8-3 奪還作戦 川を下って
昨夜は船を見てなかったけど、乗る前に見たらバスと列車の中間くらいの案外と大きな船だった。木造船だけど、弱そうな造りじゃない。
船を僕らが見ている間に馬車3台と馬5頭、続いて乗客30人くらいを乗せて、僕らにも早く乗れと。僕らが最後で、乗ったらすぐ出発。
客室は個室もあるけど、そちらは予約があったそうで僕らは一般の船室。木造の船室には固定された木の長椅子が並び、他の乗客たちと共に座る。壁には所々に小さな窓があり、厚手なガラス(?)を通して外が見える。
「揺れるから気をつけな。出航だ」
「嬢ちゃん、珍しそうに見てるが、船は初めてかい?」
「こういう船は初めてです。八王子では船に乗る機会はありませんでした」
昔の事を話してくれるのは、馬車の護衛のために商人に同行してるというおじさん。個室に行った商人に雇われてるそうで、客室にいる人の内6人が雇われ人。馬車の御者もするし、魔物や野盗に遭遇したら警備もする。馬5頭も、馬車を牽くのに3頭と予備兼護衛が使う2頭。
僕らの仮の身分は八王子から来た人。八王子所属ではないけど、八王子から来たというのは事実。一応、嘘をつくことを避ける。
「ハチオウジか。あっちも魔王が現れるまでは船が出てたが、今はすぐ先が魔物の領域だからな。船は出せないだろうな」
八王子の基地があった場所から東に行くと多摩川があり、そこも以前は航路だったそうだ。リアル多摩川と比べて川幅も深さも5倍あるわけで、十分航路として使える。
この相模川も同じで、相模原から河口の平塚まで船便がある。所要時間は中間の厚木まで8時間、乗り継いで平塚まで8時間。朝出航して、夕方目的地に着く。一般客向けの船に夜行便は無いそうで、平塚まで行くなら2日間の船旅。僕らは中間点の厚木まで行く予定だ。
「下りは川の流れに任せて進むんで昔と大差ないが、上りは漕ぎ手を雇ったり馬や人夫が綱を引いたりしてたんだ。それが西から入って来たエンジンとやらで、今では誰も漕がないのに船は進む」
「燃料のエーテルは連邦西部からの輸入頼みなので、ちょっと高いのが難点です。性能が良いエーテルは、軍需物資なので民間船には卸してもらえません」
もう1人話に加わったのは、同じく護衛のお兄さん。おじさんよりは技術系に詳しそう。
八王子で捕虜から聞き出した情報にもあったけど、エーテルを使うエンジンが船や車に搭載されてる事が判明してる。そこは秘密でもないみたいだ。ヨコハマさんが列車を動かしたのは操縦者の魔法だったけど、このエンジンは操縦者に魔法の技能が必要ない。これは相模原でも研究されているそうだけど、自製化するには至ってない。
この時期は川の水が少ないそうで夏より穏やかだとか。それでもかなり揺れる。乗りなれている人はどこで揺れるか覚えているので、揺れが少ない区間を選んで酒を飲み始める。そんな芸当ができない僕らは、宿で買ったパンを食べる程度。
人が走るより速いくらいの速度で、船は順調に進む。途中の港で乗り降りする客も居た。でもこの人数で毎日1便って、輸送密度としてはかなり低い様な。
「この航路は、あまり利用されてないんですか?」
「これでサガミハラからヒラツカまで2日間だが、マチダとフジサワの間は鉄道で半日だ。そっちに客が流れた」
「大陸縦断鉄道がヒラツカまでだった頃はこの航路のお客も多かったんですが、フジサワまで繋がりましたからね」
この大陸縦断鉄道ってのは遺物が再生された物で、東海道線に相当するルートで京都から横浜まで繋がってる。横浜を走る区間以外は、連邦鉄道省が管理してるそうで、役所で身分証明書を発行してもらえば駅で切符を買える。運賃は国策としてかなり安く抑えられてるそうで、広く使われてるそうだ。
サガミハラさんによると、横浜から町田、相模原を経て八王子までの横浜線ルートも再生することを打診されたそうだけど、断ったらしい。連邦を味方とは思ってないから。同じく町田から小田急ルートで小田原までの路線も、途中の秦野が反対して伊勢原までしか繋がってない。こんな感じに聞いたことがあるような路線ばかりなのは、創造主の時代に作られたのがそんなルートだからだろう。僕が知らないような路線が無い所を見ると、創造主は僕と大差ない時代の日本から来たと予想出来る。
着くまでの時間に、厚木についての情報も得られた。 厚木は現在、選挙活動の最中。守護代という名称の行政の長を、市民が選ぶ。守護代って守護は誰?って話だけど、守護は女神の権限を持って行った武田丈二となっているそうだ。選挙は立候補するのに連邦政府の承認がいるそうで、ようするに連邦に都合の悪い人物が選挙に出て勝つことはない。いわば香港方式。
一般人の言動まで見張るほど管理されてたりはしないけど、影響力のある人は見張られてるみたいだ。僕らは目立つことをしなければ問題ないだろう。
「あと、樹上のスライム。あれには手を出すな」
それ、昨夜光ってるのを見たやつかな?
