8ー18 奪還作戦 箱根の夜明け
オットーの魔法で照らされたのは、変わり果てた姿の、人型の機体だった。
闇の中、白い雪の上に横たわる白銀色の機体。機体の表面はスライムに覆われて、テカテカと光を反射する。
「何だこれは?」
「ハコネと僕が乗ってた機体……のはず」
戦略ビューを見ると、ハコネの居場所はここ。まだこの機体の中に居るんだろう。
機体ごと空中砲台から落ちたらしく、落下の衝撃で腕と脚はバラバラになり、数メートルの範囲に散らばってる。
「空中砲台は一部溶かされた様だったが、これは元のままか?」
「壊れてる部分はあるけど、溶けては居ないね」
機体は仰向けに倒れていて、ハッチが見える。ハコネが出てこないのは、変形してハッチが開かないせいか。
「ハコネ、聞こえてる?」
中から返答は無い。スライムに包まれて、音の通りが良くないかも知れないので、ハッチ付近からスライムを引き剥がそうとすると、表面から触手が伸びて、それを振り回して僕を遠ざけようとする。
「強制的に排除するしか無いか?」
止める間もなく、ルイが槍を突き立てようとして、柔らかいスライムに跳ね返される。追い打ちを掛ける様にスライムから光の束が突き刺さり、ルイが消える。
「一撃!?」
「下がれ!」
ヨリトモが警戒して盾を構え、その後ろにガイウスとオットーを隠す。スライムはそれ以上攻撃を仕掛けてこないけど、触手が動き始めたので、僕らは少し下がる。
胴体部分から次々と触手が伸びてきて、散らばってる腕や脚の残骸に到達すると、それを取り込み、今度は短くなっていく。
「何が始まった?」
触手達が腕や脚の断片を繋ごうと試行錯誤してる。どれとどれが繋がるのか、僕が見ても分からないけど、組み合わせを試す内にそれらしく繋がり始めた。
「直そうとしてる?」
「そもそも、元の形を把握していると言うのか?」
繋ごうにも金属同士。元は間接に軸が刺さってる構造だったけど、その軸が曲がってしまっている。そのまま元に戻す事は出来ない。
しかしスライムは部品を取り込んだまま、それらしい配置に並べた。
「Yes my goddess」
「誰の声?」
機体から聞こえた声は、女性の声だけど、ハコネの声とも違う。ハコネ以外の誰かが、中にいるのか? でも戦略ビューでは、機体の位置にハコネの他にはスライムしか居ない。機体に喋る機能は無いはずだし、声の出所は分からない。
機体が立ち上がろうとしている! ちゃんと繋がってないけど、スライムが間接の様な役割をして、脚としての機能を果たそうとしている様だ。
「これ、このまま見守ってて良いのか?」
「邪魔すると、ルイの二の舞だしな」
立ち上がるその姿は、元の機体を骨格として、その表面をスライムの筋肉と表皮で包んだ、機械とモンスターのハイブリッド巨人。
巨人が立ち上がったその時、生き残りの空中砲台が、僕らの上に!
「まずい!」
隠れろと言う間もなく、放射される砲撃。
しかし、砲撃は当たらなかった。砲台と僕の間には、立ち上がった巨人。
巨人の表面を覆うスライムが、銀色になっている。砲撃で焼けたのか、それとも別の何か?
「ナイスロボ。そして、ナイスシップ。面白い」
またさっきの声だ。
巨人が腕を空中砲台に向けると、なんと腕が伸びる。いや、スライムの時に一瞬身を屈めると、飛び上がる。その行き先には、今砲撃してきた空中砲台。
轟音と共に体当たりして、空中砲台は傾きながらゆっくり落ちて行く。
「僕らが乗ってた時よりも、強いじゃないか……」
スライムが操る巨人は、続けて残り2機の空中砲台にも突撃。立て続けにそれらを破壊し、墜落した空中砲台の上に立つと、鬨の声(?)をあげる。
「ヴィクトリー!」
それで結局、誰なんだ?
