8-6 奪還作戦 手は口ほどに物を言う
“私はスライムと呼ばれてる者。本来私は情報収集と伝達が専門。このような形で何かを伝えようとする事は無い。しかしこの部屋の発見は、役目を超える事をするに値する大事件。まさかこんな物にここで出会えるとは思っていなかった。一体、この部屋は何ですか? ぜひあなたを、私の主に引き合わせたい。このような物を知っている相手を、主は待っていた。この部屋に主を連れて来たい”
「その主って言うのは、どこに居る誰の事?」
僕が返答すると、スライム人間は再びキーボードに向かい、文章を打つ。
“私は主の知識から一部を与えられている。だからこの機器を操作出来た。私には主について伝える権限は、最小限しか与えられていない。だが、貴女の敵では無い。門での攻撃の際に鑑定したため、私は貴女の正体を把握している。主は、女神と呼ばれる者を排除している者とは別の勢力に属する”
女神と呼ばれる者を排除している勢力ってのは連邦。それ以外というと……
「魔王の一味?」
“魔王と呼ぶ者も居る”
そう言うことか。魔王は僕と同じ記憶を持っているから当然パソコンの操作が出来る。
だけど、魔王は天上で僕の部屋を見ているから「まさかこんな物にここで出会えるとは」というのはおかしい。僕を探しては居るだろうけど、なんだか違う気もする。
「その魔王にはどこで会える?」
スライム人間は地図アプリを起動。そして、指でその場所を示す。思った通り、僕の知る魔王とは別の場所に居る。僕の知るあだ名が魔王じゃ無く、本物(?)の魔王が居る場所は…… 福岡か。
「ほう、これは初めて見た」
「僕らが知るのとは別の、ずっと西に居る魔王の配下らしいよ」
ハコネも連れてきて、スライム人間を見せる。ところでスライム人間という呼び名は何とかならないのかな? それを伝えると、スライム人間は彼らの中の識別名を教えてくれた。
“fd52:796e:5354::9577:9580”
いや、分からないって。スライム達は光による通信でネットワークを形成していて、そこに繋がってる分には持ってる情報は同期されるから、個体識別の意味はあまり無いそうだ。なら、まとめてスライムで良いか。
主に連絡を取った上で、回答を僕らに返したいとの事。このまま連れて行き、夜間は放し飼いでネットワーク接続、翌朝回収して欲しいそうだ。じゃあ今夜は秦野への中間点あたりで野宿という体で行くか。
あと、みさきちのメール確認。あまり心配してない様だけど、返信しておく。スライムゲットって。いや、スライムなら仲間になった、か。
スライムネットワークで彼ら(?)の主に伝えて欲しい事は、案外少ない。こちらの情報を一方的に送信もしたくないから。相手はパソコンやオフィスアプリを知っているけど、素性は不明。アリサ達の様な知らない世界から転生してきた人物か、あるいは僕に魔王やルイが居る様に同じ記憶を持った集団のみさきちバージョンって可能性もある。そこで、情報はすでにスライムに知られている程度の事にして、あとは面会の打診としておいた。
その後は森の中を歩き、伊勢崎に着いた。でも面倒を避けるため、街の中には入らずに素通り。
日が傾いてきた頃、道を逸れて人目に付かない林の中。
「じゃあ、主さんによろしく」
スライムを出してやると、指で丸を作って返事。その後、木の幹を転がる様に登っていく。
「なぜあんな風に上れるんじゃ?」
「どうなってるんだろうね」
スライムが上っていった幹を見ると、細かい傷が多数付いている。きっと幹に接する面にとげでも出して、回転しながら上ったんだろう。人間や動物、見た事ある機械の動作を考えてはダメだ。自由に変形出来る前提なら、きっとあの動きが最適なんだろう。
