No1 company?
最上階に到着すると、そこは無菌室を連想させるような無機質な空間で、ホログラムが一定間隔に灯り、「No1 Company AsScope」の文字が大々的に表示されている。まさに自画自賛を含んだアズスコープの中心部だと言える。エレベーターの扉があった位置から横道はなく、ずっと真っすぐ進んだ先に荘厳な扉が構えていた。そんな廊下の両サイドには歴代のアンドロイドのプロトタイプが美術館のように硝子のケースに一体一体展示されている。ハワイアンブルーのLEDで照らされたそれらは、目を瞑って道行く人をじっと見ているようだった。
羽佐間は動くはずのないプロトタイプが展示された廊下を緊張しながら歩いた。足音を何故か立てないような奇妙な歩き方になっていることに気づいていない。
「歴代のアンドロイドか……。ざっと70体は超えてるな」
声を殺して羽佐間は呟く。あまりに無音なこの廊下は羽佐間が小さな点となって動いているような風景を作り出しているようで本社ビルの中でも異色な雰囲気だ。
「AsScope」
大きく社名が刻まれた一番奥の扉の前に羽佐間は立った。部屋の最高責任者の欄には「アズスコープ株式会社代表取締役社長 目黒友助」の文字がはっきりと刻まれている。
羽佐間は自分の社員証を扉の横のリーダーにかざすと、認証され扉が自動で開いた。
「君が羽佐間君だね」
扉の向こうでは深い色をした高級木で作られた机の上にホログラムを沢山表示させてこちらをじっと見る顔があった。後ろにはバックスクリーンが設置され、No1 Company AsScope」の文字が地球の周りを回っている映像がエンドレスで流れている。角ばった顔に彫りの深い顔つきは何とも表現できない圧力感がある。ホログラムの青白い光が眼鏡に反射して目の奥が光っているように錯覚した。
「アンドロイド頭脳管理課の羽佐間です」
「これはご丁寧に。新人ながらにして新バージョンの開発に意見を積極的に出し、今度の大幅バージョンアップでその意見の一部が採用されるとは、我々上層部からすれば期待の星なんだなぁ。これが」
鋭い笑顔を羽佐間に突き付けながらしっとりと話す目黒の口調は羽佐間に変な汗をかかせた。羽佐間は手に拳を作って力強く握りしめた。
「その節は出過ぎたことをしてしまい、申し訳なく思っております」
羽佐間は深々と頭を下げる。目黒は半笑いで「いやいや」と言いながら羽佐間を客用のソファに座らせた。背中に金属板でも押し付けられているのではないかと思うほどまっすぐに背筋が伸びている。
「確かに、白井はいい顔しないだろうな。部下に見せ場を全部持っていかれたんだ。それも新人にな。だけどこのご時世だ。弱肉強食の風潮にある今、君みたいな人材は会社としては必須だ」
「いえ、私に限ってそんなことは」
「謙遜しなくていいさ。──先日会社の最高幹部及び、各部署の管理官の上層部だけを集めた責任者定例会があってね。実はそこで君の名前が上がったんだ」
本題だといわんばかりに咳払いをした目黒はきつい目で話し始めた。羽佐間はつばを飲み込んでより一層気を引き締める。すると、バックスクリーンに新型アンドロイドのプロトタイプの3Dモデリング画像が大きく表示された。目黒がバックスクリーンに顔を向けながら説明を始めた。
「見ての通り、これは今度のバージョンアップと同時期に発売する予定の限定モデルのアンドロイドだ。男性版、女性版は後ろのようなデザインで落ち着きそうなんだ。君が提案していた『クラウドシステムブレイン』を搭載する予定だ。──君が提案した機構は幹部の間でもかなり好評だったよ」
羽佐間は無言で目黒の説明を聞いていた。「クラウドシステムブレイン」とは、クラウドを用いてビッグデータを頭脳にインポートする仕組みのことである。目黒は羽佐間を見ることなく説明を続けた。
「従来型までは基本知識や行動パターンを予め頭脳に記憶させていたが、これだと情報の更新をするためにバージョンアップしなければならない。その間はアンドロイドの使用が出来なくなるのがかなり面倒だった。だがこれは常にビッグデータから情報を取り込むため、バージョンアップという作業がなくなる。これは非常に有能な機構だ。君の発想は素晴らしい」
「いえ。私は携帯端末のように常にインターネットに繋げればよいのではと思ったまでです。考えは単純です。私の馬鹿げた思い付きを実現させた技術者の方が凄いと思いますよ」
「君はどうしても謙遜するんだねぇ」
羽佐間は圧力感のある目をしている目黒と目を合わせずに冷静に言葉を紡いだ。やはり目黒と羽佐間の間にはどこか緊張感が解けずにいる。それは新人と社長という立場だけじゃ説明のつかない特殊な緊張感だった。不意にエレベーターで偶然会った社員の言葉が頭をよぎりそうにっていた。
「それで、ここからが今日君を呼んだ理由──つまりは本題に入るわけなんだが」
目黒は落ちてきていた眼鏡の位置を手で戻すとデスクの上でいくらか表示されているホログラムに目線を落としながら話し始めた。
「この新モデルの製品開発部の最高責任者になって指揮をしてほしいんだ」
それは、羽佐間の想像を遥かに超えるものであり、顔面を強く殴られたような衝撃を精神的に受けるものだった。新人である羽佐間が最高責任者になるなど、階段を5段飛ばしずつで上っていくようなものである。
「私はまだ入社して1年目であります。そんな私に最高責任者など、務まりません」
羽佐間が必至に動揺を隠しながら発言しているとそれをニタニタと笑いながら目黒は見た。
「それもきっとまた君のことだから謙遜なんだろう? 分かっているから。最高責任者の任命権はこの私にあるものでね。残念ながら君に拒否権がないんだなぁ」
羽佐間は目黒を苦手とする社員が相当数いる理由が分かったような気がした。目黒は「社長」という立場を乱用して良くも悪くも強制的な異動を命じたのだ。
「あ、でもデスクは今の場所から動く必要はない。VIP待遇だ」
目黒は目を少し見開いて少々狂気を感じさせる表情で脅迫している。羽佐間は奥歯のかみ合わせ部分に力を込めて暫く黙り込んだ。だが、この会社にいる以上は目黒の「命令」は絶対だ。羽佐間はゆっくりと変な力を肩に入れたままお辞儀をした。
「よろしくお願いします。精一杯頑張らせて頂きます」
「期待しているよ」
羽佐間から目黒の表情は見えなかったが、口角が上がって喋っているような感覚がした。