撃墜された空中砲台から、兵士達が救助されている。またマルレーネが怪我人治療に活躍。僕の部屋で復活した4人も、扉を出して呼び出してやった。ライトの魔法でサポートしたり、怪我人を運んだりの手伝いは出来るだろう。
「倒したはずだった。何故だ!」
「僕にも分からないけど、僕らの機体を取り込んだ、あのスライムだ。攻撃してきた相手には、容赦なく反撃する、単純な応答をするみたいだ」
巨人を見ながら、ジョージBと並び立つ。もはや誰もこの巨人と戦おうという者は居ない。
東の空が、薄ら明るくなってくる。
すると、突然巨人の胸部が開き、出てくる人影。
「ハコネ!?」
「これは、何事じゃ?」
中に居るのは分かっていたけど、無事な姿を見せてくれて安心した。
それにしても、これまで起きた事を全く把握してない様子。
「空中砲台から落とされた所までは覚えているのじゃが、気付いたらこんな状態じゃ。あれは、空中砲台? 全部落としたのか!?」
まるで人ごとの様だけど、きっと巨人の中に居ただけで、本当に人ごとだったんだろう。
「マイマスター」
すると、巨人が膝をつき、ハコネの方へ頭を下げる。例の女性の声だ。
「なぜ機体が勝手に動いておるのじゃ?」
「僕に聞かれても…… スライムと一体化したみたいだけど」
スライムっぽかった表面は、今は銀色。銀色の巨人は、ハコネに臣従すると言うかの様に、膝をついて顔を伏せている。
「そうか。我はハコネ。我をマスターと呼ぶ、そなたは何者だ?」
「マスターに名付けて頂きたく」
「ならば、ゴーラだ」
強羅? ネーミングセンスで人の事は言えないけど、それってどうなんだろう。声からして女性でしょ?
「私は、魔王の作り出したスライムでした。高度なエーテルで力を得て個として独立しました。そこで、念願のロボットの身体を見つけ、一体化しようとした所、マスターが乗っておられました。ロボットと一体化したからには、ロボットのマスターであったハコネ様が私のマスターです」
僕らが居た空中砲台が飛べなくなった理由は、スライムにエーテルを吸われた上に、スライムが巨大化して重量オーバーになった事だそうで、その時吸ったエーテルが何か作用したんだろう。
ロボットの持ち主って意味では、アリサとかが本当のマスターな気もするけど。
僕がハコネに近付こうとすると、ゴーラが動いて阻止しようとする。
「ゴーラ、こいつはサクラ、我の仲間じゃ。他にそこの同じ顔の4人が仲間じゃ」
「もう1人、あっちで魔法使って治療してるマルレーネもね」
人物認識とか、魔法とか、そういうのを理解出来てるんだろうか?
「各ビューで確認いたしました。では、それ以外を排除いたしますか?」
おっと、そう言えば、ゴーラは空中砲台と戦ったんだった。だからその乗組員は、敵。
「どうするかな。どうじゃ?」
「そうだねぇ。捕虜ってことにする?」
「お前ら……」
ジョージBが苦虫を噛み潰した様な顔をするけど、勝てば官軍。どんな言い分があろうと、正義がどこにあろうと、勝った方が負けた方を裁くのは、この世界の戦争のルール。あっちの世界も似た様な物だけど。
「捕虜交換の交渉じゃな」
―――
「その後どうなったの?」
「夜が明けましたので、続報は今夜になります」
ロボットの戦闘を動画で観たい。その希望を満たす為、スライムネットワークにかなり負荷を掛けて、通信帯域の大部分を動画転送に使った。
ロボットが空の敵を次々と破る様を、リン様は食い入る様に見ていた。
「さて、あれはもう、私の眷属では無くなってしまったのね」
「また暴走ですか。そんな高度エーテルが積まれているとは、想定外でした」
通常のエーテルであれば、支配下にあるまま、暴走する。ただの酔っ払いだ。
高度なエーテルだと、一時的に支配下を離れるが、暴走が終われば元に戻る。
しかし、その上には、2度と支配下に戻ってこない種類の暴走もある事が分かっている。今回で2回目だ。
「もうこれは、私が見に行くしか無いわね!」




