9-18 カーマン・ラインを越えて行け
地面からの距離が問題と言ってたけど、地面で無くても良いのでは無いだろうか?
何か、固定される足場の様な物があれば……
そこで思い出したのが、空中砲台での出来事。ハコネの出した扉が、天井に張り付いたという話。僕らの空間への扉は、どういうメカニズムか分からないけど、出現した位置に固定されようとする。空中砲台の重量を支える程では無かったため、降下する空中砲台の天井に張り付くだけだったけど。
「行ける所まで上り、扉を呼び出して、それを足場にさらに上空へ行くって、出来るでしょうか?」
「空中に扉ね。やってみましょう」
僕の扉は函南にあり、位置を変えると魔王軍の移動に都合が悪いから、サガミハラさんに試してもらう。
実験の検証のために、サガミハラさんと一緒に僕も空へ。サガミハラさんの限界に近い所で、彼女が空中に扉を呼び出すと、扉はそのまま空に留まった。
「うわっ」
サガミハラさんが扉を開けると、扉はすごい勢いで開き、サガミハラさんを飛ばしそうになってしまう。中から吹き出した風が治まるのを待ち、扉をくぐる。
「気圧の事を忘れていたわ」
「その事はご存じだったんですね」
サガミハラさんの空間には、色々実験したらしい機材が転がっている。その中にある、ガラスに水銀らしきもの満たした気圧計。上空に行くと何が起きるか、テストしていたみたいだ。
「水銀ですか?」
「そう。何をする物なのかも、知っているようね」
今の空高い場所で扉を開けたため、部屋の気圧は外と同じなのだろう。水銀の柱は、ほぼ水面近く。確か76センチで1気圧のはずだけど、筒内部の水面は筒の外の水面と数ミリしか差が無い。真空に近付いている事が分かる。
「じゃあ、続きを行ってみよう」
再び扉の外。出した扉を足場に、一緒に飛び上がる。これは行ける感じだ。またかなり上ってから、サガミハラさんが扉を出して、部屋の中へ。水銀はもう筒の内外で高さの差が分からない。これ以上はこの方法では測れそうに無いな。
「これは行けるわね!」
その後、3回繰り返して、今居る場所は上空120kmくらいのはずだ。カーマン・ラインと呼ばれる『空と宇宙の境目』が上空100kmとされているから、もうここは宇宙だ。
今回はお試しで宇宙を目指したけど、あまり先の事を考えずにただ上を目指した。でも、この方法を応用すれば、本当に月へも行けるだろうか。
「次の作戦を考えてきます。一旦、地上に戻りましょう」
さて、この高さからの落下で、僕らはどうなる?
実は、高さ10kmからでも100kmからでも、最後は空気抵抗と重力のバランスで一定速度になるらしい。スカイダイビングの様に身体を開いて飛び出すと、最終的に時速200kmくらいになるのだとか。最後は飛行魔法で軟着陸したい。
折角だから、真下に降りるのでは無く、目的地へ進みながら降りよう。
函南へ移動し、砦の中にある僕が出した扉へ。そこから僕の部屋に入ると、通過する人達によって床が汚れない様に敷いてあったマットが外れて、フローリングに結構な汚れがある。さすがにベッドや椅子は汚れていないので、サガミハラさんにはベッドに座ってもらい、僕は椅子に座ってパソコンへ向かう。
「先程の様に、少しずつ上がって行くと、引かれる方向が変わります」
それを説明するために、ネットにある情報を引き出す。
さて、今回は上空120kmあたりまで行ったけど、そのまま上がり続け、300倍も高い所まで行くと、状況が変わるはずだ。
上空に出した扉は、地上に対しての相対位置が固定されている。この世界の地球が僕らのと同じだとして、上空36,000kmでは地球の重力と地球を回る遠心力が釣り合う。それにより、そこにある物は、もう地球に落ちてこない。そこが静止軌道と呼ばれる場所で、衛星放送や気象観測に使う衛星がある場所だ。
さらに言えば、それよりも高くなると、今後は遠心力が打ち勝ち、地球から遠くへ飛ばされる事になる。つまりそこまで行けば、あとは月に辿り着けるのだ。
そんな概念を説明して、次はいつそこから飛び立てば良いのか。月に行きたいのであって、宇宙の果てに飛んで行きたいのでは無い。適するコースになる時に、静止軌道を出発したい。
「計算でいつが良いか、求める事が出来るはずです」
そしてもう1つ重要なのは、月に行くのはサガミハラさん、ではない。僕かハコネのどちらかが行き、扉を通って月と地球を繋ぐのだ。
扉を通っての瞬間移動が、どれだけ遠くまで可能なのかは、まだ分かっていない。最遠記録が、今の江戸と函南の間で、約500km。月との距離は、その760倍もある。
僕とハコネの扉を軍用に使っている間は、試せそうにない。そうなると、戦争が早く終わってくれないと話が進まない。
「結局、戦争を終わらせないとダメなのか」
そこへ戻ってしまうのは仕方が無い。安全圏を確保して、他の事に専念できるようにする。その為の環箱根エリアの確保だったはず。
「月進出のために、早く終わらせましょう!」
「制圧を完了し、捕虜を収容しました」
三島に来ると、すでに攻め落としていた。守備兵が少なく、防衛線が切れている部分から侵攻して、一気に城壁を越えられたそうだ。犠牲は最小限と言う物の、それなりの数にはなってるのだろう。
「危険な任務は、四天王の突貫だ。俺も前線にいれば、何度でも攻められる」
勇者と同じで倒されても復活というのは、自爆攻撃には最適なのだとか。そんなの僕だったら絶対に命令出来ない。でもそれを禁じて良い物だろうか。かわりに他の人の犠牲が減り、救われた人も居るのだと言われると、拒否も出来ない。
「戻って来ておったか。どうじゃった?」
「月を目指せる目処は付いた。あとは僕とハコネで、地上と月に扉を開けば」
「それは、この戦が終わってからになるじゃろうな」
残るのは、小田原。そこまで取れたら、あとは三島と小田原で守りに徹すれば良い。
さて、その小田原攻略を、短期で犠牲を少なく終わらせる作戦は……
「リン、ようこそ、三島へ」
「ここには見たい物が沢山ありそうだから、楽しみだよ。おー、あれが、ゴーラかい!?」
サガミハラさんと宇宙を目指して、10日。
大阪湾で暴れていたリンに、はるばる来てもらった。元々その予定だったけど、予定を早めた。
「思ったより大きいな。このサイズをスライムで動かせるとは。エーテルが良いのかな」
大阪湾岸で暴れていたスライム軍団も引き連れてきたもらったので、こちらの戦力としてはかなりのアップになるけど、後方の牽制が出来なくなるから、時間が経てば敵本隊もやってくるだろう。それまでに、小田原を落とさないと行けない。
「乗って良いかな?」
「まあ、待って。これからの事を、打ち合わせをしてからね」
さっきからゴーラに纏わり付いて、観察し触り乗ろうとして、そこで止めた。そうだった、この子、ゴーラが目的だった。あと長尾兄。
これから攻めようとしている小田原は、広大な城塞都市に改造されている。これは創造主の時代に一旦建築されて、その後オダワラさんが放置して荒れていた城壁を復活させ、新しい兵器を配置した物らしい。
僕らもそれなりの準備をしなくては、城壁を飛び越えて城に攻め入る訳にも行かないし、そこで交戦して住民に犠牲を出すのは本位じゃ無い。
「防衛に徹する城郭への攻撃ね」
「彼らの、東国で最大の拠点だからね。準備も万端みたいだ」
そこで、リンの出番なのだ。




