2-5 女神の温泉 悪魔の企み
「一日でこれだけ進むとはね。1か月で完成するかな」
「もっと短いじゃろう。まずは設計図を見るのが楽しみじゃ」
コンセプトは夕食時に話した。明日図面を描くそうだ。
見張りの担当をクーマコンビに引き継いで、ハコネはテントの中へ。他の4人には何か危険が迫ったら起こしてもらう様に言ってある。僕ら戦闘要員を分散させたチーム編成の方が安全だけど、色々隠し事があるからこの編成にした。
「サクラちゃん、気を付けて」
「はい」
僕は山に入り、こっそりニートホイホイ。用を足しに行くふりだから、後を付けられる心配も無い。
ネットである服の型紙を探し、紙に書き写す。この体のサイズを知らないから測り、図面に書き込む。この服を作るってのは、建物の話をしている時にピンと来てしまい、すぐやらないと行けない気がしてた。
このままベッドで寝たいけど、もしもの際に「どこ行った?」ってなるから、戻ろうとドアを抜ける。そしてドアを閉めた時、大きな声が聞こえた。見られた!?
「狼! 狼よ!」
僕が見られたんじゃなく、狼を発見か。良かった。でも、冒険者でない4人が居るから、助けに行かないといけない。
「お主は4人を守るんじゃ。我が行って狩って来る」
一旦ハコネと合流。この魔族騒動に続き、また守り担当。ハコネが守りでも良いだろうに、勇者ハコネはちょっと好戦的だ。
4人を探すが見当たらない。まずい事になってる? 戦略モードに切り替えると、赤い点が多数、緑の点が1つ、青い点が4つ。その4つは固まっており赤い点に包囲されている。この意味ってもしや、大ピンチ?
「レアクーマさん! スヴィクーマさん!」
狼が群れているけど、軽く飛び越えながら進む。
「私達はここよ」
狼が集まっている大きな木。その上を見ると、太い枝に4人が座ってる。
「木に登るのは得意よ。そういう種族だし」
なんだか全然心配無さ気な状況だった。狼は登れず囲んでるだけ。
戦術ビューで確認。狼のレベル20から30。
「すぐに片付けます」
あまり出番のなかった棍を構え、狼の間に駆け込んで一振りする。飛んで後退する狼と、飛ばされて後方に消える狼。ヒットした狼は、戦術ビューで戦闘不能を確認。避けた狼たちは一目散に逃げる。無益な殺生をしたい訳では無いので、逃げてくれたら嬉しい。
「魔法じゃ無いのかよ」
「ギルドマスターに聞いてはいましたけど、無茶苦茶ですね」
「一撃で終わっちまった。その見た目との落差が凄いな」
魔法少女っぽい服装だったね。レベルを上げて物理で殴る魔法少女なんです。
「サクラ、お主の方も終わった様じゃな」
「今夜はもうここで寝よう」
「明日4人寝られる様に拡げましょう。あと壁も無いと危ないわね」
その夜、僕とサクラが木の下で交代で眠ったけど、狼は来なかった。学習能力があって助かる。
だけど、上から降って来たレアクーマさんの直撃は、結構痛かった。
翌日、温泉関連工事は後にして、樹上の野営場所を作った。これで何かあっても安心。
「親父が子供の頃までは、家ってのはこれだったんだ。山に住んでたからな」
「そうだったんですか?」
「サクラは両親に話を聞かなかったのか? 200年前までは人族も山の民だぞ」
この世界の歴史とか、全然聞いてない。目先の事ばかりだったからかな。
「さて、続きをやるか」
3日目、4日目。工事は順調に進む。あれから狼は現れない。
「ちょっと小田原に行って来て良いかな?」
「何の用じゃ?」
「ちょっと服を作りたくて」
「珍しいのう。ついに乙女心が生じたか?」
「信仰心を呼び込めそうな、霊験在りそうな服を作るんだよ」
ハコネに任せてちょっと小田原へ。不在の間に何かあると困るから、全速力で走る。なんだ、一人なら走ればすぐ着くじゃない。レベルを上げて物理で走る。
「イーリスさん、服を作ってくれる場所を教えてください」
ギード宅に行ったら不在で、ギルドでイーリスさんを捕捉。
「服を作るの? 高いわよ。お古じゃだめなの?」
「図面から、これまでに無い様な服を作りたくて」
「図面描いて来たの? じゃあ良い所を紹介するわ」
教えてもらった服屋はイーリスさんの紹介と聞いて引き受けてくれた。他にもいくつかの注文をして、前金で金貨4枚。受注生産だから前金は仕方がない。
