2-6 女神の温泉 不死鳥の様に
「本当に怪我が治りました!」
「良い風呂だったが、俺は特に変わりは無かった。女湯限定か?」
「我は怪我が治ったぞ」
風呂前で4人を捕まえて感想をもらう。ハコネも丸め込み側に参戦。ただし男湯に入ったとは言っていない。そのまま全員で食堂へ。家具は食堂のテーブルを始めとして、最低限揃えてもらってある。
「外の作業場はそのままにして置いた方が良い。日常の細々とした補修にまた使うだろうからな」
「大きな工事ならまた呼んでくれ。レアクーマ経由で指名依頼を出してもらえば、手が空いていれば引き受ける。すぐ壊れる様に造っちゃいないけどな」
「ところで開業はいつになるの?」
「春になるかな」
「開業の時はすぐ教えてね。ギルドはお休み取ってに来るわ」
「私もオダワラに移住しようかしら。むしろ、ここに移住しようかしら」
「住人が増えるのは大歓迎じゃぞ」
4人の馬車に同乗させてもらい、クーマコンビと僕とハコネは小田原で降りる。
「お世話になりました」
「またねー」
「さて、他の必要な物を受け取りに行こうか」
注文してあった寝具を受け取り、ハコネに持ってもらう。20人分もあるから、当然空間魔法。
布団は僕の部屋のより質は落ちるけど、この町では高級品だ。
その足で、パウルさんのもとを訪ねた。
「一度現場を見せて貰って良いでしょうか?」
「ぜひ来てください」
翌日、パウルさんを連れて宿へ。パウルさんの足でも、朝小田原を出て午後早くには到着できた。道を整備した甲斐がある。
「エルフの様式で建てたんですね。靴はここで脱ぐんですか?」
食堂、炊事場、客室と建物内を案内する。
「温泉宿として十分な設備です。しかし、売りとなるものがあるかと言うと……」
「ありますよ。ここの湯は、女神様が祝福した特別な湯です」
目玉である風呂場へ。到着してすぐお湯を入れ始めていたので、ちょうど適量なはず。
そして、例の女神エピソードを聞かせる。
「本当にそんな事が起きるのなら、お客さんは呼べそうですね。試してみましょう」
パウルさんは足を浸す。
「本当ですね。膝が痛かったのですが、もう治りました。治ったり治らなかったりするという話、全員の方が癒すの力を受けられるのなら、更に良かったのですが」
「それは利用される方の信仰心次第です」
「その説明で結構ですが、本当の仕組みはどうなってるのですか? サクラさんの魔法ですか?」
あれ? 何故?
「理由は簡単です。私はこれが女神様の奇跡とは信じていません。それでも効きました」
「信じておらんとは、どういう事じゃ?」
女神否定意見かと、ハコネがちょっと不機嫌になる。
「女神様は存在します。それは信じていますが、これが女神様の奇跡とは思えないのです。私の知る女神様は、このような小さな事よりは、もっと大きな事を為されます。古代遺産の維持であったり、危機に対するお告げであったり」
アタミさんがやってる事が、パウルさんの女神様像か。
「治療の様な小さな事は、女神様でなく神官様のお仕事です。女神様が神官様のお仕事を取ってしまう様な事をするでしょうか?」
「一理あるな。これを奇跡と呼ぶのは、少し女神を安売りしすぎかもしれん」
「これがサクラさんの魔法で行われているなら、私はこの仕事を辞退します。まだ若いあなたを、宿の為に魔法を使い続ける不自由な身にしたくはない」
この人は裏を知ったうえで協力してくれるだろうか。決心が必要な場面かな。
「僕やハコネの魔法ではありません。それは断言します。誰もここで不自由を強いられる事は無い方法です。もし秘密を守っていただけるなら、お教えします」
「わかりました。聞きましょう」
パウルさんを仕掛けの場所に連れて行く。
「これが癒しの力の秘密です」
「この宿の管理、引き受けましょう。この方法は誰も不幸にしません。幸せになる人は、全員ではありませんが確実に居ます。幸せを増やす良い商売です。ただ、宿の宣伝に女神様を使う件は、女神様の天罰が下らないか心配ですが」
