8-5 奪還作戦 スライム
「帽子改め?」
僕らにチェックアウトを譲ったエルフ少女2人が来た。
帽子改めとは、たまに行われる住民と滞在者の魔法使用に関する調査。帽子の色で魔法の使用を確認出来るため、憲兵隊が巡回して帽子の色を調べるらしい。
ここでもう1度宿に戻って帽子改めを待つのは、怪しいと思われるかもしれない。鑑定を出来る人が居なければ良いだけの話なのだし。憲兵隊がどう調べるのか確認するため、少し下がって様子を見る。
「お先にどうぞ」
「行かないんですか?」
帽子改めに鑑定が含まれるのか、様子を見たい。僕らは様子を見てから行きたいと伝えて、彼女達に順を譲る。黄色い帽子は4組で、彼女達が3番目で、僕らは最後で列に並んでないで見てる状態。
何をするのか見ていると、帽子の色を見た後に何かの魔法を掛けたのか帽子の色が赤に変わった。赤になるととってもオスマントルコ。赤の方がデザインとして良い気がする。赤い帽子は回収されて、黄色い帽子を渡されて、門を出て行く。
「今のは何?」
「あれはですね、鑑定の魔法です。鑑定で紛れ込んだ魔族で無い事を確認すると同時に、帽子が細工されてないか確認するんです」
え、それはマズイ。心配してた通りになって来た。
ここで正体がバレるくらいなら、堂々と魔法を使ってここを脱出してしまっても良いんじゃ無かろうか?
でもそうすると、僕らの正体を調べるために、ここで僕と話した人に迷惑が掛かるかもしれない。神殿に居た人とか、エルフ少女達とか。いっそのこと大暴れしてこのブロックを占拠、必要な人を相模原に移送して……
「どうするのじゃ?」
「こうなってしまったら、ここは派手に…… あ、あれは?」
ハコネとひそひそ話をしている時に目に入ったのは、木の枝にぶら下がるスライム。表面がつるっとしたスライムが木の枝からぶら下がり、涙滴型になってる。ああやって街を見張ってるんだろうか。でもこれはチャンスじゃないか。ハコネにそっと耳打ちして今からやる事を伝える。ハコネもうまく動いて貰わないといけないし。
そして、誰もこちらを見てないのを確認して、手頃な小石を拾い、目立たない小さな動作で投げる。見事ヒット!
「ピー!」
木にぶら下がる付け根の部分を狙い打ち抜いたので、スライムは木から落下してべちゃっと地面に落ちると思ったら、球状になって地面にバウンド。ちょっと予想外の動き。
「危ない!」
誰かの叫びに呼応した振りで、僕を守る振りで、ハコネがスライムを軽く蹴飛ばす。これで僕とハコネはスライムのターゲットだろう。
そして、スライムが強い光を放つ。多分これがスライムの魔法。ちらっとハコネを見ると服に何ヶ所か穴が開くとともに、帽子の色は赤。それを見てハコネに合図をすると、ハコネも同じ合図。僕の帽子も赤いらしい。
ハコネがスライムに飛び掛かり、蹴飛ばして路地裏へ。僕もそれを追いかけ、すぐに曲がって門の前から見えない場所へ。そこでハコネが扉を出してスライムを投げ込み、一件落着。ここでデコイの魔法を掛ける。
「何事だ!」
「スライムに襲われました。反撃したら逃げてしまい、取り逃しました」
「ちょっと来い!」
何事かと追いかけてきた兵士に再度門前に連れて行かれ、取り調べ。スライムに襲われた、反撃したら閃光の魔法で攻撃された、他の人が巻き込まれない様に人が居ない方に蹴飛ばしたら逃げ出した。そんなストーリー。
僕らの帽子はスライムの閃光までは黄色かったのを見ていた兵士がいたので、僕らが魔法を使っていなかったという事は認められた。それよりもスライムの閃光で服が破れただけで本人は無事という部分を問われたけど、その後受けた鑑定魔法でレベル50の冒険者と出たので、その位あればスライムの攻撃も平気という風に納得して貰った。
中には「年齢的にそんなレベルの冒険者がありえるのか」と食い下がる兵士もいたけれど、「私の鑑定魔法が信じられないのか?」という鑑定官の言葉で兵士は沈黙。新しい黄色い帽子を貰い、無事に門を出られた。ありがとう鑑定官さん、でも、騙されてるのはあなたです。
さらなるピンチが発生しない内に、街を離れよう。そう考えて西側の門を目指す。西門の前には小さな市場があり、食べ物を売ってる。ちょっと補充していこう。
「パンはどうだい? 安くしとくよ」
「うちのは無魔法栽培だよ。健康に良いよ」
良く分からないフレーズが聞こえてくるけど、魔法を使った栽培というのがどんな物か分からないので、無魔法と言われてもという感じだ。でも無魔法と書かれた白菜は値札が5割増しなので、高くても買われる価値があるのだろう。ここの人にとっては。僕の知る無農薬野菜みたいな感じ? 本当に魔法が嫌われてるのだろうね。
あえて魔法が使われてるという食べ物を買って西の門へ向かうと、バスが止まってる。鉄道があってジープもどきがあるなら、バスだって出てくるか。
「折角だから乗ってみようか?」
「まあそれでも良いが、不便もせぬか?」
だけど、僕らは乗せてもらえなかった。黄色い帽子、つまり魔法を使う人間はダメらしい。世が世なら差別だと言う意見が出されそうだけど、この世界にそういう人は居ない。居たとしても、魔法使いは強者だから対象外と言うかも知れないけど。
無愛想な門番に帽子を回収され、門の外に出される。この先も連邦の街ではこんな扱いだと思うと、どこにも寄らずに秦野まで行くのも良いかと思う。
歩いて移動してる人は全くおらず、馬車と自動車がちらほら。街を出てしばらくは畑が続くけど、線状に植えられた小さな葉。小麦かな? そんな長閑な餅を進むと、坂を上って台地の上へ。台地に上ると畑から森になったので、ちょっと道を外れて人目に付かない場所へ。
「さっきのスライム、どうしようか?」
「何か情報を探っておるのかも知れぬのじゃろう? 出すわけにも行くまい」
でも放置してるのも危なくないかな? ちょっと様子を見てこよう。あとメールの確認もしておきたいし。ハコネの扉を出して貰い、開けた時にスライムが飛び出さないか警戒しながらそろっと開ける。大丈夫、出てこない。
ハコネには外で待ってて貰って僕の部屋へ向かうと、ベランダのガラス戸が開いていて、中に変な物が!
「何者!」
パソコンが置いてある机に載っかっている、上半身だけの半透明人間。大きさはパソコンと同じくらいで、半透明。でも、この色は見覚えがある。
「スライム!?」
スライム人間(仮)はそのまま、特に攻撃もして来ない。良く見ると、パソコンの電源が入っていて、何か操作してる。スクリーンに表示されたオフィスソフトには、日本語で文章が書かれている。そんな事が!?
状況を整理しよう。スライム人間(仮)は、あのスライムが変形した物だろう。上半身だけというのは、パソコンを使うに当たって足なんて飾りなんだろう。移動の際には、ボールの様に飛び跳ねてたし。そして、そのスライム人間はパソコンを起動する事が出来て、さらにオフィスソフトを起動して文章を入力。ちゃんと漢字変換もしている。そんな知識、この世界の住人では人間さえ持ってないはずで、このスライムの正体が想定外の物だと告げている。
そこでスライム人間(仮)は振り向き、僕に手招きをする。なんか気持ち悪い動き。手招きして、指でスクリーンを指す。これを読めというのか。




