1-1 異世界女神の訪問販売
7/27 前半をちょこっと書き換えました。
8/10 ベランダに関する微修正。
8/29 描写を少し改変。
異世界から良い人材を連れて来る、そんな話を井戸端会議で聞いた。
テンセイとか言っとったんじゃが、どれどれ…… ポイントが足らんな。
テンイってのなら足りる様じゃが、相手が望んだらそのまま帰る、ポイントは戻らんと。難儀な。
まあ良い。我の魅力と工夫で何とかして見せようぞ。
――――
事の発端は、「ピンポーン」から。
来客を見るためのカメラが写したのは、マンションの廊下ではなく白一面に立つ、金髪少女。雪?
雪景色はカメラの故障だろうと思いドアを開けると、外は本当に雪景色だった。 廊下はどこ?
そしてカメラが映した通りの金髪の少女が、そこに居た。中学生?
「我が領域へようこそ」
向こうが来客なのに、ようこそと言われた。
「あの、どなたですか?」
「我はこの地を担当する女神、ハコネじゃ」
見た目は10代半ば金髪碧眼の女の子。神とか言うし、セールスかと思ったら宗教だったか。どうやってお帰り願おうか?
ドアを開けたことを後悔してると、僕を脇を抜けて部屋に入って行く。
「ちょっと、なんで勝手に!?」
「立ち話もなんじゃ、座って話をしようぞ」
テーブル脇に正座して、僕に座るように促す。なんなんだ、この子。
仕方ないので僕も座り、対面の子を見る。パソコン、本棚、パソコン、ベッド、テーブル、パソコン。逸般人の僕の部屋に、人形のような金髪少女は場違い。
「汝は、この地を開拓するために選ばれた」
「一体、何なんですか? 宗教はお断りです。帰ってください! 警察呼びますよ?」
念のためにスマホを手元に。いつもアンテナ5本なのが、今は圏外。いやいや、圏外とかおかしいでしょ。ここは本当に日本じゃないって?
「ここは汝が暮らした日本とやらではない世界。そしてここは、我が領域、ハコネである。汝は開拓者に選ばれた。汝の力を持って、衰退したこの地を再び栄えさせんことを願う」
そんな筈は無いと、カーテンを開けてベランダへのガラス戸から外を見ると、そこは何も無い真っ白な空間。確かに、日本では無いかも。
異世界からの勧誘? 僕の部屋でそう言う勧誘を受けるとは思いもしなかった。
「危ない場所なんじゃないの? 魔物が居たり、魔王が居たり」
そういう話は読むことはある。オズの魔法使いに始まり、小説サイトのブームまで。
「どっちも居るが、安心せい」
「いや、安心しない!」
小首をかしげ、それがどうした?というリアクション。
「汝には、5つの願いが叶う恩恵が与えられる事になっておる。魔物に負けない強さを望むが良い。だがこの恩恵は、この地を繁栄させる報酬の前借じゃ。与えられた力にて、この地を栄えさせよ」
1つ願いを叶えましょう、よりは太っ腹。
「じゃあ願いは、元の世界にもど」
「それは却下じゃ。前借と言ったであろう。元の世界に戻しては、この地を栄えさせることは出来まい。返す気のない者に恩恵は与えられぬ」
なぜか「痛っ!」って表情をするけど、足でも痺れた?
それはともかく、帰るって願いがダメなら、それを達成するまで生き残れるような願いを並べよう。
「じゃあ、僕の願いは」
第1の願いは、不老不死。帰るまで無事でいなくてはならないから。
目を閉じ、3秒ほど経つと、
「聞き届けられた。老いは来ない。死も免れる」
目を閉じたのは、どこかに願いを届けていたのか、その回答を聞いていたのか。
第2の願いは、この部屋の便利さはどこでも使えるように。異世界の生活水準が低すぎたら耐えられないかもしれないし。
「聞き届けられた。まあそんな所じゃろう。して、次の願いを言うがよい。世界最強の武器でも、全ての魔法を覚えるでも、思いのままじゃぞ」
そう言うのもアリだけどさ。
「ところで、ハコネさんは魔物に負けないくらいに強いの?」
「当然じゃ。この地に我に敵う者などおらぬ。この地の神じゃからな」
強くして、ってのは面白みがない。だってその力をくれる神様は、もっと強いんでしょ?