その女神が僕だから大丈夫、とは教えなかった。
「この秘密は、妻までは教えて良いでしょうか? 掃除の際に槍を片付けてしまっては困ります」
「秘密の管理はお任せします」
「では、ここを宿として稼働させる準備に取り掛かります」
パウルさん一家が宿に住んで準備を進める。食材を運ぶために馬車を買い、足りない物を揃える。パウルさんが来てから、宿っぽい建物が宿になって行く。僕らも小田原での買い出しや、道の改良など、出来る事を手伝った。
「その服は注目を浴びるのう」
小田原での買い出しは、白衣に緋袴の巫女ルックで通った。珍しい服装だから人に色々尋ねられ、その際に宿の宣伝が出来た。これぞ看板娘。見られる為の動作を心掛ける。
「サクラ、お前はどこに行こうと言うんだ」
正体を知っているビリーさんにはちょっと心配された。
「サクラ屋はどうじゃ?」
宿に名が無い。開店も近付いたので、宣伝するにも宿の名が欲しくなった。看板娘が目立ち過ぎて、なし崩しにサクラの宿と呼ばれるようになりそうだったので、意見を出し合うとサクラ屋、サクラ荘とか。前者は経営難になりそうだし、後者は学生寮になりそうだし。
結局決めた名前は、ハコネサクラ館。僕の意見を通してもらった。僕は箱根にあるサクラの旅館と考えてその名前を出したけど、パウルさん達はハコネとサクラの旅館って思ったみたいだ。この人達にもラブラブカップルと誤解されてしまった。
「やっぱり奴らか」
「ヴェンツェル様の指示通り仕掛けましょう」
「あっしは反対です。もう潮時ですぜ」
ハコネサクラ館という名が小田原の一部に広まり始めた頃、買い出しで市場に来たハコネとサクラを隠れて見る者が三人。
アタミ泊次男のヴェンツェルは、襲撃事件から散々だった。襲撃で父から叱責され修道会に入れられ掛ける。逆恨み相手のハコネが魔族退治の手柄は立てる。弟のエルンストは女神と仲が良い。
良い事無しだったが、ここから挽回しようと考えるのではなく、何の益も無い八つ当たりを行おうと言うのだから救えない。手を汚すのは金で動かせる連中に任せ、自分は屋敷で何もしないってのが、さらに救えない。
「大変です! 火事です!」
そろそろ寝ようと言う頃、パウルが僕らの部屋の扉を叩く。急いで外に出ると、風呂場の方から火の手が上がっている。
「パウルさん、ご家族は?」
「避難出来ました」
「火は風呂場? うちの風呂は、火を使わないよね?」
「サクラ、急ぐんじゃ。まだ消し止められる」
「まさかあの槍が何か?」
「調べんと分からん」
風呂場の裏手に回ると、槍を収めた場所でなく、建物が燃えている。
「この様な場所に燃える物など無いはず。誰か近くに居る筈じゃ」
「離れて行ってる正体不明が、三人」
戦略モードにすると、小田原に向けて動く赤い点。事情を聞かせて貰わないといけない。
「消火は任せるんじゃ。そいつらを頼む」
「火付けは殺人にも繋がる大罪。ごめんなさいしても、許してはやれないよ」
間もなく赤い点に追い付き、追い越したところで振り返る。おしおきですよ。
「なんて奴だ! 散れ!」
リーダーらしい奴の合図で、そいつらはバラバラに三方に逃げる。
この道は、ハコネと石を退けて通りやすくした道。退けた石が道沿いに並べてある。そこから3つを拾って、ピッチャー振りかぶって。
「逃がすか!」
投げました。さすがレベル101。致命傷にならない当たり所に、致命傷にならない威力で三球ストライク、いや、デットボール。
そのまま逝きかねない状況だったから、軽い治療を掛けて、引きずって行く。
戻ると、火事は鎮火していた。大雨が降ったかのようにびしょ濡れだったので、ハコネが水の魔法でも使ったんだろう。
「自慢の風呂場がこれでは、開業は延期ですね」
「とりあえず、明るくなったら片付けをしましょう。幸い、風呂以外は無事です」
