9-22 残念乙女のロマンが火を噴く
小田原の陥落から10日、僕らは小田原の城に集まっている。
守られてると思ったら守られていなかった小田原の城は、まだ崩れた部分はそのままで、瓦礫だけ片付けられた。機能的に必要な部分は無事なので、しばらくはそのままだ。
会議室には、ハコネ、オダワラさん、アタミさんにミシマさん、ゴテンバさん、そして魔王とリン、みさきちとシモダさん。一蓮托生なメンバーが勢揃いした。今日の会議は、失地回復が終わった僕らが、これからやるべき事を決めるのが目的だ。
小田原から熱海を経て三島までは、鉄道が使える様になった。動き始めた鉄道により、小田原から三島まで180kmの距離を、5時間掛けて移動出来る。
この鉄道の再開は、多くの鉄道技術者が僕らの陣営に参加してくれたおかげだ。熱海と三島の陥落ではまだ様子見していた彼らも、小田原まで陥落し、三島から西へ100km以上進んだ富士川までが僕らの陣営が支配する地となり、僕らがこの地域を永らく治める可能性を感じ始めたからだろう。勝ち馬に乗るというやつだ。僕らが劣勢になれば、離反するという事だけど。
そして、鉄道と繋がって重要度が増したのが、熱海の海岸に築かれていた港だ。小田原と江戸に挟まれた領邦は、今でも名目上は連邦へ帰属しているので、陸路で僕らが通るのは阻止する。しかし、遙か沖合を過ぎる船に手出はしない。小田原での出来事がいいデモンストレーションになり、自分達に害が無ければ手出ししないという暗黙の中立関係が出来つつある。
その新たに開かれた航路で、魔王陣営の海運部門が活躍している。以前から魔王陣営は、遺物の鉄道を復活させる事はせず、海運に力を注いでいた。東京湾沿岸の半分以上、そして大きな河川に恵まれた平野部を支配していたため、水運が便利だったからだ。江戸から館山、そして銚子までの範囲で活動していたのが、その活動範囲を熱海まで拡げた。そして熱海で船から鉄道に積み替え、小田原や三島へと物資の輸送が容易になった。
「伊豆の方は?」
みさきちに聞くも、みさきちは隣のリンとずっと私語中で、聞いてなど居ない。
リンが三島に到着した翌日、みさきちも三島にやって来た。その日は夜を明かして語り合っていたそうだけど、語る言葉は尽きないのか、会えばいつもこんな感じだ。
「では私が代わりに」
代わりに説明してくれるのは、シモダさん。
小田原での戦いの準備が始まった頃から、みさきちとシモダさんが伊豆半島を廻った。
以前の伊豆半島は足利家の東方領だったが、僕らが不在の間に武田家に切り取られてしまっていた。農業生産に乏しい地域が多く、東西の海での漁業と交易が必須。その海を押さえられてしまっては、従うしか無かった。そして今、その海を僕らが確保した為、僕らの仲間になる方向で話が進んでいる。
「陣営に加わっている地域を塗ると、こんな感じです」
赤く塗った自陣営が、案外広い。その領域は日本で言うと、東京都、千葉県、埼玉県南部、茨城県南部、神奈川県西部、静岡県東部、そして九州全体。箱根だけだったのとは雲泥の差。
だけど、青く塗った敵側も、中部地方から中国地方まで、広大な領域。
「まだ差はあるか」
「さらに言うと、技術的な面での差は大きいね」
この会議室を見上げると、そこにあるのは照明とファン。街にあった街灯と同じで、僕らの陣営には無い技術が使われている。僕らの技術は17世紀、彼らの技術は19世紀、そんな感じの隔たりだ。
「富士川の戦闘は?」
「空では五分だ。飛龍は頑張ってくれている。陸は互いに塹壕で守りを固めている」
富士川沿いの前線は、魔王が管理している。
魔王傘下の獣人達は、富士川の左岸平野に穴を掘り、地下トンネルと塹壕が張り巡らされた防衛線を創り上げた。そこに氏綱が使った砲台を運び込み、接近する敵軍に砲撃出来る体制だ。