工事の間、何回か狼の襲撃があった。全て僕が不在の間に。
「サクラちゃんが居たら襲われないって、余程狼に恐れられてるのね。サクラちゃんの人形でも作ろうかしら」
「デコイの魔法でお主を周囲に沢山作ればどうじゃ?」
最初のバージョンは失敗。そしてある改良をしてみたら、これが当たり。現場周囲の山あちこちに僕のデコイを配置したら、狼がぱったりと来なくなった。
「デコイを鑑定したらレベル101ってなってるんだけど?」
「脅かすの目的だから、実際より高いレベルに設定しました」
「いやいや、普通は自分以下でしか作れないわよ。サクラちゃんレベル85でしょ?」
さあ、でたらめ設定、披露のお時間です。
「僕はこの地の女神ハコネ様を祭る神官です。ここでは一時的に女神様の力を借りて、高いレベルのデコイを作ることが出来ます」
「ハコネ様? 彼?」
スヴィクーマさんがハコネを指さす。
「彼は女神ハコネ様から加護と名を与えられ勇者になりました。元の名はまた別です」
信じてない? でも構わない。
「その女神様については証拠も何もないけど、私の鑑定はサクラちゃんのレベルを85と、デコイのレベルを101と知らせてるし、レベル101は神にしかたどり着けない事は明らか。神の力を得ていることまでは信じるしか無いのよね」
これは今後の運営にも関わるから、一貫して使っていく嘘になるけど。
「これ、どう思う?」
信仰心集めるための服、完成。ハコネに先にお披露目。
「赤と白で鮮やかじゃのう。じゃがこれ、魔族が着ておるのを見た事があるぞ」
「なんだって!」
そんな。巫女服みたいなのが魔族にあるとは!
「まあ魔族がその服を着るのは聖域のみじゃ。人族はその服を知らぬだろうから、問題なかろう」
聖域でか。巫女服みたいじゃなくて、巫女服そのものなのかも。魔族も同じセンスを持ってるってのが、少し親近感を沸かせた。
「完成だ」
「素晴らしいです」
余計な工事が追加になったけど、1か月掛からずに工事が完了。
温泉旅館風にするのは畳や瓦が手に入らないので断念。畳の代わりに板間だけど、靴を脱いで上がるという点はこだわり。ガラス窓も手に入らないので、障子の様なものを作った。光は入れつつ、外の寒さはある程度遮断できる。
部屋には、囲炉裏風のものを設置。囲炉裏って野営の即席かまどに近いから、旅行者には特に抵抗が無いと思う。床に座らない上流階級用の部屋は、儲かって来たら考えればいいや。
一番の目玉、温泉浴場。室内風呂と露天風呂を完備。もちろん男湯と女湯は分けてある。
これだけだと単なる温泉宿だけど、信仰を集めるための仕掛けが必要。これは知られない様に、昨夜こっそりと仕掛けた。
「お疲れさまでした。これがお約束の報酬です」
「やり甲斐のある仕事だった。最初の風呂は二人が入ってくれ」
そんなわけで、今日だけは混浴。でもハコネと一緒、つまりお互い自分の体と一緒にだから、何という事は無い。
「我が一番乗りじゃ!」
風呂に飛び込むハコネ。
「風呂いつも別だから知らなかったけど、いつもそんなだったの? 子供じゃあるまいし、僕の体でみっともないことしないでよ」
「誰も見てない時だけじゃ。ところで、風呂に入った者が女神を拝みたくなるような仕掛け、出来たのか?」
よくぞ聞いてくれました。
「あの槍の新しい使い方を見つけたから、設置済みだよ。どころでハコネは、怪我とかしてなかった?」
「なんじゃ、唐突じゃのう。怪我か? 怪我は今しがた足の指をぶつけて紫になって…… あれ、どこじゃったかな」
ぶつけると言えば小指でしょう。でもどこにもそんな痕は無い。
「治ったのか? まさか、これか?」
「そう、傷が癒える温泉だよ」
仕掛けは、例の触った者の傷を癒す槍。穂先に触れると癒す効果がある。刺した相手が回復してしまう変な槍。呪いを解いたらダメな子になった。
ある時、温泉に浸けてみた。なぜやった? 穂先をお湯で洗いたかったから。すると不思議な事に、槍を洗う手のあかぎれが治った。その時は「うっかり穂先に直接触ったかな?」と思ったけど、その夜にもう一度試すと、ちゃんと治った。そして編み出した新しい使い方が、傷が癒える温泉!
