9-10 魔王の盟友 大魔王を戴く者
「大魔王とか、そんな称号、要らないんで」
変な騒ぎを解散して、再び魔王と話をした豪華な部屋へ。
「なら横棒1本足して、天魔王が良いか?」
「どこの織田信長だ」
「点を足して、太魔王よりは良いだろう?」
豪華な晩餐会じゃなくて昼食会。長いテーブルに、魔王を挟んで左右に3人ずつの四天王。それに向かい合うのは、僕とハコネ、そしてオダワラさん。
オダワラさんは長年何かを食べる習慣が無かったけど、最近は僕らの影響で、普通に食べる様になって来た。
料理はキノコ料理が多い様な気がするけど、これは長年地下に潜伏して育まれた料理文化の賜物らしい。
「四天王さん達も、突然大魔王なんてのが現れたら、納得出来ないんじゃ無いの?」
「上様がお認めになる大魔王様が居たとて、上様への忠義に変わりありません」
「何てことは無いさ。日本が国連の一員でも、日本である事に変わりないだろう? そんなもんで、俺たちの国とサクラ達の国が同盟して、そこの盟主が大魔王って称号を持つ。そんな事で良いじゃ無いか。国連の事務総長よりは、重い仕事だけどな」
この騒動に対する完全に後付けの説明になるけど、両者は同盟を結び、その盟主をどっちが務めるのかは、力関係で決める。そんなイベントを行って大魔王が決まったって説明するそうだ。でも、僕は大魔王を自称しないぞ。
「お主に任せる事にしておるが、我らが魔王の一味になるとはのう」
「魔王と言うのが、創造主の後継者に付けられた呼び名の1つと分かったのです。過去の事は色々ありますが、それもお互い様でした。これからの為に、必要なら仕方が無いでしょう」
ハコネも反対というのでは無く、これまでの常識がまだ違和感を訴えているだけなんだと思う。武田家での長い軟禁生活により、武田軍への警戒の方が魔王への警戒を上回るオダワラさんは、魔王と組む事への割り切りは早い。
扉を通って、箱根に戻る。さて、他の人達の反応はどうだろう?
「そうなるんじゃ無いかと、薄々は思ってました。こうなったら、行くとこまで行きましょう」
「使える物は、魔王でも使う。良いのでは無いか」
「敵の敵は味方ですか。でも、ご老人達からは批判されるでしょうね」
アリサとマリはあっさり了承。スロは良いとも悪いとも言わないけど、この3エルフの中では1番の常識人みたいだから、他のエルフ達の反応を考えてくれている。
エルフは長生きなので、魔王軍によりエルフが滅亡の瀬戸際にあった時代を知る老人も居り、その人達は魔王への嫌悪感は強い。しかし、文明を立て直した後に育った若い世代のエルフは、それとは違う。魔王軍とは武田軍の敵であって、秦野への脅威を和らげてくれる存在との認識だ。寿命が数百年単位のエルフでは、世代間で歴史認識の差は大きい。だから秦野の勢力全体を味方に付ける事は困難でも、その一部と協力関係を結ぶ事は出来そうだ。
スロにはその辺の懐柔をして貰うと良いかもしれない。敵対さえしなければ、それで良いのだけれど。
「私達の街を取り戻すのに役立つなら、良いのではないでしょうか」
「昨日の敵は今日の友とも言います。その位の事をしないと、勝ち目も薄いでしょう」
「我々は個々の力のみで、兵力が無いからな。拠点の制圧となると、兵力が必要だ」
アタミさんもミシマさんも、オダワラさんと同じで、武田軍を何とかしたい気持ちが大きい。ゴテンバさんは、魔王軍を使って再征服するプランを考えるそうだ。魔王軍は僕らの指揮下に入る訳じゃ無いんだけど、お願いはしてみよう。
ちなみに、シモダさんも同意見だそうだ。出来れば下田も取り返して、という控えめな希望はある。それはみさきちが真っ先にやりそうに思うけどね。
定期連絡として、みさきちとリンに外交で連絡を入れる。リンのスライムネットワークは、ついに八王子にも到達したそうで、両者は正式に外交関係を結べた様だ。もう僕が知らないやりとりも始めてるみたいだ。元々友達だしね。
2人の話を聞いた所で、魔王との話を伝える。大魔王って話も……仕方が無いから話す。
