9-21 生身の限界
スライム群の攻撃は、砲台を取り囲んでの無数の光線放射。女神の力で攻撃の効果は砲台に生じないが、その攻撃で受けるはずのダメージ分だけこの国の資金が減ってるはずだから、いつかは勝てるはずだ。
「女神の力による防護か。有り金全て吐き出させるというのも芸が無いな」
「助かったと言えば助かったけど、問題は解決してない」
このままスライムの光線を浴びせ続ければ、この国の資金が尽きれば砲台は破壊される。しかしその時は、中に居る氏綱も運命を共にするだろう。
「リン、この砲台の事なんだけど……」
僕の懸念をリンに伝えると、暫く考えてリンが導き出した結論はと言うと、
「だったら、兵糧攻めにしようか」
―――
「殿をお救いせねば!」
街に蔓延ったスライムが集まったかと思えば、四方八方からの光線攻撃を砲台に加える。父が砲台を操り敵と戦う様を見守っていた家中の者が、異常な事態を見て焦りだした。
だが、出陣する父から伝えられていた事があるので、手出しは無用。助けに行った味方が近くに居ては、父の攻撃手段を封じる可能性もある。皆を安心させるべく、どれ程の余力があるのか、確認する。
「いや、慌てるな。女神の力が御護り下さる。財務卿、寄進分は如何ほどあった?」
「1677万程です」
この1677万、単位は女神金であり、金貨で16億7700万枚に相当する。この街の全城壁が完全に破壊されようとも、修復に要するのは1000女神金の消費だ。1677万女神金があれば、1万6千回修復出来る。ほぼ無尽蔵と考えて良い。
「案ずる事は無い。あの程度の攻撃では、10年攻められようと難攻不落である」
だが、問題はそこでは無い。
あのスライム、砲台を包み込もうと動いている様な……
―――
「中からの攻撃は?」
「砲台の砲門だけは開けてある。スライムは大丈夫」
砲台を囲んで光線で攻撃していたスライム達は、砲台に張り付いて溶解液攻撃に切り替えた。スライムの数が膨大で、砲台は砲門部分を残してスライムに覆われている。
無骨な砲台がうっすら青く光る透明なスライムに包まれ、何かのオブジェのようだ。砲台は振り払おうと旋回しているが、張り付いたスライムは離れない。
「これで中の人は出る事も出来ないし、補給も出来ない。食事が出来ないなら、どれくらい持つ?」
「無理して、3日くらいじゃろう」
あとトイレも行かれないって事で、悲惨な事になる。1日くらいで降伏してくれないだろうか。
そうやって見ていると、10分で動きが無くなった。何が起きた?
砲門以外を覆うスライム。砲門部分が空いてるから酸欠という事は…… いや、砲門の部分までスライムが覆ってる!
中の構造がどう作られてるか分からないけど、完全にスライムに閉じ込められた状態では、酸欠になるだろう。
「急いで救出しないと、手遅れになる!」
酸欠は脳へのダメージが大きい。一刻を争うはず。僕が近付いても反応は無し。中に居るはずの氏綱はまだ大丈夫か?
扉に張り付くスライムをリンどけさせて、救出しようと扉のハンドルに手を掛け開けようとするも、開く事が出来ない。
「城に行って、この事態を説明する。開け方を聞いてくる!」
「いや、私がやろう」
そこに居たのは、僕の部屋で休んでいるはずのマルレーネ。
「そこにアレが居るんだろう? 私が出よう。これでもし撃たれるなら、それまでの事だ。ここでどうなろうと、もう老い先短いのだ。やりたい様にやらせて貰おう」
そう言うと、砲台に近付く。そのやり取りを見たリンは、スライムを階段状に並べて、マルレーネが砲台の扉に向かうのを助ける。僕ももしもの時に助けられるように、マルレーネに付き添う。
マルレーネが扉のハンドルを引くと、あっさり開く。
「サクラの事は敵と認識したんだろう。私はそうじゃないらしいね」
―――
光を感じ、目を開ける。
ここは? 何をしていた?