「あれはかなり強い。襲いかかって来る事はないが、こちらから手を出すと酷い目に遭う。手を出したやつは、何か分からない一撃で片目を失った。目玉が丸焼きだそうだ。恐ろしい」
光を攻撃に使うんだろうか? ゲームの世界ならレーザーを避けられそうだけど、実際はそのレーザーの光が見えた瞬間には被弾してるんだから、発射の兆候で避けるしか無い。そんな事を出来る者はいないんだろう。
「あの夜光るのは魔法だそうです。魔法は危険、魔物は危険と言うからには、魔法を使う魔物はとても危険なはず。なのに、連邦が排除しようとしない。おかしいと思いませんか? 怪我人が出ても、ギルドから討伐の依頼は出ませんでした。手を出したのが悪いって」
連邦は魔法を禁止してる。魔法が危険だからという事だけど、当然その危険な魔法を使う魔物は討伐されないといけない。それでも放置されてるスライム。何かに利用している?
彼らもそれ以上は知らないらしく、とりあえず手を出すなとの事だ。
終着点に到着し、馬車が降りるのを待って僕らも降りる。桟橋を歩いて、厚木の町の入口へ。
相模原には雪があったけど、厚木には無い。こちらの方が少し温かい気もする。桟橋から河川敷に進むと、堤防を上がった所に建物。船を降りる際に聞いた説明では、連邦の外から来た者を調べるための番所らしい。例の『入り魔法に出道具』というやつ。
連邦では、“魔法を使わない”、“魔法を誰かに習得させない ”、“魔法を使えることを隠さない”の非魔法3原則が存在する。アイハラでは宣誓という形でその義務が課されたけど、厚木では別の方法が使われてる。それは、魔法を使える者を監視するための黄色い帽子。この帽子は、外す、魔法を使う、魔法を掛けられるのいずれかで色が変わるのだそうで、街に入る魔法使いは身に付けないといけないそうだ。魔法を掛けられた場合の変色は、技術的に使った事と分離出来なかったからと説明を受けた。使った人物が別途見つかるはず、という乱暴な論理。冤罪も起きそうな仕組みだ。
そんな訳で、街の入口で帽子を被らされて、街に入る。形がつばの無い円筒形で、赤かったらオスマントルコ?って言われるデザイン。
泊まる場所も自由では無く、川に近いブロックにある宿を指定された。街は外周を防壁に囲まれ、さらに繁華街や特定の施設がさらなる防壁に囲まれているみたいだ。繁華街など中心部はさらに防壁に囲まれたブロックにあり、そこには僕らは入れないらしい。
指定された宿があるブロックは、中心部とはまた別に防壁に囲まれた場所になっている。目的のブロックを囲う防壁に行き着くと、入口の門では出入りを兵士が記録してる。まるでゲットーに入れられたかのようだ。
中身まではゲットーではありません様に。




