地下に潜った吉祥寺
今日の天気は晴れ。猛暑日となり、人は死ぬ確率が高くなるでしょう。アンドロイドの皆様も熱暴走に注意ください。最も自殺未遂を犯した俺はどれにも当てはまりません。人間として人格がゆがんでます。
──そして。
「おい、柳崎。何ぼーっとしてんだ。探すぞ。真面目にやらなかったら報酬0だからな」
柳崎の脳内にまで響くような太い声で言い放ったのは知佳だった。きりりとした目は柳崎の表情を硬直させる。アンドロイドと言えども生身の人間より恐ろしいかもしれない。
「分かってるよ。少しは一人の時間もいるだろ? それこそ、ぼーっとする時間とか、重要だろう」
「自殺するまで追いやられたやつはもう十分一人で出来の悪い頭を使い込んだろう。これからはお前の独りよがりな偏った考えなんかはいらない」
「ったく……。分かった。──取り敢えず、煙草一本吸っていいか?」
柳崎がポケットからしわの寄った煙草の箱を取り出した。知佳は「知らん、場違いめ」と言わんばかりの目つきだが、暫く黙ったのち、「構わん、吸え」と表情とリンクしないことを言った。
「それで、この前もらったデータによると。一番出没する可能性があるのは?」
「桜花地下街三十五番街だ。──通称」
「通称、吉祥寺か」
「そうだ。よく知ってるな」
そこは、桜花でも屈指の人気を誇る地下街だった。特に三十五番街は「吉祥寺」という愛称がつくほどの賑やかな通りである。人通りもかなりのものとなる。ラーメン店の激戦区であり、有名どころのブランドも旗を揚げているため、多種多様な年齢層が多く訪れている。人間と判別不能に近いアンドロイドを一体をそこから見つけ出すとなると、それは極めて難しいと言えた。
「吉祥寺は俺も学生時代よく行ってたからな。ただ、あの通りは馬鹿みたいに人がわんさかいるぞ。探し当てるなど、くじを引き当てるレベルに困難だ」
「あぁ。その通りだ。ここ十年程の機体はGPS機能で追跡出来るんだが、あの機体は私と同じくかなり古い。あの年代はGPSが実装されてない。つまりは、探すとなると実際に出向いて探し回る以外方法がまるでないんだ」
「厄介だなぁ。全くそいつは」
「仕方がない。型番が古すぎるのと、もう発禁となった以上は製造会社も知らん顔だ。所有者情報もうやむやになってると聞いた」
煙草の吸殻を潰すと柳崎はじっと空を見た。今から長丁場となる地下街に飲み込まれる前に空を目に焼き付けているようだった。空のすぐ下には競うように高層ビル群が視界に入り、さらに下に目をやると、広告ホログラムが入ってくる。空だけがノイズ一つない澄み切った空間設定にされているようだった。
「行くか」
昭和の香り残る桜花の未再開発空間を横切って摩天楼として見えていた、アズスコープの本社も構える桜花の中心街に出ると、地面に突き刺さるようにして伸びるエスカレータに乗って一気に地下に降りていく。地下空間は薄暗いものかと思えば、そこは平成時代に開発されたものが再開発され、全面的に白を基調とした無機質な空間と化していた。
「吉祥寺まではここから歩いて15分くらいか」
昔を懐かしむように桜花地下街を眺める柳崎は心がどこかざわついた。人生が堕ちていく直前まで通い詰めたラーメン屋、学生時代に通い詰めた楽器店、初恋相手に告白した淡い青春の空気を感じる喫茶店。見始めたらきりがないこの迷路のような空間の中で吉祥寺は柳崎にとって特別だった。全てを知り尽くしているような錯覚に陥る。そこに迷い込んだ妖艶な花を咲かせる機械を探すことなど、どこか余裕であるような気がしていた。
「またぼーっとしあがって。行くぞ」
知佳から顔の前で手を叩かれて意識を現実に引き戻された柳崎は再び知佳のやや早い歩調に合わせて「吉祥寺」を目指すのだった。