砲台で戦いに赴き…… それ以降覚えていない。
「気付いた様じゃぞ」
金髪の少女が2人。あぁ、この2人は、前の戦いにも居た。他には見知らぬ少女と、母さんか。
「また負けたのか」
「死にかけといて、まだ勝ち負けを気にする。そんな事してると、次は死ぬよ」
「母上より先に逝くつもりはありません」
この歳で母さんに見守られて、心配されて。
「ところで、俺は何故負けたんだ?」
「スライムに囲まれて、息が出来ず、ってところだ」
「そんな戦法は考えていなかった。次は気を付けよう」
やっと起き上がれたものの、頭が痛い。
さて、敗戦処理だ。
―――
「あの状態からでも、効果があるとはね」
氏綱の元にたどり着いた時、彼はすでに呼吸をしていなかった。急いで掛けた修復と、オダワラさんが使えた空気の浄化魔法、そしてマルレーネの人工呼吸。魔法が無ければ死んでいたか、生きていても脳に障害を受ける可能性があった。この世界の魔法の、なんと便利な事か。
そして、空気の浄化魔法。酸欠になるのを防ぐというあの魔法は、二酸化炭素を酸素にしているみたいだ。炭素1つ分はどこへ行ったのか? 質量保存の法則、魔法の前に完敗か?
膨大な数のスライムは大部分が移動し、小田原には砲台で戦うために集まった数千のみが残っている。それでも十分に多く、スライムだけでこの街を焼き尽くせる戦力だ。そんなスライム達に囲まれ、彼らは強気な事を言う事も出来ず、そのまま降伏となった。実質的な戦闘は1時間もあったかどうか。やはり色々ズルいのだろう。
小田原に居た人々は、終戦後は留まって新体制に属するも、他の地域に移住するも自由。勢力としては僕らの一部となり、オダワラさんが守護女神として復帰する。とは言え、ハコネが行く所にオダワラさんはついて行くと言うだろうけど。
それから足柄家の人は、終戦まで小田原に留め置く。城で監視下に置かれるが、軟禁と言う程に不自由はさせない。他の取り戻した都市では、旧支配家を呼び戻そうとか、市民の代表に治めさせようとか、これからの体制について議論が行われている。小田原の場合は、氏綱さんの奥さんがアシガラ辺境伯家の姫だったので、足柄家が旧支配家も取り込んで一体化している。だから足柄家のままか、市民による統治か。
―――
「弱点は対策すれば良い。基本的なコンセプトには、間違いは無かった。この情報を持ち帰れば、次は勝てる」
上様が獲得した遺物の力には、オダワラと似た効果を持つ物がある。他にも多数の遺物を手に入れ、使い所を選べば絶大な効果を発揮する。
我々も、女神、そして魔王との戦い方を学びつつある。獣人の自爆的な攻撃、スライムの隠密と物量。それぞれを見て、対策を生み出す。その為には、その目で見た者が戦場から戻る必要がある。それに適した能力を買われて、私はこの任務に選ばれた。
私は女神に召喚されて、勇者と呼ばれるはずの者だった。女神から貰った能力は、永遠の命。死んでも拠点で甦る事が出来る。
危険を顧みず戦い続け、人生何回分の時間を使って、最強の戦士となれる。そんな事を期待していたが、上様とその一門が生み出す新しい技術を前に、個人の技量など役に立たなくなった。残されたのは、甦る力。危険な前線で情報を得て、そこで倒れたなら、拠点で情報を持って復活する。勇者では無いな、俺は。
オダワラの街を離れ、列車で1時間と徒歩で半日。途中で道を逸れて、人目に付かない場所へ。何も証拠を残さない為だ。
さあ、上様の元に帰ろう。俺はナイフを取り出し、自らの胸に突き立てた。




