2-10 女神のご近所訪問 御殿場・裾野 名物紀行
「今夜は宿に泊まる?」
「そうしたい所じゃが、手持ちが寂しくてのう」
宿屋に僕の資金はほぼ投資してしまったので、宿代などはハコネの勇者時代の稼ぎから出してもらうことになる。だから、お金を使うかはハコネの判断。これってヒモ? いや、今は僕が女だから、ハコネがミツグ君?
「じゃあ、夕食後に人の居ないところで部屋に戻ろうか」
「そうじゃな。折角じゃから、カレーが食べたいのう」
「この前食べたじゃない」
僕の部屋にあるカレーは賞味期限が2年だった。置いてあった野菜の様子を見るに、例の10年間に僕の部屋は時間が止まっていたみたいだから、まだ半年ちょっとしか経ってない。お米はもうアウトだけど、小田原で買える。そう、なぜか売ってる。
食事できる場所を見て回るけど、カレーは無い。魔族の地域だけで流通してるんだろうか。
「仕方がないのう」
他に何かあるかと見ると、どうも海の魚がない。屋台で魚を焼いてるおじさんに聞いてみると、
「海? 魔族とやりあってまで、海魚を食べたいのか?」
「魔族がいるんですか?」
「嬢ちゃんはここらの子じゃないのか。ここらの海は、魔族の船が多くて危ないのさ」
そんなことで魚料理もだめか。いや、川魚がおいしいならそれでも。
「これかい? 鰻焼きだ」
鰻! タレがないのか、蒲焼きじゃなくて白焼き。
「買うかい?」
「見たこと無い魚じゃのう」
鰻見たこと無いのか。見せてもらおう。
「見たいのか? こいつだぞ」
「気持ち悪い」
ハコネ、これ駄目? 日本人的感覚だとご馳走だんだけど。
「1串、銅貨10枚だ」
「買います! いいよね?」
銅貨は銀貨の百分の一。串一本100円相当。日本の二十分の一。
「見た目はあれじゃったが、うまいのう」
広場に座って食べる。鰻をこんなお手軽に食べられるとか、すばらしい世界。タレとか醤油があれば良いのに。
「僕の故郷では、夏にこれを食べる日があってね」
「ほう。皆が食べるのか?」
「昔に人が夏バテ対策に言い出したらしいよ」
平賀源内が始めたって説があるけど、元はウのつく物なら何でも良かったって言うから、宣伝が上手かったから広まったって言われてる。
「宣伝のう。オダワラでの宿の宣伝はお主の服で効果があったが、ミシマで宣伝しても山越えしてまで来れぬじゃろうな」
距離の問題は仕方がない。日本でさえこの距離は遠いのに、それが5倍だし。
そういえば、距離の制限が無さそうな話をさっき聞いたんだった。
「ところで、ミシマさんとアタミさんはいつでもすぐ会えるの?」
「女神の間で会う能力じゃ。距離が離れていようと、すぐに会える。戦略ビューから外交を選べば良いのじゃ」
どれどれ。
「選べないよ?」
「今のお主は無理じゃ。外交というのは一つの勢力、言うなれば国として認められねばならん。今の我らは、国の形をなしておらん」
そうなのか。国になると使える様になる新しい能力。うらやましい。
「じゃが国になるのも良し悪しじゃ。今の我らが自由に他国を訪れられるのも、国になっておらんからじゃ」
「国だとどうなるの?」
「同盟国、通行許可を与えられた国、あるいは戦争相手国にしか、女神は入れん」
女神だけはターン制SLGのユニット相当なのか。
「ちなみに、女神に特別な力を与えられた者もじゃ。勇者もそうじゃ」
そんな女神の話をしていたからか、迷惑な人達が来てしまったようだ。
「お前ら、女神に与するものか? 痛い目見たくなければ……」
人気のない場所に連れて行かれる。いや、連れて行かれる必要も無いけど、これも一種の情報収集。
「痛い目見たくなければって、こんな所に連れて来るってのは痛い目見せようって意味じゃないの?」
「嬢ちゃんは分かってホイホイ付いて来るなら、覚悟は出来てるようだな」
「女神嫌いの悪党どもを懲らしめてやる良い機会じゃと思ってな」
ハコネの挑発に悪党1が殴りかかって来るけど、話にならない。腕を取ったハコネが悪党の勢いを利用してぶん投げる。悪党2を巻き込み壁に激突。
「このっ」
「先にこっちだ」
おや、僕の方にも来るかい? 3人まとめてお相手しよう。
「うぐっ」
悪党3の鳩尾に肘を打ち込み、悪党4へ回し蹴りを入れる。
悪党5は回し蹴りの瞬間動きが止まったので、突きを受ける。袴で回し蹴りは、女の子として良くなかった。
「何事だ!」
兵士が来たから収まるかと思ったのだけど、
「異教徒の襲撃です」
「そうか。おとなしく縄に着くなら、貴様らの女神のもとに送ってやる」
処刑って意味っぽいけど、相手は兵士だしな。どうしようか?
ハコネを見ると、斜め上、屋根の指差す。レベル101と言え、そこに飛び上がるのはちょっときついよ?