「じゃあ、第3の願いは……」
「な、なんじゃと!」
言った願いは、即座に叶えられた。回答を聞くまでもなく、結果が目の前にある。
「聞き届けられてしもうた。ルア神よ、無しじゃ、こんなの無しじゃ。なぜ許した!」
目の前で僕が、じゃなく僕の姿になったハコネが取り乱している。
願いは、「僕とハコネを入れ替えて欲しい」だった。
「こんなのは無しじゃ。なぜ我が人の体に封じられねばならんのじゃ」
「異世界に誘拐された僕の重荷、一緒に背負ってもらうよ」
「願いで元に戻してはくれんか?」
美少女顔に涙目で懇願されたら違うのかもしれないけど、自分の顔に懇願されても全然ぐっと来ない。
「あとの2つは保留で」
「そんな!」
ハコネは床に手をつく、がっくりポーズ。
4番目が「元の体に戻す」で、5番目が「元の世界に戻す」になる予定。
「ところで僕は強くなったの?」
「ステータスを見るが良い。ステータスと念じれば、見えよう」
どれどれ。
ハコネ
Lv:101
種族:神族
職業:守護
「なんか見えたけど、レベル101?」
「100を超えられるのは、神位を持つ者だけじゃ」
ドヤ顔のハコネ。
「ってことは、神の中の、レベル1って事か」
「うぐっ!」
異世界に誘拐された恨みは尽きないけど、一緒にやって行かないといけない身だし、この位にしておこう。
「名だけでも返してはくれんか? 姿や力までを入れ替えるのはルア神でないと出来んが、名は自ら名乗れば良い」
「ならハコネを名乗ればいいんじゃないの?」
「神の名を勝手には名乗れぬ決まりじゃ。お主が改名してくれたら我はハコネを名乗れる」
それくらいは良いか。ハコネって名が欲しいわけじゃないし。
「じゃあジョージを名乗るので、ハコネの名は返すよ」
「待て。その姿で男の名を名乗るのはやめてくれ。何か別の名を名乗ってもらえんか?」
「じゃあ」
サクラ
Lv:101
種族:神族
職業:守護
仕方がないので、女子らしい名にした。カード集める子じゃないよ。大正ロマンの方だよ。
僕の着ている服装は、某アルプスの少女が着てそうな素朴な服。素材が良いのに活かしきれてない。 もう少し服装がなんとかなれば…… そういえば!
「まて、なぜ服を脱ぎ始めるのじゃ!? 男から女になって体を確かめたくなるのは仕方が無いじゃろうが、その体の持ち主の前でいきなりと言うのは……」
ハコネの訴えは無視。クローゼットに巣食う黒歴史を着てみる。うん、これは良い!