「その槍はどこじゃ?」
「お湯を引き込む管の中に。だからどの風呂でも効果あるよ」
「じゃがあの槍、癒すと魔素が貯まるまで働かぬじゃろう」
「そうだよ。だからさっき、二番目に入った僕には効果が無かったよ」
癒す力は充填式で、使うと満タンになるまで効果は出ない。その仕組みは、戦術ビューで充填率が見えたからハコネと色々実験し理解が進んだ。充填された魔素の消費量は、治す怪我の大きさに依存した。つまり大きな怪我を癒したら、次に使えるまで時間が掛かる。
「その後見つけたんだけど、ここの湯に浸かってると充填が速かった。含まれる魔素が多いのかもね」
「ふむ」
「この使い方なら、一日に何人かは癒せると思う。怪我の程度にも依るけど」
「じゃが、癒された者のすぐ後に入る者は癒されんな」
「それで良いんだよ。いや、それが良いんだよ」
信仰を引き出す仕掛けを説明する。
もしこの風呂が浸かった全ての人を癒せるとしたら、どうなるだろう? 癒されて当たり前と思い、祈らないのではないか? さらに、「回復したから帰ります」と、1泊しかしてくれない。
ところが、「祈る者だけが癒されます」と説明して、実際に癒される人と癒されない人が居たら? 人は「自分の祈りが足りなかったのでは?」と思ってくれないか? そして治るまでさらに連泊しないか? 自分だけ癒されても、一緒に来た身内が治るまでは泊まるのではないか?
実際には祈りが足りたかは関係なく、ちょうど充填が終わった時に風呂に入った運の良い人が当たりを引くのだけど。
「これを風呂ガチャ式と名付けました」
「悪魔じゃ、悪魔がおる。オダワラ以上の悪魔がおる」
「誰も不幸にせず、むしろ幸せにしているから、いいのです」
「素晴らしい。思った以上でした」
「喜んで貰えてよかった。それじゃあ、俺らも使わせて貰っていいかな?」
「どうぞどうぞ。でもその前に。お湯に浸かっている時、女神様からお告げがありました」
「女神様は何と?」
「女神様のお力を、この湯に与えて下さると。風呂で祈りを捧げる者に、癒しの祝福を与えてくださいます。ぜひ女神ハコネ様に祈りを捧げてお入りください」
信じて無さそうな4人が風呂に向かった後、風呂場近くの槍を沈めた場所に行く。男湯と女湯、それぞれの声がわずかに聞こえる。
「充填率、今はどれ程じゃ?」
「あと少しで満タン。3、2、1、今!」
「あれ? さっきぶつけた足の指、治ってる!」
「嘘…… じゃあサクラちゃんの言ってたの、本当だったの?」
「そうよ。スヴィクーマももっと祈らなきゃ。悪い頭が治るかも知れないよ?」
「あんたの頭が治ってないから、頭には効かないみたいね」
「レアクーマが当たりを引いた様じゃな」
「一番いい結果だね。僕がここに来たのは、槍に僕の魔素を供給してでも、噂の拡散力が強そうなレアクーマさんに当たりを引かせたかったからだし」
「悪魔じゃ。お主はオダワラなど足元にも及ば大悪魔じゃ」
私はガチャやステルスマーケティングは嫌いです。
でも、人の心理を利用した悪魔のようなズル賢い儲け方だなと、感心はするんです。
嫌いですが。




