9-20 遺物の力
「状況は?」
「光の発生源は、外周部が多い様です」
「原因究明を急げ。これらが全て敵であった場合、想定外の大軍だ。むやみに攻撃をせず、情報を持ち帰れ」
命令を受けた連絡兵が出て行くのを見送り、外が見える窓に近付く。丘の上に建つ本城から見ると、周囲を光に囲まれている事になる。
そして、先程出て行ったのとは別の兵士がやって来て、報告を上げる。
「スライムです! 多量のスライムが発光しています!」
「実害は?」
「城壁に取り付き、溶かそうとしています。それ以外には、手を出さなければ、何もしてきません。これまでに知るスライムと同じです」
この10年くらいだろうか。あらゆる場所でスライムを見る様になった。それ以前は大陸西部中心だった分布が、東部まで拡大してきていた。密集する事は無く、まばらに分布している。手出ししなければ特に害は無く、手出しすると強烈な反撃で痛い目に遭う事が分かっているため、放置されている。先月の戦闘でやり合った大スライムは別として。
父からは、スライムは西の果てに居る魔王の手下だと聞いている。魔王はこの大陸に支配域を拡げるつもりは無い様だが、父が魔王の支配域する大陸に討伐に向かった際には、こちらの大陸でスライムが大暴れして大変な事になったそうだ。それがあり、我々は魔王の大陸へ攻め込めなくなった。攻めても来ないし、攻めても行けない。そんな武装中立が、西の魔王とスライム達。
しかし、城壁の破壊を目論むというのは、これまでの武装中立路線を捨てた事を意味する。このまま放置すれば、状況は悪化する。
「アレを使う。準備せよ!」
―――
小田原は、壁や堀で囲んだ街になっている。創造主時代の遺物を復活させた物だ。豊臣秀吉と戦った小田原城がそのまま5倍に拡大されてあるから、1周は45km。山手線1周が35kmだから、それよりも大きな囲いだ。都市だけでなく周辺の農村まで囲んでいる。
農村までが囲われた結果、川から引き込んだ用水路が城壁を貫いている。そこからの侵入を防ぐため、金属の柵が水路部分に取り付けられているが、隙間を狭くして落ち葉程度でも詰まっては仕方が無いため、5cmくらいの隙間が作ってある。また農地から出る排水路や下水道も、同じくらいの柵が付けられている。
それらの柵は、人や獣の侵入を防ぐには十分効果があったが、自由に変形出来るスライムには無意味だった。
小田原の城壁内、高台にある城を見上げる、一般の建物が並ぶ地域に降り立つ。街路に並んで立つ、6階建て程度の建物の屋上。街に元からある黄色がかった光と、スライムによる青白い光が混ざり、夜の街路を照らす。
僕の体感としては少し前、ここに居る人達にとっては60年前、ここはこんな風では無かった。以前は、高くて3階建てのレンガ造り、他は木造の平屋で、夜は真っ暗。それでもこの地域では最も栄えている街。そんな時代だった。
それが今は、6階建てくらいの建物が通りに建ち並び、道はレンガで舗装され、仕組みは分からないが街灯も付いている。中世から近代へ変化したかの様だ。
「折角、ここまで発展したんだから、壊したくないね」
「だから、ここからね」
この街を囲む城壁はただの壁では無く、創造主時代から残る遺物。攻撃を受ければ破壊出来るが、資金さえあれば瞬時に修復出来る。そこは他の遺物と同じ。資金を耐久力に変換出来る、銭こそパワーなシステム。
では、城壁を無視して城主がいる都市中心部を攻撃したら? しかし、それは通じない様になっている。中枢を狙い撃ちしても、周囲にある城壁が被害を肩代わりするそうだ。それが遺物が持つミラクルパワー。手前の壁モンスターを倒さないと、奥に居るボスにダメージは通りません、ってやつか。
「じゃあ、始めるわ。火球!」
あえて標的は中枢部。なんとかランドの名物なお城を模した様なのが建ってる。そこを狙い撃ちするオダワラさん。
城壁への攻撃はリンに任せてある。僕らが城壁を攻撃すると、巻き添えになったスライムが自律的に僕らに反撃する可能性があるため、別の場所を攻撃した方が良いからだ。
オダワラさんの魔法が、城もどきに着弾。城壁が肩代わりして無傷なんだろうけど……と思ったら、城もどきが壊れる。尖塔が崩れ、庭でがれきの山になる。
「オダワラさん、話が違うんですけど!」
あそこには、ここの城主でマルレーネの子、足柄氏綱氏がいる。彼にも無事なまま、この戦いを進めたいと思ってるのに、なぜ攻撃が通ってしまうのか。これでは攻撃出来ないじゃないか。
「あれは何じゃ?」
僕の葛藤を余所に、ハコネが何かを発見する。
がれきの山が散乱する庭に現れた、黒い何か。斜めの棒が動いて……砲台!?
