんな話をした、その夜。夜中に外で騒ぐ者が居るのに気づき、屋敷で目を覚ました。
「何事だ、騒々しい。追い払って参れ」
「それが、弟君が……」
執事がそう話してすぐ、ノックも無しに部屋に入ってきた者達。
「兄上、父上への反逆を企んだ罪で、身柄を拘束致します」
「お前、裏切るのか!」
「言い訳は今更通じませぬ。ここに、その証拠が」
そう言うと、弟は録音機を取り出す。
我らがもたらした科学を捨てると言いながら、その科学で証拠を突きつけるか。何と馬鹿らしい。
―――
「江戸ダンジョンの奥に、古い記録がいくつも見つかった」
清水港から艦隊を見送ってから、2日が経った。ルイ達4人がダンジョン探索から戻って来て、発見物について重要な報告があるとの事。呼ばれて集まったのは、僕の他にみさきちとリン。ハコネは不在で、最近構われず不機嫌だったゴーラのために、遠乗り(?)に行っている。
以前魔王から聞いていた事を思い出す。魔王は700年近く前、勇者として召喚された長尾に倒され、女神エドに封印された。その後の出来事は、記録が残っていないと言われていた。その記録が消された時代に書かれた物が、人目に付かない場所に残されていたというのが、今回の発見だ。
「これは長尾が魔王を倒した後に、魔王の元配下に書き送った文書だ。旧魔王軍をそのまま取り込み、侵攻を続けさせようとした事が書かれている」
「侵攻を続けさせた?」
魔王が倒された後、獣人の地上支配は200年続いた。人族の国で語られる伝説では、獣人の支配を逃れて山間部に逃げた人の末裔は、長い時間を掛けて獣人を倒し、元いた土地を取り戻したとある。
「彼は当時の人族が持っていた科学技術を封じるために、侵攻を続けさせた。占領地では技術を捨てる事を強いたそうだ」
「ジョージBも、書物を無くして技術の進歩を後退させようとした記録があったと言ってたけど、それを裏付ける史料だね」
ジョージB自身は、僕にそれを語ったものの、証拠となる史料を見せてくれたりはしてない。結果としてルイ達がそれを探し当てた訳だ。
「それで、お兄ちゃんの事は?」
リンの興味は、長尾の行方。その為にこの会議に参加している。
「その史料は、長尾がまだ江戸に居た時代に書かれた物だ。その後、文書を残さない方針を始めたのだろう。後の時代の史料は見つかっていない。しかし、長尾についての記録も見付けてある」
「それは?」
「長尾は、魔王を倒したさらに上位の魔王、いわば大魔王として受け入れられたらしい」
それ、どこかでも聞いた話なんだけど。魔王を倒したら勇者さえ大魔王と呼ぶのか、あの人達は。
みさきちとリンが何か言いたげに僕の方を見るけど、言いたい事は分かった。まあそれは良いとして、ルイに続きをお願いする。
「大魔王が君臨して、江戸に史料を残した時期が、とても短い。長尾の足取りを辿るなら、他の地域で大魔王の痕跡を探すべきだろう」
「古い史料探しなら、私もさせてるわ。大魔王と記録されているのがリンのお兄さんなら、それを探してみるわね」
みさきちも埼玉方面に旧足利家の影響を残しているため、その方面では探索が出来る。
会議から3日後、『大きな発見!』とみさきちに呼ばれて、発見があった場所にやって来た。場所は春日部の東、江戸川に近い場所だ。ルイ達は江戸ダンジョンの探索を続けているので、来たのは僕とリンだ。
「あの会議が終わってから、リンに聞いたんだけどね」
箱根に地下空間があったなら、一緒にゲームのデータに組み込んだ施設があるはずだと。そして予想通りの場所に、遺跡が発見された。
「出口は塞がれて、地上を普通に探しても気が付かない。たけど、リンの情報があったから見付けられたのよ。巨大な地下トンネル。水没してるかと思ったけど、水はほとんど無いみたい」
埼玉の江戸川の西側には、江戸川よりも低い場所があり、洪水の危険が大きかった。そこで作られたのが、洪水になりそうな川から水を取り込み地下トンネルに落とす水路。その水は、ポンプで汲み上げて、江戸川に放流される仕組み。その放水路は、地下神殿の様な見た目で人気になり、それを知ったリンがゲームで建設可能な施設として設定したそうだ。
地下に入ると、巨大な空間に大きな柱が並ぶ地下神殿っぽい場所に出た。地球のはコンクリートであろう壁や柱も、ここでは謎の金属、ヘイヤスタで作られている。その空間を歩いて行くと、直径が100mを越える様な巨大な縦穴に繋がっていた。
「それで、リンの情報では、この先にトンネルが続いてるはずなんだけど、それが無いのよ」
「設計では、トンネルが続く。これはトンネルが分からない様に、偽装されてる」
リンがこの施設をゲーム用に取り込んだ形状は、この縦穴からトンネルを通って次の縦穴に通じるはず。しかし、トンネルがあるべき場所には壁があるだけ。
「作り替えられるとは思えないから、覆われているだけだと思う。壊してみる」
スライムを呼び出し、トンネルがあるべき場所付近の壁を溶かし始める。すると、予想通りの場所にトンネルが出てきた。
そのトンネルを進むと、次の縦穴に到着。しかしそこには……
「ゲームでダンジョンを行くと居るよね」
「ダンジョンを守護するボスモンスター、的な」
三角の体に、爪が付いた巨大な腕が2本突き出した、建物サイズの物体。ゴーラが銀色のモビ○スーツとすれば、これはモビ○アーマー。なお、緑色で無く銀色だった。大きな爪だからビッグクローと呼ぼう。
「稼働してるのかな?」
試しにファイアボールの魔法を撃ち込んでみると、それを表面で反射した後に、見た目の巨大さから想像出来ない加速で突進してくる。慌ててトンネルに戻ると、トンネルの入口に激突した音が聞こえた。しかしトンネルまで深追いはしてこない様で、難を逃れることが出来た。
「はい、これ無理。生身では対応出来ない。一旦撤退」
「ようやく出番という訳じゃな」
翌日、ゴーラを伴って再び現地へ。もちろんハコネも付いてくる。ハコネ入りゴーラが縦穴に進み、僕とオダワラさん、そしてみさきちとリンがトンネルから見守る。
「あれを倒す方法は?」
「設計がお兄ちゃんだとすれば、弱点の予想が付いた」




