8-15 奪還作戦 敵は混乱している!
『14時37分、地点名サガミハラ6B、UNFH-004に監視対象2名が搭乗』
『14時53分、地点名サガミハラ4A、UNFH-004、北北東へ飛行』
日が落ちて暗くなり、ネットワークを介したスライムの情報が流れてくる。今夜は未確認人型飛行物体が発見されて、いつもより騒がしい。
『15時28分、地点名ハネダ1C、UNFH-004、南へ飛行』
『16時01分、地点名オダワラ8F、UNFH-004、西へ飛行』
『16時33分、地点名オダワラ8F、空中砲台4機、西へ飛行』
次々と流れてくるメッセージを取りまとめる。空中砲台も動いたとなれば、そのターゲットが何者なのかも、おおよそ推測が出来る。
待ち続けるとキリが無いので、受信用個体に任せて、報告のためにベランダから部屋に入る。
「リン様、監視対象2名が伊勢原から相模原と羽田を経由して、箱根に移動した事、その際に未確認の人型物体に乗っていたとの事です。空中砲台が遅れて動いたとの事。今後戦闘についての情報も入ると予想されます」
リン様から監視対象に指定されたサクラ、ハコネという神族。ハコネはほぼ普通の女神だが、サクラはこの世界に無い道具が備わる部屋を持ち、リン様がとても関心を示しておられる存在。その部屋は、本人が行く所どこにでも呼び出せ、またハコネの部屋と独立に設置しつつ、互いに瞬間移動も可能という。その部屋を訪問したいリン様のために、彼女達を呼ぶ準備が進んでいる。
「箱根の奪還を目指してるんでしょう。要塞と空中砲台に立ち向かうロボット兵器。そんなロマンあふれる戦いを見る機会は滅多に無いのだから、録画して下さい」
「承知しました」
このリン様の指示は、重要な目的のためと言うより、趣味ではないかと思われる。そんな趣味の領域の様な、日常のあれやこれやをリン様が話す相手は、私達くらいしか居ない。世の人々は、リン様を魔王として恐れ敬っているのだ。
この城に居るのは、リン様が作り出した人工生命体と、リン様のしもべたる私達だけ。リン様は機械的な物に憧れつつも、工作が不得意なために満足出来る物が作れなかったため、スライムなどの有機体人工生命を作る技能を伸ばした。その成果が、大陸の半分以上をカバーする、スライムの情報伝達ネットワーク。その人々は、リン様を“強力な魔物を創造する恐るべき魔王”と見ているだろうが、実際は作りたい物を作ってたら比類無き力を手にしてしまった、というのが正しい。
『17時57分、地点名ハコネ2B、UNFH-004、突入』
『18時21分、地点名ハコネ2B、空中砲台2機が、合体』
『18時35分、地点名ハコネ2B、UNFH-004、落下』
「リン様、少し事態が動いているようです。監視対象は空中砲台に突入。しばらく後に、搭乗機が地上に落下したとの事。探索に向かわせましょうか?」
「えっ? ロボットが落ちた? それは手に入れるチャンス! ハコネ個体群を総動員、落下した機体の回収に向かわせて。それから、サガミハラの個体群に……」
―――
「オットー、来てくれ!」
女神サガミハラの天文台で過ごす夕食後。
明日は東で戦うべく、サクラの部屋で地図を調べていると、ルイがおかしな物を見たと呼びに来た。
「なんだこれは?」
「この位置、向き、何が起きたのだ?」
ハコネの部屋に現れる扉が、今日は床に倒れている。いつもは床に立って、某アニメの何とかドアみたいな雰囲気で、押しても引いても倒れない。それが今日は最初から倒れていて、引いても床から離れない。
扉に乗ると、いきなり開いて謎の空間に落下、なんてトラップかも知れないので、扉の縁に膝をついて慎重に調べる。まず扉を押してみると、特に開く様子は無い。立ってた時もドアノブを回さないと開かなかったので、それは変わらないらしい。