対岸の敵軍は大砲を並べて、川を越えて連日砲撃を加えてくる。しかし、獣人達の伝統芸であるトンネル作成技術が勝り、大きな痛手は受けていない。こちらの塹壕を破壊出来ないまま無理して渡れば、そこには塹壕から射撃する我が軍、そしてゴーラが待っている。
ただし、攻めて行く手立てが無いのはこちらも同じ。双方が迂回を狙って戦線を南北に伸ばしてしまい、山深くどうしようもなくなる場所まで、100kmもの戦線が出来てしまった。そんな所で膠着中だ。
「最終目標は、今の占領範囲を支配領域として認めさせる事。それ以上の戦いが無くなれば、僕らの領域を発展させる事に注力出来る」
集合しての会議から4日後、富士川沿いの前線から急報が入った。
「以前の大砲よりも遙かに威力を増した砲撃により、トンネルごと塹壕が破壊される被害が出ています」
「どんな大砲なのか、確認は?」
「敵陣のさらに後方から、砲撃が来ているようです。大砲その物は、正体不明です」
その報告から1日。リンによるスライム偵察の結果が分かった。スライムが撮影した動画を寄越したお陰だ。その映像に、リンが大喜び。
「砲身の長さが30m、多薬室、列車砲。そんなロマンの塊を開発していたなんて」
第一次世界大戦で使われたパリ砲という兵器がある。長さ28mの砲身に、複数の薬室が付いて砲弾を加速していく。撃ち出された砲弾は成層圏まで届き、空気抵抗が小さい事もあって、130kmも遠くまで飛んだという。ドイツ軍によるパリ砲撃に使われたそうだ。
「コンピューターも無しに、多薬室を完璧に連携させる方法について、解体して調べたい。その巨大砲、壊さずに捕獲しよう!」
リンが夢見る乙女モードだ。こんな乙女はダメだと思うけど。
「捕獲の恐れがあれば、破壊されてしまうだろう。そんな暇も与えずに、捕獲する手段を考えたいから、そいつには手を出させないでね」
翌日、巨大砲の件は、思いもしない事態となった。
「そんなに届くの!?」
「発射地点から150kmか」
発見地点は、富士川から西の由比の山中。そこから、なんと三島を狙ってきた。狙いが定めにくいのか、街への直撃は起きていないけど、何が起きているのか分かった住民からは、不安の声が上がっている。
「真の目的は、拠点への攻撃では無く、心理作戦。まさにパリ砲と同じ事をしようとしている」
リンが僕の部屋で調べた、第一次世界大戦の資料。そこにも、そんな目的で巨大砲が使われた歴史が記載されていた。前線が前に進められないなら、遠距離で都市を砲撃。心理作戦であると同時に、輸送路に当たる道路や線路に当たってしまうと、補給線も破壊されてしまう事になる。
「これは早く破壊した方が良いよね」
「待って! それはやめて! どうしても壊すというなら……」
まさか、敵の兵器の破壊を巡って、リンが離反?
「せめて私に壊させて欲しい。そんなロマン兵器と戦うなら、それなりの物を用意するから」
三島への砲撃は、三島の手前で迎撃する方法で何とか凌げている。富士川の前線で砲弾を確認すると、そこにあるハコネの扉から僕の部屋を通って、迎撃地点に伝令。着弾まで3分くらいあるので、僕らの誰かが迎撃に向かう。飛行魔法で弾丸に向かい、見つけたら海の方に進路を変更させる。この方法で砲撃を無効化出来るけど、とても手間が掛かるからそろそろ止めにしたい。リンに聞くと、もうすぐだからと、我慢を求められて来た。
そして、対抗手段をリンが用意すると言ってから、5日。その時は来た。
「ついに出来たよ! ロマン砲には、ロマン砲! 6段の爆発系魔法で加速する、魔法で再現した超長距離射撃巨大砲だよ!」




