社風時々派閥
「白井課長、何でしょうか」
「羽佐間、ちょっと耳を貸せ」
ある日の昼休み、羽佐間は白井のデスクに呼ばれて何やらこそこそと話しを受けていた。周りと言えば外に外食に行っていて、閑散としている。白井は何やら神妙な顔つきで羽佐間に話を続けていた。
「実はな。目黒社長直々にお前に呼び出しが掛かってるんだよ」
「目黒社長……ですか?」
「あぁ。俺も詳しいことは知らないが、社長の機嫌はそこまで良くないと聞いている。気をつけた方がいい」
羽佐間は額に汗が染み出てくるのを感じられた。──下っ端の自分を何故呼び出すのか。羽佐間は頭の中で色々と考えを巡らせるが分かるはずもなかった。
「──分かりました。行ってきます」
急を要するということもあり、昼休みだったが羽佐間は部屋を出てエレベーターに乗り込んだ。行ったこともない最上階のボタンを慎重に押す。
「すいません。入れてください」
エレベータの扉が閉じかけた時、一人の男の社員が小走りでこちらに向かってくるのが見えた。羽佐間が開閉ボタンを押して扉を開けると、軽く会釈をして階数ボタンを押す。階層的には羽佐間とは別の部署らしかった。
「最上階に行かれるのですか?」
扉が閉まりエレベーターが上昇し始めた時、不意にその社員が羽佐間に喋りかけた。羽佐間はぎこちなく「えぇ。まぁ」と口走ると、「なるほど」と社員は呟いた。エレベーターのモニターが表示する階数がどんどんと増えていく。
「目黒社長は少々特殊な感覚をお持ちの方だから、最初は緊張するかもしれません」
「そうなんですか」
「えぇ。私もこの会社で長く働いている身ですが、どうも目黒社長の雰囲気には慣れなくて」
これから行こうとする人間を不安にするようなことを何故言うんだ。羽佐間は内心そう思いながら俯いたまま「そうなんですか」と重々しく答えた。その社員は羽佐間の表情を見ているのか見ていないのか、分からないが話を続ける。
「まぁ。目黒社長の代になってアズスコープ自体、社風が大きく変わりましたからね。古参の社員は言わないだけで、結構不満を抱えている人が大勢いるのですよ」
「その噂は少し耳にしたことはあります。社風が良くも悪くも変わった、と」
「そうですか。まぁ、私は初代社長の方が良かったんですがね。早期退職されたので」
「早期退職なんですか。それは何かあったのですか?」
その時、その社員が指定していた階数に到着し、エレベーターの扉が開いた。社員は羽佐間の問いかけに応じることなくエレベーターを降りた。
「では私はこれで」
エレベーターの扉が閉まっていく向こうで社員は軽くお辞儀をしているのを羽佐間は無言で見送るしかなかった。社内派閥があるのは薄々噂に聞いていたが、それが目の前であからさまに見せつけられたような気がして羽佐間は妙な気分になった。
「古参の社員か……」