9-3 それぞれが願う事 スライムになった少女
嵐の様な会談を終えて、執務室で一息。
あれから、どれだけロボットが好きか、スライムが好きか、スライムと融合したロボットは最高! などなど、マシンガンの様に趣味嗜好を語るリンに聞く一方になり、結局何の為の会談だったのか良く分からなくなって、疲れたから終了という幕引きになった。
彼女が操るスライムがパソコンの事を理解してた事から、彼女もどこかの世界からの転生者じゃ無いかと思われるけど、そんな話題を振る間さえなかった。
「乗りに来るって言ってたな…… ロボットに乗る為5000キロの大遠征か」
西の魔王軍と連邦は瀬戸内の各地で戦いを繰り広げてるそうで、その魔王が堂々と連邦の列車を乗り継いでくる訳にも行かず、太平洋を迂回して来るそうだ。外航船を作るのに数日掛かるから、出発前にまた連絡してくるらしい。いや、数日で出来る物なの?
実際に来たら、ゴーラは彼女を乗せるのだろうか。わざわざ箱根まで来て、ゴーラに拒否されたら、さすがに可哀想だから、事前に確認しておこう。
「こら、降りるんじゃ!」
「何事?」
屋敷を出ると、ゴーラに子供が群がり、よじ登ろうとしてる子まで居る。掴まる場所も無いのに、器用な。
「子供は怖い物知らずじゃな。じゃが、怪我をさせる訳にも行かぬので、降りさせたいのじゃが」
「飽きるまでは無理じゃ無いかな…… 落ちても怪我しない様に、周りに藁でも敷き詰めたらどうだろう」
僕らの会話を聞いて、遠巻きに見ていた保護者達も何処かから藁を持って来て、ゴーラの周りに置き始めた。僕が余計な事を言ったから、ゴーラで遊ぶのが公認になってしまったか。これでは何かの際に身動き出来ないから、遊び道具としてのゴーラもどきでも準備した方が良いかな。折角なら、子供が遊べる様な公園を整備するとか。
「ゴーラの代わりを作るから、それまでは程々に遊んであげといてよ」
「そう言う事じゃ、ゴーラ。頼んだぞ」
「はい、マスター」
あれだけ人が居たら、魔王が来ますだなんて話をする訳にも行かないので、その件は夜にでも話そう。
特にする事も無くなったので、街の様子を見ておこうと思い、温泉街の方へ進む。温泉街への道は石畳で舗装され、これまで箱根を支配していた人達が立派な仕事をしていた事が分かる。僕らに支配権が移ったら行政サービスが悪化したとか言われない様にしないといけない。
行政を担う人の内、半分くらいは残り、もう半分は去った。鉄道や通信を担う人は連邦から派遣されていたそうで、全員が去ってしまった。水道や道路を維持しているのは、この街の住民でもある公務員の人達だそうで、大部分は残ってくれている。
「ここが変わってないのは嬉しいね」
僕らが最初に建てた宿屋。さすがに連邦が恐れる破壊の女神が名付けたのでは良くなかったんだろう。別の名前に変えられていたけど、ハコネサクラ館に戻した。このくらいは支配者の特権として、認めて貰おう。
「サクラ様、何かご用ですか?」
「いや、ちょっと通りがかっただけだから、気にしないで」
宿屋は創業時に任せたパウルから、2回の代替わりを経て、その孫が取り仕切っている。この世界では引退時となる60代の半ばだそうで、次の代に引き継ぐべく、息子にほとんどの仕事を任せて、門前を通りがかる人を観察する毎日だそうだ。
まだ支配者交代の混乱が街を覆っていて、荷物をまとめて街を出て行く人が次々と過ぎていく。僕はそれらの人を引き留めない事にした。敢えて残る選択をしてくれた人のために、仕事をしようと思う。
宿が並ぶ通りにある商店も、いくつかは閉じている。そこにも新たな店を開く人が来てくれると良いけれど、それはこの街の評判を高める事が必要だろう。数十年流布された僕らの悪評は、一夜にして改まる事は無い。
