8-10 奪還作戦 動き出す監視
時間は少し遡り、サクラとハコネがまだ秦野に着く前。
今日もハコネに集まった空中砲台に動きは無く、基地に戻る。真冬のハコネ山中の寒さは、老いた体にはきつい。この基地は隠れる事を前提としているため、目立たない様に洞窟の中にあり、斜め下に降りる洞窟の入口には、板を渡して上に雪を乗せ、目立たなくしてある。
洞窟の入口近くにある食材置き場から、凍結させた鳥肉と野菜を持って洞窟の奥へ。凍った食材を魔法の炎で温める方法は煙が出ない為、潜伏する時には最適な方法。こうやって去年も今年も、この山で敵の動向を探っている。
調理をしていると、不意に炎が揺れる。この洞窟で炎が揺れると言う事は、誰かが洞窟の入口を開けたのだろう。元々3日後には山を下りる予定だったため、それを待たずに連絡員が寄越されるからには、重要な連絡事項があるのだろう。
あるいは連絡員で無く、招かれざる相手。偶然ここを見つけた旅人であれば、申し訳ない。その情報を持ち帰られては困るから。そうで無い事を祈る。
「マルレーネ様、緊急のご連絡です」
緊急の連絡を受けて、朝を待たずに基地を出発。
連絡の内容は、サガミハラの女神からハダノの女神へ、これからハコネとサクラが行くから宜しくと。サガミハラに来た時点で知らせてくれたら、もっと情報が早かっただろうに。寒い所に居る期間も短かっただろうに。
「今回もこっちに復活と予想してたのは、外れだったのね。どんな手で来るかと思ったら、別の場所で復活とはね」
―――
「動きがあったか?」
「はい、監視者の現在地は、元の地点から南東に10キロ。2名になっており、連絡員が合流したかと。3時間程前から動き始めたと推測します」
「全艦隊の出航準備を急がせよ。もはやここに居る理由は無い」
我々の艦隊を監視する者が居る事は、戦略ビューで判明していた。両女神復活を支援したいのだろう。それが移動すると言う事は、ここ以外での復活という情報を得た可能性が高い。
副官達は緊張した面持ちで指示を受け、伝達に走った。
同じ場所に復活するという前提で待ち構えた我々は、まんまと騙されたわけだ。その割には、父の顔は楽しげだ。これから狩りを始める時の様に。
復活後の女神は、女神本人の拠点というべき別の空間に現れ、扉を開くと、守護する地域に出るらしい。大抵の女神であれば扉の場所は、領邦の中心的な神殿であったり、政庁の一室であったり。ところがハコネという女神は、神殿を持たないため、どこに復活するか不明だった。そこで古くからの情報を集めて、やっと突き止めたのが仙石原。太古の昔にその辺に都市を造ったが、滅んだそうだ。
サクラという女神は、その様な情報が無い。サクラの扉からの帰還となれば、予想に役立つ前例が知られておらず、対策不可能。しかし今回の事例でそれを突き止められたなら、次回からはそこにも艦隊を配置しておけば良い。これから数日の情報収集は、とても重要になる。
「連邦各領邦へ、不審者の監視を強めよ。ただし発見しても手を出すな。俺が手を下す」
戦略ビュー上では、敵である赤色で示されてしまう。父が敵と認識するからだ。しかし、出来れば敵対はしたくない相手だ。育てられた記憶はもう遠いが、私は敵とは思いたくない。その女神が絡まなければ、敵味方になる必要など無かったはずだ。もっとも、その女神は現れなければ、父と母も出会わなかったのだろうが。
―――
門の上に放つと、スライムは秦野と反対方向へ飛び跳ねて、門から飛び降りた。高い所で放した意味が無いじゃないか。現在位置把握には役立てたかも知れないけど。跳ねながら、森に向かっていくのを見送る。
「街の見学に戻りましょう。そろそろ元老院の議論も終わって、母達も帰ってきてる事でしょう」
来た道を戻りながら、空中砲台とやらの話を聞く。空中砲台という呼び名は、連邦がその様に呼ぶからだそうで、他に飛行機や空中戦艦は無いそうだ。