ゴスロリがこんなによく似合うとは。余興で女装させられた際のクローゼットの肥やしが、こんなところで生きるなんて。
「こういう事だけど、何かエロい事を想像した?」
「うぐっ、まあ良い。その服は悪くないな。我の気品が溢れ出るようじゃ」
気品というより、推定年齢14歳の魔法少女って感じ。でも体入れ替わって最初にやることが着せ替えって、どうなんだろう…… いや、これで良いんだ、今の僕は女の子になってるんだし。
「じゃあ行くとするかのう」
「行くってどこへ?」
「この地を開拓に、じゃ」
外は木もないただの雪原。ハコネ訪問時の吹雪は止んだようだ。そこに、僕らが出て来た扉がぽつんと立っている。僕に続いてハコネが出て扉を閉めたら、さっと消えた。魔法のドアだ。
「寒い」
「標高は3000m以上のセンゴクハラ平原じゃ。この時期寒いのは仕方がない。低地へ降りれば寒くはないぞ」
「部屋に戻るにはどうしたら良いの?」
教えてもらった魔法は……
「ニートホイホイ」
恥ずかしいので小声で言ったら、ちゃんと扉が出て来た。中に入るといつもの部屋の中。
「ハコネも寒いでしょ。コートを出すから、それを着といて」
「それはありがたい。今の我は、防寒の魔法も使えんからのう」
それぞれコートを着て再度外へ。僕のコートは、今の僕には少し大きい。
「魔法の名前はなんでニートホイホイなの?」
「お主にふさわしい名前じゃろ?」
ニートじゃないよ。ちょっとゲームの時間が長い学生だよ。
魔法の名はハコネが決めたらしい。そんな反撃に出たか。いや、第3の願いでハコネの能力は奪ったのだから、第2の願いを処理する中でこの名になったのだろう。第3の願いでハコネがやられる前だ。反撃じゃなく素でこのネーミング? かなり酷い。
何もない雪原。空気は澄んでいてよく見えるけど、どちらを見ても雪に包まれた山があるくらい。
「ここは開拓しようにも、なんともならないよね」
「そんな事はないぞ。何事も諦めたら終わりじゃ。なんとかするのが、お主の役割じゃ」
「ハコネには考えがあるの?」
「あったら、こうはなっておらん」
丸投げか。ここに町を作る? まわりに木がないから、燃料がなくて煮炊きも暖房も出来ない。
「何か資源が埋まってるとか無いの?」
「分からん。以前掘ってみたことがあるが、金銀鉄は無い様じゃ。他の資源は、調べる技術がない」
石炭が出るとか石油が出るとかすれば栄えるのかもしれないけど、掘れないのなら無いのと同じだ。
「神様の力で、ここを温かい場所にしたりは?」
「出来るなら、こうはなっておらん」
神様レベル1、使えない。
「じゃが、民からの信仰を集めて、神としての力を増せば、出来ることもあろう」
「その民ってのはどこにいるのさ」
「見つけてくるのじゃ。それもお主の役割ぞ」
寒くて何もない所ですが、移住者募集中。そりゃ来ませんって。
「まずは、人がいるところに行こう」
「なら、こっちじゃ」
一面の雪景色だけど、一方をハコネは指さす。そっちのに町らしきものは何も見えないけど。
「ところで、地図はある?」
「地図? 神であるお主が、管理する地を把握するのは基本じゃ。戦略ビューと念じてみよ」
そこはマップって念じるとかじゃないのか。なんなんだ、戦略ビューって。
念じてみると、山があり、湖がある、そんなマップが目の前に広がった。
ん? まてよこれ。この湖の形、見覚えが。
「ニートホイホイ」
自宅に戻って、地図を探す。最近オンライン地図ばかりだから持って無いか。パソコンにキャッシュされてないかな。
「何をやっておるんじゃ?」
「僕の知ってる世界の地図を探してるんだ。さっき見た地図が、良く似てると思ってね」
パソコンを付けたら、ネットに繋がった。異世界なのに、ネット使えるの?
ネットが使えるのも第2の願いの効果かな。インフラもセットで使えるようにしてくれたみたいだ。願い事の神様は良い仕事してくれる。
「あった。これだ」
「なんじゃ、うむ、同じじゃな」
「少し傾いてるけど、向きを変えたら同じだ」
さっき戦略ビューで見た湖は、その形で「もしや」と思った通り、芦ノ湖。
「東に行けば小田原があるの?」
「ほう、オダワラに行くのか。ちょっと遠いが、行くか?」
あれ? 遠いの?
オンライン地図で距離を測ると、18kmで徒歩3時間半と出たけど?
「人の足で歩いて3日はかかるな」
「そんなに!?」
まだまだ知らない事は沢山あるみたいだ。