「そう言う事なら、私も江戸に行きます。お兄ちゃんの足跡を探します」
「大魔王に魔王が2人。私も魔王を名乗った方が良い?」
「いや、魔王とかこれ以上要らないし」
リンはゴーラに会う為に出発する準備中だったけど、そこに長尾を探す旅という目的も加わるみたいだ。
みさきちの方は、まだ魔王軍と交戦状態が続いてる為、それを何とかして欲しいとお願いされた。足利と魔王軍の戦いを収めて、武田軍と戦う為に4者が手を組むためには、盟主って事になった僕が調整する必要がある。
―――
「とっくに、その積もりだったぞ。美咲の国なんだろう? 領土の線引きをしっかりして、今後は軍としては戦わない」
「それは良かった。武田軍との停戦が切れる前に、対抗する為の体制は整えたくてね」
執務室で大魔王サクラからの外交申し込みを受けて、初の外交交渉を行う。勝手が分からず、色々教わりながらだ。
昨日までは意図的に無視していた各国との外交。これからは大魔王を戴く盟友との間では、頻繁に行われるだろう。
「俺の指揮下にある獣人の正規軍は、戦いを収められるだろう。だが、勝手に暴れる魔獣共は、変わらず襲ってくる事になる。そこは見分けてくれ」
「魔獣?」
「2本の脚で歩く獣人と、歩けない魔獣達は異なる。軍に飼われた魔獣は言う事を聞くが、多くは無関係に暴れてる奴だ。そいつらは、これからも狩ってくれて良い」
大魔王との会談は終わり、執務室に戻る。そこには四天王達が、交渉結果を聞く為に控えている。
四天王とは昔の俺が指名して以来、代々世襲されてきた特別な存在だ。単なる役職では無く、特別な力を持つ者。それは、戦いで命を落としても、拠点に復活出来る力だ。女神が選んだ勇者と同じ仕組みなのだろう。
「我々は、戦場で戦い、散ってこそ、その力が示されます。いかなる戦いも、恐れる物ではありません」
「死なねば、ただの人」
「いや、それだけでは無い。命を惜しまず挑み、無理を押し通し、不可能を可能にする力を得た者達だ」
死んでも復活する以外に、特別な力は無い。しかし、戦いの世界において、それは大きな力になる。
この世界では、難敵を倒してその力を取り込む事で、己を強くする事が出来る。ゲームの経験値とレベルアップってやつに相当している様だ。しかし、そんな死地へ挑む様な無謀を、死ねば終わりの一般人が出来るはずが無い。だから四天王は、他のかけ離れた力を持つ。倒されたら復活に時間が掛かる俺よりも、四天王達の戦闘経験は遙かに多い。
「だが、さすがに今日のは無理だったな。あれは勝てん」
「あのゴーラなる者が最も強いのであれば、大魔王の座はサクラ様より……」
「おっと、それは言わない事だ。将に将たる者の力は、統率にて示される。そうだろう?」
今日の事は、こいつらにとっても滅多に無い、衝撃の出来事の連続だっただろう。完全に受け入れるまで、暫く掛かるに違いない。
しかし、この先へ進む為には、全ては必要な事だ。この世界の終わりを回避する為に。
「さて、これからの戦いのために、古い戦いは終える」
サクラの旗下は同盟歓迎で纏まったそうだ。
長尾妹については、スライムとは多少戦った事はあるが、遺恨は無い。問題は……
「足利との戦、これは矛を収めねばならないが、互いに譲れぬ事もあり、容易ではないだろう」
足利とは、かなりの期間戦い、それぞれ犠牲を払って来た。奴らが八王子を称する事実上の高尾に成り果てたのは、俺たちがそこまで追い込んだからだ。美咲はその時代を経験してないが、部下達は反対するだろう。とは言え、奴らから奪った物全てを返す事は出来ない。
戦いを終わらせられても、当分は警戒感があるだろう。肉親を殺された者も居るに違いない。そこはお互い様なのだが、相手の都合なんてのは、余裕のある者にしか見えない物だ。
「その交渉、俺が行く」
「上様! 我らを護衛にお付け下さい」
「心配はするな。大魔王サクラが仲介だ。お前達には、それぞれやって貰いたい事がある」