「空中砲台の残骸から母達が研究したのですが、あの空中砲台は、攻撃に耐える事、そして砲撃の威力に注力したと分析されています」
「1年前に一撃でやられたのは、その空中砲台だったのかな」
1年前、空中に現れた、銀色の底面を持つ何か。記憶にある特徴を説明する。
「同じ物ですね。女神エドを倒した決戦にも参加したとの事で、それだけの威力がある事は分かっています。対策無しに立ち向かってはいけません」
下方を攻撃する機能しか無かったので、秦野を攻撃するには竹林の上を飛ばざるを得ず、迎撃されてしまった。むしろ、この敵に対応する為にハダノさんが竹林に変化したのだから、迎撃に効果がある様に出来ている。
それから時間が経ち、竹林に対応する方法も生まれただろう。竹による迎撃は、それ程高速でない。前回は飛行速度が遅く捉える事が出来たが、もし飛行速度が上がっていれば、竹の迎撃速度を超える可能性がある。最近の飛行目撃情報でも飛行速度は遅いらしいが、最高速度は上がってるかも知れないから、対策を考えないといけない、というのがスロたちの考え。
「母達がこっそり開発した物を、後ほどお見せします。私達だけで動かすのは大変なのですが、おふたりが居てくれたら実力を発揮出来そうです」
「馬鹿馬鹿しい限りだ。2度撃退した自らの力を信じず、敵の甘言に乗って女神の守りを捨てようなどと言う者が居る」
街で宛がわれた部屋に戻ると、アリサとマリがやって来た。怒り顔のマリは、元老院の愚痴を言いたいらしい。
ちなみにこの街の元老院というのは、老いた者という事は無く、アリサやマリの様に若くても影響力がある者も議員になって居る。アリサやマリは70代とは言え、エルフは長寿なので若い方だ。元老院議員になる程の影響力があるとは言え、多く居る議員の一員であり、多数決の結果を覆す様な権力は無い。
「9日以内に、ハコネさんとサクラさんを領外に出す様に、という事になった。どうにも出来なかった。申し訳ない」
眉毛がへの字のアリサも、きっと頑張ってくれたのだろう。まあ、この街にずっと居るつもりで来たのでは無いから、その位の期間で充分かも知れないけど。
「旅人の滞在は10日までというルールがあり、その範囲内でなら連邦が何を言おうがルールと言い張れる。だからあと9日って訳だ」
「その期日になったら、ハコネ奪還作戦を開始じゃな」
追い出されるで無く、目的地への出発。ここに居られる残り時間で、箱根を取り戻すための作戦を考えよう。
「ところで、おふたりにアレを見せたいのですが」
「アレが動くのを見れば、考えを変える議員もいるかも知れないね」
アリサとマリが共同で管理する工房は、秘密保護のために少し離れた場所にある。盆地の北部、歩くと3時間程の場所だ。
「さあ、乗って下さい」
地上の砦にはガレージがあり、そこに魔法で動く自動車が置いてあった。運転席にスロ、助手席にアリサが乗り込み、僕らとマリは後部席。
スムーズに発進し、舗装路でも無いのに跳ねる様な揺れは無い。川に架かる木造の橋を渡り、進む。
「連邦のと違い、運転者の魔法により動きます。ハンドル以外は、魔法の制御で進みます」
「試しに運転させてくれんか?」
「これよりも、もっと面白い物を運転させてあげますから」
竹林を進むと、竹の隙間から丘が見える場所になってくる。そして丘を登ると、竹林が無い台地に出た。
「ここに、私達の工房と実験場があります。ご案内しますね」
台地から見下ろす周辺は竹林。裏の山はまた竹林に覆われており、この一帯だけが竹林に覆われていない。空が見える実験場と聞いて、もしかしたらと期待してついて行く。
ついて行った先には、格納庫の様な建物。3階建てはあろうかというシャッターがあり、それが上がって行く。
空から来る敵と戦うなら、こちらも空をってことで、戦闘機が登場する事を期待してたんだけど、違うし!




