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2-9 女神のご近所訪問 女神のメール便

「神官や神殿がおかしかったのも、今のお主の姿と関係あるのか?」

「大ありよ」


 何が起きてるかというと、宗旨替え。町の人が異教に改宗してしまったと。

 天上教と呼ぶ宗教で、神様は地上にホイホイ降りてきたり姿を見せたりしないけど、見守ってくれてますよ。あの世の事は任せなさい、この世の事は自分でやりな、って教えらしい。むしろ僕にとっての普通だな。


「田舎は変わりないけど、町はごっそりね」

「なんじゃ、まだうちよりはマシでは無いか。うちは信者以前に、住人が全部で7人じゃぞ」

「そんなの慰めにならないわよ」


 信者と言うのはいるのだろうか? 僕ら2人?


「色々な物を支えてるのは女神だと言うのに、どこの馬の骨とも分からない神様を祭るなんて罰が当たるって言ってやったんだけど」


 ミシマさんは結構好戦的な女神だ。


「やれるもんならやってみろだなんて侯爵が言うもんだからね。丹那トンネルは止めてやったわ。水源止めるのは侯爵じゃなくてカンナミ村が困るからそのままにしたけど」

「そんな理由じゃったか。民の望み、まあそうとも言うか」

「トンネルが閉鎖になっても、天上神の怒りだとか、勝手な解釈を広めてるし。もうどうあっても、私の方に戻るつもりは無いみたいね」


 領主と女神が仲違いか。民と対立して干されるのは女神の方とか、僕の立場としては世知辛い。


「それでお願いがあるのだけど」

「我に願いとは。なんじゃ、言うてみよ」

「用水のトンネルを再生して欲しいの」

「はて、そんな物があったか?」

「ハコネが使うなら金払えって止めたんじゃない。800年くらい前」


 ミシマさんが戦略ビューを表示する。


「これって他の人にも見せられるの?」

「ここでなら出来るわよ」


 現世で出来ないならあまり使い道がないか。


「それでここなんだけどね」


 地図を拡大すると、芦ノ湖北西、湖尻峠付近。


「湖の水を西の山麓に通す用水路なの。維持費を出せば使える様になるのだけど」

「思い出したぞ。こちらに何の利もないから、そんなものに維持費は出せんと止めたやつじゃ」

「維持費はどのくらいなの?」

「ハコネ領内分は半里だから、1ターンで0.5ね。うちの領内の分は当然私が持つわ」

「うむ、領内も潤って来たから、慈悲を見せてやるか」

「何か商売でも始めたの?」

「温泉宿じゃ。今の月収はこれだけじゃ」


 指で3を示す。こいつサバ読んだ。2.15が正しい。


「え? 1か月に3!?」


 ミシマさんの戦略ビューを見ると、黄色い丸の隣に250+240-10とある。


「1か月に3は凄いじゃない。1ターンに360って、今の私より、5割も多いわ」

「そうじゃろう。稼ぎ方を教えてやっても……」


 言いかけたハコネが、ミシマさんの戦略ビューを見て、しまったって顔をした。


 説明しよう。戦略ビューに示される収入は、ターン当たりの収入である。単位は女神金。ミシマさんの1ターンの収入は240女神金。1か月に2女神金だ。それに対して、ハコネは1か月にサバ込み金貨3枚でドヤってしまった。うちの収入は、1ターン2.58女神金。

 女神は戦略ビューを見ているので資金を女神金で考えるが、ハコネは10年の人間暮らしで金貨枚数で考える様になってしまったのだ。


「えっと、ミシマさん、お金の事なんですが」

「もしかして、余裕あるからうちの分まで出していただける、とか?」


 ニコニコ笑顔が突き刺さる。


「冗談よ。1ターン3.6なんでしょ? 0.5出してもらうだけでも負担でしょう。その分の埋め合わせは別の何かでするわ」

「2.58です」


 用水路問題はこれで解決。北部での女神信仰が高まれば女神陣営全体としては良い事なのだろう。


「他にもお願いしたい事があるのだけど」

「金以外の事じゃろうな」

「それを頼むならあなたに言わないわ。マリーちゃんの事よ」


 屋敷の主と言っていた子。見たところ10歳ぐらいで、屋敷の主と言うのが気になる。


「あの子は侯爵令嬢でね。お城に居ても良い身分なのだけど、お城を離れてお供の人たちとここに住んでるの」

「何があったんですか?」

「マリーは私の声が聞こえるの。それが原因で、お城から離されてしまったの」


 親から邪魔者扱いされてしまったのか?