いや、踏み台を作ろう。
「クリエイトロック!」
手頃な高さの岩が出現。それに飛び上がり、そこから屋根に飛び移る。
「弓兵!」
矢が飛んで来るが、当たった所でどうという事はない。
兵士は屋上には追ってこない。
「このまま屋根伝いに町を出るかのう」
「じゃあこっちだ」
戦略ビューを拡大スケールで見ながら、飛び移れそうな屋根を探して移動する。
こんな風に下から見られる様な場所に来るなら、袴の下に見られる用の物を履いておくべきだった。勝手に色々見せては、ハコネに悪い。
屋根を渡って行くと城壁が見えたが、城壁は飛び上がるには少し高いし、兵士が待ち構えている。
「どうする?」
「こうじゃ!」
剣を取り出したハコネ。その剣が緑に光る。
「ソードブラスト!」
剣を振るう先にあった城壁の一角が轟音と共に外へ崩れ、粉塵が舞う。
「何事だ!」
兵士が騒ぐが、何が起こっているか分からない間に、崩れた城壁から外へ駆け出る。
「こっち!」
戦略ビューで人が居ない方向へ。僕の方が速い様なので、後ろからハコネが付いてきてることを確認して走る。
「もう少し町から離れよう」
派手にやってしまったから、追っ手も遠くまで来るかもしれない。
追い難いように、道を外れ森を進む。
「今日はここまでにしようか?」
「そうじゃな」
ニートホイホイで部屋へ。
「あれはないよ。あんなに派手にやったら、もう三島には入れないね。あの鰻、また食べたかったのに」
「そのうちまた行けるじゃろう。あるいは、外交を出来るまでになれば、ミシマに届けてもらうかのう」
女神の宅急便、中身は鰻。
「昨夜は暗い中走って良く分からんかったが、ここは何処ら辺じゃ?」
「三島から御殿場に向けて4里の場所だよ」
「であれば、このまま御殿場に向かうとしよう。カレーが我を待っておる」
翌朝。追っ手が来るかもしれないので、街道に戻らずそのまま森を進む。三島と御殿場の間は25里あり、歩きやすい道でも普通に歩けば3日。道がない森を歩くのは更に時間がかかる。
「ソードブラストで切り払うのはどうじゃ?」
「やめなさい。ここを通ったってバレバレじゃない」
そのまま歩き、昼頃に戦略ビューが町を捉えた。
「ここは、裾野?」
「どうじゃ、入ってみるか?」
「ダメそうなら通り抜けよう」
恐る恐る町に近づくが、柵の前に兵士の姿は見えない。
「無防備だね」
「ということは、ここは良いかもしれん」
町に入ると、キラキラでない神官を見かける。
「ここは女神の教えを守る町かも知れぬな」
「そうであれば、味方かな」
「神殿に行ってみるとするか」
神殿は質素な感じで、もちろん拝観料は取られない。ミシマさんに似た女神の像がある。
「すまぬが、この像はどなたの像じゃ」
「この像はミシマ様でございます」
当たりだ。
「お祈りを捧げていって良いですか?」
「どうぞどうぞ」
「侯爵がそんな事をねえ」
「どう思いますか?」
ミシマさんに昨日のことを連絡しておこうと出て来てもらう。影響圏内の神殿ではどこでも呼び出せるらしい。マリーちゃんの神棚も神殿扱いだったみたいだ。
「その考えは人として進むべき方向かもしれないけど、女神としては寂しいわね」
「そうじゃな」
「役目だからですか?」
「いや、子が巣立ってしまう、母の心境ってやつ? 子供がいたことあるわけじゃないけど、なぜか分かるのよね」
ついでに城壁を壊したことも詫ておいた。
「もう私のじゃないし、知ったこっちゃないわ」
巣立った子の扱いが雑なんですが。
「この町にも追っ手が来ますか?」
「それはないわね。あいつらにとって、面倒な事になるもの」
「どういうことですか?」
「スソノは私の教えを守ってる町だから、そこに天上教を掲げる兵士が行って、女神の教えを信じる者を差し出せなんて言えないわ」
町の人は味方してくれるのか。
「それにそんな事したら裾野が御殿場側に寝返る恐れもあるもの。微妙な立場だからね。まあ御殿場にここ取られちゃうのは、私も嫌だけど」
神殿を離れて、昼食を探す。鰻もカレーもない。
「これにしよう」
選んだのは、屋台で売ってる水餃子のようなもの。味が少し薄いけど、調味料が足りないのかもしれない。昨日の鰻と言い、どうも調味料系統が足りない。やっぱり醤油がないのか。
「天上教に支配されるくらいなら御殿場の女神を選ぶと思う?」
「それは無いな。そうなる位なら、この町は戦いを選ぶ」
ハコネに聞いた問いを、屋台のおじさんが受けて答えた。
「この町はミシマ様が守って下さっている。門に兵士がいないだろう? あれはミシマ様の結界が守ってくださるからだ。結界が破られるまでに、町のものが備えをすればいい。魔物も魔族もすぐには入れん」
裾野は安全なようだけど、先へ進み新たな女神に会いたい。もう追っ手は来ないだろうから、街道を御殿場目指して進む。
そろそろ夕方になるからどこに泊まるか考え始めた頃、前方に壁が見えてきた。何里あるのだろうという、長い壁だ。街道の部分には、門がある。
「人族よ、何処へ向かう? 御殿場に向かうなら、女神の審問を受けよ」
さて、御殿場への門は僕らに開かれるのだろうか。




