2-7 女神のご近所訪問 信じる者と書く
8/20 ちょこっと修正。寄進関係は、チートでなく魔法で処理することに変更しました。
もうすぐ7月。宿の開業から3か月になろうとしている。招待客以降もお客さんは入っている。パウルさんは大忙し。
「ただいま」
ここはあなたの家じゃないです。
スヴィクーマさんはもはや住んでるに近い。ここで狩りをしては小田原に売りに行く。1頭狩れば3泊出来るって。
「新鮮な鹿肉が入るから、ありがたいよ」
パウルさんも鹿肉を直接買い取る事もある。狩り過ぎて居なくならないか心配したけど、デコイで狼を遠ざけたら鹿の楽園になった様だ。狼を絶滅させたら鹿増え過ぎて困ってる日本みたいな状態。
「怪我と病気が治ったって人はどのくらい?」
「日に2,3人です。治療を望まれる方は何度か入り直して、皆さん回復されています」
朝風呂で一人、午前中に一人、夕方までに一人、夜一人、夜中に一人。5人行けそうだけど、パウルさんの言う人数はお客さんが治ったと言っている数字。
お供で来た人が、実は自覚症状が無いけど病気だったのは含まれない。そういう人も、ちゃんと治ってるのだろう。
「どうじゃ? お布施は入っとるか?」
治った人は女神様へのお布施を出すと言うのが、不文律になった。金額は気持ち次第。銀貨1枚出す人から、百倍の金貨1枚出す人まで。
話は戻り、宿が出来て1か月くらい経った日の、小田原の冒険者ギルドでの事。
レアクーマさんが宿の宣伝を勝手にやっていてくれてる(本人は宣伝と思ってない)おかげで、冒険者が宿屋に来ることが多くなったのだけど、それが問題を引き起こしていた。
「昨日、神官が相談に来たぞ」
神官ってのは、オダワラさんの神殿に居る神官さん。
「怪我や病気で来る冒険者が減ってるだとさ。まだ少し減っただけだが」
「女神オダワラの時代が終わり、女神ハコネの時代が来るのじゃ」
客を奪ったか。あるとは思ってたけど。
「神官も生きるには食わなきゃいかんからな」
「質素に暮らせばいいのじゃ」
「この町の神官は質素な生活してるぞ。都のと違ってな」
ハコネはちょっと拗らせたシスコンなので、妹憎けりゃ神官まで憎いって感じだけど、僕が知る神官さんは信頼出来る良い人たちだから、あまり困らせたくない。
「うちの子達が食べて行けなくなるのは、ちょっと困るのですけれど」
僕らの事を知っていてもちゃんと出迎えてくれる神官さん達に迎えられ、オダワラさんの神殿で祈ると、待ってましたとばかりに出て来るオダワラさん。
「我のもとに鞍替えを許す」
「姉さん……」
残念な物を見る目をハコネに向ける、オダワラさんと僕。
「お主まで!?」
「寄進を受けるのはどうかしら?」
「ふむ、悪くない」
寄進、お布施も含まれるけど、お金に限らずという意味合い。
「まず寄進第一号は姉さんね」
「我もか?」
「建てた宿を女神の役に立てる。それは寄進でしょう。信者の手本として良いのでは?」
「宿の聖別は?」
「魔物よけになるでしょう? 聖別はしたら良いのではないでしょうか」
人々は女神の力を利用するため、土地や建物を寄進する。これは言うなれば、人と神の間の所有権の移動。
それを女神が聖別すれば、例えば墓地なら遺体のアンデッド化が防がれる。要するに、聖属性の付与。
ちなみに、女神の所有物でも、ダンジョンは単なる所有物。魔物が湧かなくなると困るから。ただし、入口は魔物が外に出ると困るから、そこだけ聖別されている。
「寄進されたお金はどうなるんですか?」
「サクラさんが使っていいのよ。今はあなたが女神なのだし」
「何に使っても?」
「普通の女神は受肉しないから使い道は遺産の維持。あなたの場合は、あなたが決める事ね」
アタミさんはトンネルを維持してたっけ。あれが寄進されたお金で行われたのか。
「遺産と言えばじゃ。アタミへのトンネルをさっさと直さんかい。時間が掛かって仕方が無かったわ」
「うちの寄進は、最小限受け取ってあとは断ってるのよ。町の人が豊かになって人が増えてくれたら、長い目では一番得だもの。だから節約してるの」