部屋に戻ったら、次はサガミハラさんの所へ。サガミハラさんもスライムについては知らなかった様だから、伝えておこう。女神に敵対的な勢力で無いという情報を信じるかどうか、どのように付き合っていくかはサガミハラさんや相模原の街に居る人たちの判断。既に港の川向こうまでは来てたから、接触が始まってる段階だろうけど、筆談はしてないかもしれない。
「光るスライムの存在は知ってる。私は直接見てないけど、港を中心に目撃談は聞いてる。でもそこまでの事は知らなかったわ」
サガミハラさんと厚木での事とスライムの話を伝えると、やはり興味を示すのはスライム。
「それで、スライムに私の事は?」
「それはまだ何も。直接その主ってのと会ってみて、役立ちそうなら紹介します」
「それはありがたいわ。でももし宇宙に興味があるなら、少しでも早く会って情報交換したい」
そんなに宇宙に興味がある人ばかり居るわけ無いと思うけど、もし趣味が合うなら連れて来よう。ここまで宇宙マニアならこの天文台は喜ばれるだろうし。
4人組の様子も聞くと、地道に狩りを続けてるそうだ。今は今日2回目の討伐に行って、まだ戻ってきてない。
サガミハラさんが戦略ビューで魔物の侵入を検知すると、指定された場所に彼らと急行。それがこの2日で4回。前線の基地と比べて頻度はそんなに多くないけど、相模原に居る冒険者と比べて多いくらいだそうだ。
「そんな面白い物がいるなんてね」
「福岡の魔王みたいだけど、そっちは知らない?」
「強い魔物がいる領域だって聞いてたけど、魔王は初耳」
タブレットからのテレビ電話でみさきちと定期連絡。九州は魔物が強力すぎて排除出来ず、手付かずの土地だったそうだ。他の地域の魔物と違って明らかに知性的な行動をとる魔物が多く、また情報伝達と移動も速いために、すぐに大軍に包囲されて殲滅される。かと言って九州から出る事は無いそうで、徹底的な専守防衛。そんな勢力と戦ってまで九州を手に入れたい理由も無く、放置してきた。魔王が居て統率してるってのは納得がいくらしい。
「その主ってのが誰なんだろうってのだけど、福岡に居るって事以外に情報は?」
既に伝えたパソコンを使える事、それ以外に何か特徴があるかも知れない情報は…… あとは僕の所に居るスライムの識別名くらいか。
「アルファベットと数字がコロンで区切られてるのね。これをその主ってのが付けたのなら、ヒントになるかも知れない。調べてみるわね」
“私に特別な任務と権限が与えられました。これからは貴女と接触する大使として活動します。主との面会を実現させる事が、私の任務です”
朝起きてスライムを回収したら、端末にそんな事を打ち出した。まあそれは聞いていた通りだ。そして他にもたらされた情報は、僕の方にもその主と会う理由が生じる物だった。
“この世界の継続について、現在重大な疑念が生じています。共同してその課題を解決するために情報を交換するのが、面会の目的です”
スライムは部屋に残して、再び道に戻って秦野に向けて進む。
「秦野は入国を制限しておるんじゃったな」
「周りがあんな感じの連邦だからね」
相模原と同じで、秦野もエルフの国で魔法を使うのが当たり前。そこは変わってない事を、厚木の宿で会った2人から聞いてある。あとはアリサとマリに会えるかどうかだけど。
「あれが国境かな?」
前方に見えてきた、道を塞ぐ門と壁。門の上には大昔見た秦野の紋章と、あと旗がいくつか。
入国を制限という事は通るのが難しいのかと思ったら、門は最初から開け放ってあり、門番は何も言わずに立っているだけ。門番に問いかけても、不動直立で何も答えてくれない。
そして、僕らが門を抜けた所で、後ろの門が閉じられる。さも僕らを壁の向こう側と隔離したいかの様に。
その直後、道の左右に並ぶ兵士達。
「ハコネ様、サクラ様、お待ちしておりました」