それが光ると、隣に居たオダワラさんを光線が掠める。
「修復!」
即座に魔法で回復させたが、その前の一瞬見えたのは、左腕を失ったオダワラさん。
それ程の威力がある危険な兵器。そして……
「火球!」
ハコネが放つ魔法は、砲台に直撃するも、無傷。
「ハコネ!」
射撃されるも、躱すハコネ。
砲台は前方にしか射撃出来ない様だ。砲台の方向変更より速く周囲を動けば、射線から外れる事が出来る。油断して移動を止めると餌食になるので、動き回る事にする。シューティングゲームの様な動き。
2度、3度と魔法を撃ち込むも、全くの無傷。物理攻撃ではどうなるか。要塞と戦う時に使った槍を用いて攻撃するも、それも受け付けない。
「何も効かないって、そんな事が出来るの?」
「そんな事が出来るなら、他でも使われそうな物じゃが」
ここにしかない唯一の存在。と言う事は……
「アレを中枢としたのね」
城壁の遺物に守られ、資金が続く限り破壊出来ない存在。その効果を、城で無く兵器に付与した。そんな絶対の防衛を付与された、最強の攻撃兵器。
「あれが中枢というなら、そこに城主が居る事になるわね」
彼はアレに乗っている。もし城壁の耐久力を削り続け、この城の資金までを削り切ると、アレは破壊される。そしてその時、彼は助からない。
「全ては得られない。どれかを選べ、という事か」
―――
スライム達を制御する都合、後方から見守る事になったけど、スライムのネットワークを通じて伝わってくる前線の情報は、残念な物の事を伝える。
城壁を内側から破壊するべく、ちまちまやって来た。しかし、見過ごせない事態が進行している。
砲台らしき物は、防衛を遺物に頼る前提か、単なる骨組みに大型光線銃が付いているだけ。面白くも何ともない、効率だけを追求した作りになっている。
「あれだけのパワー。それを単なるガラクタ砲台にするとは。ロマンが無い」
私なら、最低限人型。光線兵器なら、古くは目から出すか額から出すか。あるいは大きな穴に蓄積されたエネルギーが、120%充填されてから発射とか。
効率を考えたら、そんなのが実装される事は決して無い。効率度外視の不思議な兵器にこそ、ロマンがある。実在の兵器で言う、英国面に落ちる位のが欲しい。
「こんな面白い世界に居ながら、面白くない兵器を作る愚か者に、ロマンを教えてやらねば」
スライムに命じる。奪い取れと。中のヤツを引きずり出せと。
命令を受けて、スライム達が動き出す。街から溢れる青い光が、中心に向けて動く。
スライムが群れとなり、街路を駆ける、というより転がる。向かう先は、街の中心にある城。無粋な砲台が鎮座する場所。
何百、何千というスライムが寄り集まり、打ち寄せる大波のように砲台に襲いかかる。




