9-17 Fly me to the moon 成層圏へ
提案とやらを聞くために繋いだリンとの外交。
ちなみに今日のリンは、セーラー服。理由を聞くと、現在航海中で、女学生のセーラーじゃ無くて、海兵のセーラーだと。でも単なる女子中学生にしか見えない。
「戦況は大体知ってる。主力は東へ向かえない様にしてあるから、安心して欲しい」
ジョージB本人が現れない理由は、リンが連邦の西部を脅かしているから、だそうだ。九州全土をスライムの国にしてしまったリンは、これまで防衛に徹して来たそうだけど、僕らが東で動くのに合わせて、西で陽動のために少し暴れてくれているとの事。その少しってのが、15万のスライムによる大阪湾岸上陸作戦とか。その少しより少数で戦いを挑んでる僕らは一体……
兄を探しに東へ向かうリンが、旅路のついでにやったのがそれ。色々と突っ込み所があるけれど、それは置いておく。本題はスライムの侵攻では無く、この世界の存続についてだ。
「世界の存続は、勝利条件を満たせるかに掛かっている」
「勝利条件?」
「この世界に、ゲームと同じルールがあるのなら、だけど」
彼女の考えた、この世界を持続させるための条件。それはこの世界がHistoria Civilizationのルールが適用されている事を前提として、考えられている。
「あのゲームのシステムでは、決められたルール上の勝者は、終了を100ターン延長して、他の勝利条件を目指す事が出来る」
それはジョージBも言ってた様な気がする。ひとまずこの世界の終わりを100ターン、つまり100年延ばせるって。
「彼は制覇勝利を目指すと言ってたんだろうが、それはとても達成が難しい条件だ。世界の過半数の都市を勢力下に置く事が条件だから」
「世界の?」
「そう、世界の」
そして、この世界、リンの元の人が作ったマップはどんな物か?
「この世界には、この大陸以外にも陸地がある。具体的には、私達が知る世界地図と似た様な6つの大陸が」
この日本もどきを含めて、7つの大陸。日本もどきを入れるために、東アジアから中東にかけてがごっそり削られているけど、ヨーロッパやアフリカ、南北アメリカにオーストラリア、そして南極大陸がある。それだけの大陸がこの世界にあり、それら全てにある都市の半数を支配すると言うのは……
他の大陸にも文明があり都市があるとしたら、半数の支配はまず無理だろう。
「でも、よく考えたら気付きそうな事だけど、ジョージBはそれに気付いてないのかな?」
「私達には、価値観という形で、行動原理がインプットされてるみたいだ。君が誰も傷つけずに居たいと思うのも、元の世界の価値観があるからじゃなく、その様に価値観がインプットされているからかも知れない。きっと元の私だって、スライム好きなんてマニアックな子じゃ無くて、もっと普通の子だったんだろう。全部、インプットされた価値観のせい」
僕は元々こういう考え方だと思ってるけど、それさえもそうインプットされたから。それがリンの推測。同じ個性から派生した4人や魔王、ジョージBが全然違う考え方をするけど、それもインプットされた情報のバリエーション。
ちなみにリンのスライム好きは、元の人由来だと、みさきち情報がある。
「私は、もっと現実的な勝利条件を目指したいと思っている。それのために動いて欲しい」
「世界のために、一緒に宇宙を目指しましょう!」
サガミハラさんを訪ねると、猛烈な歓迎ぶりだった。自分の行動が、単なる趣味から世界のためのプロジェクトに格上げになる機会を得て、喜ばないはずも無いか。
リンが言うには、現実的な勝利条件の1つに、宇宙勝利というのがあるそうだ。月面に基地を造り、そこを都市にまで発展させる事。21世紀後半の技術水準が必要なそれを、現実的と言えるのかは疑問だけど、それを達成するには好都合な要素がある。魔法による飛行が出来て、空気が必要なく、真空中でも平気な身体。女神ってのは、生身で宇宙に行けそうな存在だ。
「それで、どんな状況ですか?」
「雲の上、大地が丸く見えるくらいまで、上がる事が出来たわ!」
地球が丸く見えるって、高さ20キロくらいまで行けたんだろうか。でも、限界があるのはなぜだろう?
「地面から離れた距離が大きい程、浮き上がるための魔法が大変になるみたいなの。雲の上まで行くと、ほぼ限界ね」
魔力が少ない普通の人が体験した話によると、地面からの高さが2倍になると、魔力を使い切るまでの持続時間が4分の1になってしまうらしい。つまり、飛ぶための消費魔力は、高さの2乗に比例すると。
物理魔法は、術者と対象物の間で力を発生させる魔法。つまり飛ぶ場合は、術者と地面の間で力を発生させるため、飛ぶ高さが魔力消費に影響する。
高度100mを飛ぶのと比べて、高度10kmを飛ぶのは、1万倍の魔力が必要って事だ。魔力の容量と回復量が多い女神であっても、雲の上が精一杯になるのはその為か。
「少しでも高い所から出発すると、さらに楽になるのでは? 地面が高い所にあれば、そこから同じだけ飛べるのでは?」
「そうね! 龍神の山は、山頂が雲の上にあるって言うから、そこでならさらに高く飛べるわ」
龍神の山、つまり富士山は、この世界では高さ18,880m、成層圏にまで届いている。サガミハラさんが頑張って上がった高さが、スタート地点になる。
「龍神は僕らに味方してくれているから、頼んでみましょう」
簡単に了解が得られて、僕とサガミハラさんは富士山山頂にいる。雲1つ無い空。というのは、成層圏の上では雲が空を覆うようなことは無い。そんな良い天気なのに、西から強風が吹き続け、僕らの髪は酷い有様だ。
この世界の富士山は雲の上にあり、常に暴風に晒される事で、雪が積もらない。黒い地面が続く不毛の土地だ。飛龍達はここまで来る事は出来ず、龍神もここまで来る事は滅多に無いらしい。
「じゃあ、やってみるわ!」
そう言うと、サガミハラさんは真上へ飛んで行く。どんどん小さくなり、ついには小さな点にしか見えなくなる。快晴の空は遠くまで良く見通せる。
強風の中でありながら真上へ飛べるのは、戦略ビューの2次元平面上で同じ点になる様に飛んでいるからだろう。山頂の真上から外れると、地面は低くなってしまうため、辛くなるはずだ。
しばらくして、戦略ビューのサガミハラさんが東の方へ流されているのに気付いた。これは、落ちている? 御殿場近くまで流された後に、こちらへ向けて移動して来た。
「魔力切れまで、前の倍は行けたわ!」
「それは良かったですね。では、さらに飛ぶために、気付いた事を」
地面からの距離が問題と言ってたけど、地面で無くても良いのでは無いだろうか?
何か、固定される足場の様な物があれば……
試しに僕も飛び、サガミハラさんの足場になってみる。なるほど、足場になると力不足になり高度は下がるけど、サガミハラさんはそれまでよりも高くまで行けた。組体操のピラミッドの様に、支える人数を増やしていけば高く出来そうだ。
では、月まで届くには、必要な女神は何人? 月までは38万kmで1段20kmでは2万人近く……いや、静止軌道に足場を置けば良いのなら、静止軌道まで35,786kmだから、2千人くらい。そのくらい居るかも知れないけど、それだけの女神が味方に付く状況って、制覇勝利してるのでは?
別の足場があれば…… ある!
「思い付きました!」