ここまで頑張ってたパウルさん夫妻の落胆はありありと分かる。
ハコネと二人になった。
「またシモナッパラさんとスロトゥケバさんを呼ぶしか無いかな? お金結構厳しいけど」
「ん? 何の事じゃ?」
「再建しないといけないでしょう」
ここを建てる時点で僕の手持ちはほぼ使い尽くし、ハコネの勇者として稼いでいた蓄えもほとんど使った。再建に掛かるお金はどうしよう。
「サクラ、この宿にお主が名を付けて、良かったのう」
「燃えちゃったら、良い事無いよ」
「お主、女神の力を侮るでない。これしきの事、女神の力をもってすれば易々と解決できるぞ」
ここはどこだ? 何をしていた? そうだ、逃げていたら女に追い付かれ、そこから覚えてない。
足が痛いが、俺の足はまだあるのだろうか。
歩ける状態じゃないが、周りを見回すことは出来る。焦げ臭いから、ここは火を点けた館の近くか。
何か光が見える。光の中に人が二人いる。あれは、奴らだ。やっぱりあんな化け物を相手にするんじゃ無かった。火付けまでやって捕まったからには、誰か死んでたら死罪、死んでなければ奴隷落ちだ。もうヴェンツェル様との縁も、向こうから切られるだろう。
光が館を照らす。結構焼けちまったみたいだな。
ん? なんだと! 落ちた柱が浮き上がる。組みあがる。屋根が乗っかる。
元に戻りやがった!
バカな。人間への治療魔法じゃねえんだぞ。そんなの、あってたまるか。
大体、治療だったら木に戻るんじゃねえのかよ?
翌朝、アタミで神託が下った。
「我が友である女神ハコネに対し、弑逆を謀った者が居る。この者への加護を、我は剥奪する」
その神託を受けた神官は後に語った。アタミの苦難と再生は、その時決定づけられたと。
「サクラさん、これは一体?」
「女神様のお力で再生しました」
呆然と昨日の現場を見るパウル夫妻さん。
僕も昨夜は、自分でやったのに呆然としたよ。キュアーが建物を直すなんて。
レベルを上げれば大きな怪我も治せるとは聞いていた。でも人間以外に効くとは聞いてない。
そりゃ、ペットとかも治療できそうな気はしたよ? でも家? それに、家に掛けたら元の木に戻っちゃうんじゃないの?
でもそれは違った。名を付けた事により、ヒノキの木はハコネサクラ館として存在を確立した。そして魔法は、ハコネサクラ館を治療した。
まあ、神が名付けて神が治療したから、ここまでうまく行ったんだそうだけど。
「最初の客が俺達で良かったのか?」
「私達は当然よね」
今日はハコネサクラ館が開業する日。
最初の客には、ギードさん一家とクーマコンビに来てもらった。
もう一人の招待したのだけど、
「レアクーマ連れて行かれてる時に俺に来いとか、ギルドを潰す気か?」
と、辞退の返事だった。
「本日は遠路お越しいただき、ありがとうございます。当館オーナーのサクラから皆様にご挨拶させていただきます」
「あー、どうも。サクラです。オーナー兼女神ハコネの巫女をしています」
皆がハコネの方を見るが、ハコネは私じゃないと言うジェスチャーをしている。
「ある日、女神ハコネのお告げがありました。ここの温泉についてです。ここの温泉は、女神様にお祈りして入れば怪我も病気もたちどころに治る、女神様の力が溶け込んだお湯です。それを生かすために、この宿を建てました」
病気は試した事無いけど、ちょっと盛った。キュアーが治すそうだから、きっと効くよ。
「女神様は気まぐれなお方なので、治らない事もあるかもしれません。その時は、時間を空けて再度お試しください。皆様のご健康に役立ちますよう、お祈りします」
来れなかった招待客は、なんと酒樽を贈ってくれた。異世界で日本酒? その名はフェニックス。どっから手に入れた?
ハコネと並んで、それぞれ木槌を持って。
「せーの」
あ、ハコネ、レベル高いんだから、全力で行ったら大変な事に!
一番風呂は、異世界日本酒を頭から浴びたオーナーが入る事になりました。