別にアタミさんがたっぷりお布施を貰ってる訳じゃ無いだろうけど、熱海は水源を遺産に頼ってるから仕方がないね。
オダワラさんは、戦略SLGで最後に勝つタイプの女神様だ。序盤にラッシュ掛けられちゃうと負けちゃうけど。
「神官たちには私から伝えておくから。喧嘩はしないでね」
「この宿を女神ハコネに寄進することにしました」
「えっと、それはどうなるんですか?」
支配人のパウルさんに経緯を説明する。
寄進して聖別されても運営方法は特に変える必要がない。お布施を受け取るのを始める以外は。
「お布施はいかほどのおつもりですか?」
「小田原の神官さんが受け取る程度に合わせる。でも、いくらなんだろう?」
「では、利用者の方のお気持ち次第って事でどうでしょう?」
【この建物を女神ハコネに寄進する。巫女サクラ 勇者ハコネ】
入り口の前に碑を建てた。儀式的な目的でなく、宣伝的な目的で。
「サクラ、建物を囲むように、線を引くのじゃ。1本の線で途切れることなく繋ぐのじゃぞ。それにパウル殿、中に誰もおらぬな?」
「おりません」
パウルさん一家にも建物から出てもらっている。中に居ては不都合があるらしい。僕は木の枝で線を引いて回る。この中がこれから使う魔法の対象になるのだそうで、線が途切れてると失敗するらしい。
「ではやるぞ。サクリファイ!」
寄進箱を置いて1か月。受付にある寄進箱は、中に大銀貨と銀貨が何枚入った透明な貯金箱。
「案外渋いのう」
「もっと出せとも言えないでしょ」
かなりの部分は、おとりとして最初に入れた分。1か月で増えたのは、金貨2枚分と少し。
「これを使う方法だけど、建物と同じ?」
「そうじゃ。そうすれば、女神としての資金になる」
「じゃあ、サクリファイ」
セイクリファイの魔法は、女神に寄進する人が行っても良いし、受け取った女神が行っても良い。人が行えばその人が信じる神に、神が行えば自分に寄進されるらしい。やってみたら、目の前からお金が消えた。
「消えたけど、どこいったの?」
「戦略ビューに表示があるじゃろ」
どれどれ。黄色の丸の隣に、「0.0215」とある。
「金貨100枚で1?」
「そうじゃ。さあ稼いで、我らもトンネルを再建しようぞ」
「それっていくら?」
「10年分で、1里につき1じゃ」
今のペースなら、金貨100枚集めるのに47か月かかる。2里の維持がやっとか。
「白い丸の隣のは?」
「それが信仰力じゃ。いまいくつじゃ?」
「962」
「この宿が出来て、やっと1か。僅かじゃな…… なあ、地道に進むしかあるまい」
お金と違って相場が分からないから何とも言えない。
「ちなみにお主の召喚に必要だったのは7000じゃ」
「ハコネが死にかけた時のは?」
「500じゃな。もう1回できるぞ」
「させないでよ」
客室は8部屋あるけど、パウルさん達の負担を考えて3部屋だけで運営してる。スヴィクーマさんはお構いなくと言うので、ノーカウント。素泊まり料金から少し割り引いてる。
「狩りの時に良い場所を見つけたのだけど、身に行かない?」
「何を見つけたんじゃ?」
「行ってからのお楽しみよ」
宿から半里、すぐ近所の山際にそれはあった。
「絶景じゃな」
「こんな近所に名所があったなんて」
結構な高さの滝。宿を建ててる頃は、この辺りでも木を切っていたけど見つけてない。
滝の高さも日本の5倍。こういう観光資源があちこちにあるかもしれない。
「雨が降った後のみ滝になる様じゃな。高さはドラゴンの背丈位というところか」
「ドラゴン!?」
「お主は見た事ないかのう。夏の終わりにはここらにもやって来るぞ」
それは楽しみだ。危険が無いなら。
「これを見に来るお客さんを呼べないかな?」
「他にも見所があれば、来てくれるかもね」
日本に帰るためには、この地を栄えさせないといけない。箱根だし、観光が向いてるのだろうか。
そろそろ7月も終わろうかという暑い日。小田原より少し涼しいので、避暑に良いって謳い文句も追加して、それ目当てにお客さんが来てくれている。
宿の経営は順調。部屋数の足りなさに困り始めたので、人を雇って全部屋使おうかなんて話もしてる。スヴィクーマさんを雇うのもありじゃない?