街を出て、最初に開拓した果樹園があった辺りを歩く。この辺りには、荷物をまとめて出て行こうとしている人は居ないみたいだ。農業をする人は手塩に掛けた農地を簡単に手放す事は無い。開拓初期を知っている人もまだ居るみたいで、僕らが色々手伝った事が伝えられて来たそうだ。おかげで、農村部での僕らの評判は悪くない。
再び街に戻ってくると、アリサと鉢合わせした。アリサには電話を再び使える様に出来ないか、調べて貰っている。
「交換機に当たる物が、取り外されてしまっていました。それを何とかして再現しないと行けません」
「何とかなりそう?」
「アナログな機器は苦手なんですが、サクラさんのライブラリーを見せて貰えば、あるいは」
アリサの言うライブラリーというのは、僕の部屋にあるパソコンの事。僕らの世界では廃れたアナログ時代の技術の事も、ネットで調べると何とか見付かる物だ。
ちなみに、無線通信については早々に諦めた。これはアリサ達だけでなく、連邦も断念したらしい。ノイズが多すぎて、数十メートルの距離でしか使えない。特に魔法が使われると、数メートルしか通じなくなる。どうも魔法が電波に干渉してしまうらしい。
でも、僕とみさきちの間で、タブレットを使った通信が出来てる。あれは無線LANの電波を使ってるはずだけど、あの空間だけ特殊なのか、実はものすごく近いのか。
「凛まで居るの!? 何なのよ、それ……」
「美咲ちゃんとこんな所で出会うとは、すごい偶然だねぇ」
夜のみさきちとの定期連絡で、西の魔王ことリンの話題を出した所、ロボットとスライムが好きという特徴から、みさきちの知り合い疑惑が出た。
それでリンに外交を繋いで、そこでタブレットのテレビ電話をみさきちに繋いだ所、リンとみさきちが話す事が出来た。この外交用の空間も、みさきちの部屋まで電波が届く場所にあるらしい。
「この子は、長尾凛。大学の同級生よ」
「えっ、大学生だったの!? てっきり、中学生くらいかと」
「失礼な!」
見た目が中学生くらいだけど、この世界に来て縮んだ訳でも無く、元々この姿で大学生らしい。
「凛は飛び級してるから、ってのはあるけどね」
「なるほど。だから見た目は中学生……」
「その納得は、多分おかしい! 中学生で大学に飛び級じゃ無いよ。高3飛ばしただけだよ! 美咲ちゃんとも1つしか変わらないよ!」
そうか、成長が頭に行ってしまったんだな…… なんて失礼な事を考えてると、そのうち直接会った時にお仕置きされてしまうかも知れないから、程々にしておこう。
「美咲ちゃんと仲良さそうだけど、サクラちゃんも元からの友達?」
「サクラは私の従兄弟。えっと、正体は明かしてるの?」
「敢えて明かしては無いけど、みさきちの友達なら、明かしても良いよ」
ここで僕のちゃんとした自己紹介。武田丈二と名乗ると、当然の様に連邦にいるやつとの関係を聞かれたけど、この際全部を説明しようと、女神の姿になっているいきさつ、そして東の魔王も僕と似た奴である事、天上での話。
僕がそれらの事を話していくと、段々凛のリアクションが小さくなって行き、黙り込んでしまった。
「どうかした?」
「そうか、あなたも私と同じか」
凛も同じ?
「私も、私そっくりの人達にこの世界で出会った。今までに2人。1人は私の秘書として働いてる。あと1人は…… スライムになった」
「はぁ?」
「私そっくりの自称長尾凛と出会い、どちらが長尾凛を名乗るかを賭けて戦い、私が勝った。その子はリンツーと名乗る事になったけど、新しい力を求めて、スライムと化した。ネットワークを形成してるスライムや、あなたの所にいるゴーラ。それらの元となってるスライムの起源は、リンツー。私以上のスライム好き。スライムバカ」