「邪魔者扱いじゃな?」

「どうでしょうね。侯爵はお前のためと言ったそうだけどね」


 この町と侯爵に良い印象は持てない。門を入ってから全てについて、そう感じた。


「マリーがどうすれば幸せになれるか、相談したかったのよ。私と話せるのはマリーだけ。そのマリーは、大丈夫って言うし」


 寂しくても子供の強がりで言ってるのかもしれないね。


「熱海にアタミさんの声を聞ける同年代のエルンスト君がいる。その子の話をしてみようか」

「それをお願いしますわ」




「この町でミシマ様のお声を聴けるのは私だけになってしまいました。他の方がこうしてお話をされるのは、私がこの屋敷に来て初めてです」


 マリーちゃんは嬉しそうにそう言う。ミシマさんの話で可哀そうなマリーちゃんの印象を植え付けられたけど、そういう事を感じさせない。


「マリーちゃんの様に、女神様の声を聴ける子が熱海に居るのだけど、その子の話を聞きたい?」

「ぜひ」


 熱海でのエルンスト君の話を聞かせる。アタミさんと話をして問題を解決した話などを。


「私もその様にこの力を使えれば、皆さんが耳を傾けてくれるようになるのでしょうか?」

「今のエルンスト君は、大人も彼の言葉を聞いてくれるみたいだった。でも、最初からそうだったとは思えない」

「一度、その子と話してみたいです」


 ここから熱海まで連れて行く? もし丹那トンネルが繋がれば行けるかも。

 トンネルを繋げられるか、相談だ。




「トンネルを繋ぐことは、出来なくはないわ。でも、どうやって行くのよ」


 丹那トンネルを通れたとして、熱海までは80km。


「我らが連れて行くのはどうじゃ」

「公爵令嬢誘拐事件ね。犯人は令嬢をアタミへ連れ去った。もともと関係が良くないから、戦争になりかねないわ」


 連れて行くのはだめか。


「ミシマさんとアタミさんは会えるのですよね?」

「会えるわ」

「じゃあ、文通はどうでしょう?」




「郵便より早いよ。その日のうちに届けられるし」

「ありがとうございます。楽しみです」


 ミシマさんがアタミさんに手紙を託して、エルンスト君に渡すことになった。


 帰ろうと扉を出ると、門前に馬車が止まるのが見えた。


「侯爵様です」


 僕らを町から案内してくれた青年が耳打ちして、僕らに脇へ避けるように促す。

 あれが侯爵か。ミシマさんへの待遇やマリーちゃんの扱いについて色々言いたいことがあるけど、余計なことを言うとここから帰れなくなるかもしれない。


「侯爵様であらせられるか?」


 ちょっと、ハコネ。


「いかにも。そなたらは?」


 ハコネに喋らすと何言い出すかわからないので、引き継ぐ。


「東の山を超えてまいりました、ハコネとサクラと申します」

「難路を超えて良く来た。歓迎しよう。それでこの屋敷には何の用で?」

「女神のミシマ様のお声を聞きに」


 宗旨変えをした侯爵だから嫌な顔をするかと思ったら、そんな様子もない。


「それはぜひ話を聞かせてほしい。あとで話を聞きたいので、待っていてくれないか?」




 侯爵は娘と夕食を食べに来たらしい。僕らにただ待てと言う訳でなく、ちゃんと別室で夕食を出してくれた。


「待たせたな。馬車の中で聞かせてほしい」


 馬車は豪華かと思ったらそうでもない。お忍び用の簡素な馬車だろうか。


「まずミシマ様のお言葉を聞いたとなれば誤解があろうから、先に言っておく。私は娘のことを愛しておるし、娘をここに置くのは安全のためだ」


 ミシマさんも、侯爵の説明はマリーさんのためと言っていた。


「城では、女神様の声を伝えられる最後の一人、マリーが居なくなることを望むものがいる。もちろんそれを許すわけはない」

「そもそも、ミシマ様の教えから離れる理由は何なのですか?」


 恩恵を与えてくれる女神様から離れる理由。これはいつか僕らにも訪れるかもしれない、大問題だ。


「女神様の恩恵で、我らが利用してきたものは、遺産と呼ぶ物、トンネルやそれを利用した水源だ。これらは、我らが寄進した金銭で女神様が維持してくださる」


 これはアタミさんにも聞いた通り。


「しかし、その金はどこへ消えるのだ?」


 どこへって、女神のシステムへ?


「例えば、人がトンネルを掘り、それを維持するために働くとする。領主が穴掘り職人を雇い金を払い、職人は道具の職人や食料を運ぶ商人に金を払う。商人は納付に金を払う。農夫はまた誰かに金を払う。そうやって、最初の金が多くの人々を回り、それぞれに食い扶持を与えて、生きて行けるのだ」


 あれ? 案外まとも?

 特に間違ってない気がしてきた。


「今のは、天上教の教えでな。天上教の印象はどうじゃった?」

「豪奢で良くないのう」

「そうだろう。だが、根本の教えは、先のような考え。神には天上から見守ってもらい、地上のことは我らで成そうという考えだ。理想はそうであっても、自分の都合で歪める者が混ざっていることは否めないがな」


 門にいたのとかね。


「一部不心得者が居るからと言って、その全てが誤りではない。人族に一部不心得者が居ることを理由に、魔族が人族を滅ぼすと言えば納得はせぬだろう。それと同じだ」


 この世界では現に起きそうではあるけど、そうはならないで欲しい。


「そろそろ着くようだ。我らは女神様に甘えてはならない。前に進むために。そんな考えもあると知ってもらえればありがたい」


 立派な門の前で馬車を降りた。

 馬車に乗る前と後で、僕の中の侯爵像と女神像は少し変わった気がする。


「ハコネ、どう思う?」

「そうじゃな。容れられぬ考えではない」

「僕もそう思った」


 意外とあっさり受け入れるハコネ。もっと反発するのかと思った。


「じゃがな。それを認めてしまうのは、女神には出来ない」

「そうなの?」

「繁栄を託された女神の役目、これを託したのは創造主であり、民ではない。創造主が終わりを告げるまで、我らは進まねばならぬのじゃ」


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