その忙しさを横目に、だらける人。
「暇そうだね」
「忙しいぞ? この本棚で、我はあと1年戦える」
箱根を栄えさせるために異世界召喚までしておいて、何を言ってるのかね。この元女神さんは。
町おこしのために都会から呼び寄せられたのに、雑用だけやらされ放置される若者の気持ち。その話は町長さんが頑張ってる分、まだまし。こちらは最低賃金さえ払われていない。
「栄えさせるんでしょ? もういいの?」
「良くない。打倒オダワラじゃ」
「それなら、何か考えないと」
ふと目に留まったのは、本棚にあった観光ガイド。でもこの辺じゃなくて、静岡県の。
「どこか他の町も見て、参考にしようか?」
「他の町のう。この姿になってから会ってない、ミシマとゴテンバにあいさつ回りにでも行ってみるか?」
三島へは箱根峠越え。標高が4230m(846×5)もあるから、夏じゃないと通れない。御殿場からの戻り最短ルートは、さらに高い5525m(1105×5)の乙女峠。通れるのか心配だ。きっと真夏でも氷点下だし。
パウルさんにもしもの場合の対処を伝えた。どこか壊れた時はシモナッパラさん、魔物の襲撃なら小田原のギルド。頼りになる人たちが何人もいる。
「1か月はかからぬ予定じゃが、多少寄り道しても秋までには戻る」
「本当に困ったら、ギルドの情報網で掲示を出して下さい。どこかの町で見ます。三島と御殿場はギルドの支部があるそうですから」
「お気をつけて」
僕らの場合は、ニートホイホイがあるから野営の準備が要らない。思い立ったらすぐ出発。
旅路は人の目が無い場所の方が隠さず自由にできて楽になる。誰かと一緒になった時のため、ダミーの野営道具は持ってるけど、三島まで出番は多分無いだろう。
「この右手の山にも滝がありそうなんだけど、行ってみる?」
「そうじゃな。急ぐ旅でもない。見て来るか」
通るルート付近の目ぼしい情報はメモしてある。今歩くのは湯本から元箱根に向かう旧東海道。昔の人が歩いた経路だから、通りやすいルートだろうと思って。
「これはまた…… 大きいね」
「向こうがドラゴンなら、こちらは飛龍か」
お、良いセンス。日本では飛龍の滝だ。
「ドラゴンとか飛龍とか、大きい物の例えが龍ばっかり?」
「お主にも分かる様な物に例えておるのじゃ。他にも色々あるぞ。例えば」
「例えば?」
「……龍神」
さて、行こうか。
飛龍の滝から旧東海道へ戻り、そこで今日はおしまい。
「近くにあると知りながら、一度も来てなかったんだよね」
芦ノ湖。でも5倍サイズ。これは船を浮かべたい。
これぞ観光地という湖畔の景色だけど、僕らの他には誰も居ない。宿から10里で、歩きでは大変だけど馬車でなら日帰りできるかもしれない。あるいは、ここにも宿を建てる?
円盤状の石を拾って、湖面に投げる。何度も跳ねて、飛んで行く。
「なんじゃそれは。面白いな」
ハコネも挑戦するが、すぐ沈む。これは力じゃなく角度が重要。僕の方が断然うまい。
そんな石投げをする少女のふりをして、また石を拾う。戦略ビューを確認。
誰かいる。青い2点。右手の宿方向からではなく、これから行く左手。
湖に投げる姿勢から、一塁へ牽制するかの様に二人の中央間に投げる。
僕の投げた石が二人の間近で音を立てた。一塁手のグローブには穴が開くだろう。
「そこに居るのは誰? 隠れてないで出て来ませんか?」
僕に気付かれたことを知ると同時に、投石の有効射程距離に入っていたことを知る。
「ここでやり合う気はない」
手を挙げて近付く二人。
この世界で遭遇した5人目と6人目の、黒髪。
相手の真意は分からないが、相手が誰なのかは戦術ビューが教えてくれる。
人族が魔族と呼ぶ者達。