そこで今度は覗き穴から向こう側を見る。この覗き穴は住宅のと同じで、外が見えるのが普通。覗き穴の先に見えるのは、銀色の鎧を着た、誰かの背中、そして床。
「何だろうな」
「分からん。いや、あれは、戦っているのでは無いか?」
ルイには、背中を見せる鎧の誰かが、その下の誰かを殴っている様に見えたと。下に居る人の髪が金色で長いのも分かった。
「金髪の長い髪、この扉が近くにある。まさかとは思うが、サクラが誰かに襲われてる?」
「あのサクラをそんな状態に出来る奴が…… まさか、あいつか?」
このまま劣勢の主を見捨てるのはどうかと思うが、あまりにレベルが高い所での戦いで、自分達が助けに行く意味はあるのか? それでも乱入すれば、一瞬の隙を作って、劣勢を巻き返す機会を作れるのでは無いか。
「行こう。死を恐れる必要が無い我ら、何を恐れる事がある!」
「待て。ならば、4人で行こう。油断を誘うチャンスは1度きり。最大戦力で挑もう」
急ぎサクラの部屋を抜けて、ガイウスとヨリトモを呼び、作戦会議。闇雲に背中に刃を突き立てたとしても、あまりのレベル差にダメージ無しなんて事もある。もしあれがハーンであれば、かなり強いはず。
いや、そう言えば前に聞いたな、この扉に仕掛けたアレの事を……
「ウィークネス!」
この4人は誰も攻撃魔法を持ってないため、この扉の魔法増幅効果を攻撃に生かせない。しかし魔法が何も使えないわけでは無い。そこで考えた。魔法なら増幅出来るなら、支援魔法でも良いのでは無かろうかと。
「突撃!」
扉を開けて飛び降りる。どのくらい弱体化効果が出たのか分からないが、よろめかせる効果はあった。
「久しぶりだな、ハーン」
「何者だ……その姿は、魔王!」
何だか勘違いしているが、明らかにこちらに注意が移った隙に、組み敷かれていた金髪少女が逃れる。それと同時に、視界の隅を何かが横切った様な……
「いや、違うな。姿形が同じ者が4人。俺と魔王も合わせれば6人も居るのか。おかしな世界だ」
「そうか、お前は下界に降りた時に、忘れたままだったのだな」
「だが姿が同じでも、力は備わっていない様だ。そんな程度で何をしに来た! 邪魔をするな! 近衛達! こいつらの事は任せる!」
除き穴からの視界に入ってなかったが、敵兵も多数いる。しかし、敵兵の動きがおかしい。そう、理由は分かった。
「何をしている! 偽物はあいつだ!」
偶然にも、装備がとても似ている。そして顔も声も同じと来た。同じ声のヨリトモが、ハーンの言い方をまねて叫ぶと、兵士達は混乱している。
―――
「振り出しに戻った。いや、オットーの魔法が効いてる」
「厄介な奴らめ」
さっきまでは力で負けていたのが、互角になる事が出来た。ジョージBは魔法で取り出した剣で切り付けようとするが、その攻撃を見切って躱すと共に、足下をすくい体勢を崩させる。
「ウォーター!」
足下に水を出して、さらに冷気の魔法で凍らせる。姿勢を崩した状態で足下が凍れば、身動きにかなりの制限が掛かる。そして僕の方は、魔法で浮けるから、その制約を受けにくい。
「ぐわっ」
ジョージBが姿勢を直そうという所に体当たりして、今度は押さえ込む側になる。魔法を反射する鎧を着ている相手には、物理魔法による押さえ込みが出来ない。それならば、物理魔法を僕自身に掛けて、僕の身体ごと押さえ込む。
周りを見ると、兵士達も4人の奇襲で押されて、少し離れた場所引いている。やっと劣勢を挽回出来たか…… そこで艦が大きく揺れ、いや、重力を感じなくなる。これは、落ちてる!




