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焦げた花  作者: 三坂糀
5/11

奢りだ喜べ。

 女が案内したのは桜花の中でもまだ再開発されていない、古い飲食街だった。名前は桜花7番街。個人経営している様々な店が明かりを灯し、会社終わりの社会人で賑わっていた。


「こっちだ」


 女は男の前に立って突き進んでいく。男は疲れ切った顔つきでその後ろを歩いていく。まるで奴隷のようだ。そんな中、女がついに立ち止まった。そこは赤提灯が二つ入口についた和風な雰囲気を醸し出す店だった。藍色の暖簾には「凛香」の文字。店前に出ている木製の看板には「食事処」の文字。少々高そうな店にありそうな間接照明が入口の扉に施されている。


「入るぞ」


 女に促されて男はのっそりとのれんを潜り抜けた。客入りはそこそこあり、がやがやと客の声が聞こえる。木製のカウンターがL字型に配置され、六人程座れそうな木製テーブルが4席並んでいた。


「いらっしゃい──あ、何だ知佳さんか。そこの空いてる席に行ってくれると助かるね」


 間もなくして厨房から店長らしき人が顔を出すと女を席に案内した。顔見知りなのか、この女ことを知佳と呼んだ。男は女に促されてテーブル席に座らされ、二人対面する形となった。


「申し遅れたな。私の名前は知佳という」


 店長に名前を呼ばれて思い出したのか、女──知佳は自己紹介をした。男もそれに応じる形で名前を言った。


「柳崎道一だ。元は建設関係で仕事をしていたが、クビになって借金まみれの、くそ野郎さ」


 柳崎は首を横に振りながら諦め口調でそういった。だが知佳は全く動じない様子で店長に料理の注文を飛ばした。店長の軽快な声が遠のいていくのと同時に知佳は置かれたお冷を飲み干した。


「もう一つ、言い忘れたことがあった」


「何だよ」


「私、アンドロイドって言ったら信じるか」


「お前がアンドロイドね。それは──」


 柳崎は言葉を言いかけた所で思考が停止したかのように動きが止まった。はっとした表情で知佳を見る。知佳はわざとらしく別の方向を見ている。柳崎はじろりと知佳を見た。だが、アンドロイドと断定できる根拠がまるで見当たらなかった。


「一体どういうことだ。アンドロイド? 根拠もなしに言われても困るな」


 動揺を隠そうとしているのか、いつもより冷静なトーンで、だが声は大きく知佳言い放った。知佳はそれでも暫くは口を動かさない。二人の間に奇妙な間が空いた。周りの客の声がノイズのように入ってきた。その時、店員がその沈黙を切り裂くように料理をもってやってきた。


「お待たせいたしました。石焼ビビンバ、2つですね」


 バチバチと音を立てながら石焼ビビンバが二人の眼前に並べられた。その後も知佳は黙っている。柳崎の鼻に石焼ビビンバの香りが入ってくる。


「食っていいぞ。私の奢りだからな」


「チッ……何かしてやられたみたいで悔しいぜ」


 柳崎がビビンバに口をつけると知佳も時間を空けずに食べ始めた。そして、やっと本題に切り込んだ。


「アンドロイドである根拠ね。私、旧型をオーバーホールしてるから、製造された年月日はかなり古いんだ。だから、まだ旧式の彫りこみ式の製造番号が肩に打ってあるんだ」


 知佳は左肩辺りの服を剥ぐって肩をあらわにした。そこには確かに人間ではあり得ないステンレスのような光沢を持った金属板が埋め込んであってそこに4桁の製造番号が打ってあった。


「こんな金属板だけじゃ納得いかないなら、これでどうだ?」


 次は首元あたりを手で触ると何かを掴んだようにしてそのまま引っ張るような動作をした。首元の皮膚が蓋のように開き、中身が丸見えとなってしまった。目の前で繰り広げられる衝撃的な光景に思わず柳崎は手で目を覆う。だが、心の中で目の前にいるのはアンドロイドだと言い聞かせながら手をどかしていった。


「どう? これで流石に信じた?」


 首元の開いたところには大量のコードと緑色の電子基板が顔を覗かせていた。基盤の四隅には「AsScope」の文字が刻まれているのが見えた。ネット回線を通じるルーターのように不規則に点滅している装置も見える。


「食事中に何てものを見せてくれるんだ。食欲が失せるだろうが」


 あくまで強気を装いたい柳崎はふてくされたような口調で突き返す。だが、アンドロイドであることを否定しようとはしなかった。見てはいけないものを見た気がしたのか、物凄く間が悪そうな表情をしている。知佳も体を全て元通りに戻すとビビンバを食し始めた。


「まぁ私のことはどうでもいい。本題は私の事ではないからな」


「本題? 一体何の事だ」


 柳崎はお冷をぐびぐびと飲みながら問う。そんなことは聞いてないと言わなくてもわかるような口調だ。


「お金が無いって言ってたな」


「それがどうした」


「いい仕事を紹介したいと思っただけだ。我々が密かに求人を出している仕事だ」


 知佳は石焼ビビンバを一口頬張ると暫く口をつぐんだ。柳崎はうーんと唸るように腕を組んで考えている。


「お前、最初からこれが狙いだったのか」


「それ以外の何がある? 自殺を試みる人間など、大半が生活が困窮している人が多いとアンドロイドの共用知能データベースには書かれている。そこを引き留めて仕事を紹介するだけだ」


 柳崎は口元を緩めずにじっと知佳を見る。知佳は目を背けて再び石焼ビビンバを食べる。じっと柳崎も考える素振りをした後、ゆっくりと口を開いた。


「紹介してくれ。その仕事を」


「気になったか。金は仕事ぶり応じてしっかりと支払う。安心しろ、お前の抱えている借金なんてすぐに消えるだろ」


「そんなに稼げるのか」


「あぁ。私たちの後ろには強力な財源があるからだ。だが、それだけの価値を支払うだけの仕事であることも忘れるな。責任は重いぞ」


「──分かった。仕事はしっかりと果たす。それで、仕事の内容を教えてくれ」


 柳崎が急かすと千佳は一度周りの客を見渡した。まるで警戒しているように音を立てずにそっとポケットから一枚の写真を取り出した。


「この女──いやアンドロイドを捜し出して欲しいんだ」


 柳崎がその写真を覗き込むと、一体どこで撮ったのだろうか、横断歩道の反対側からズームして撮ったのか、人混みの中でこちらを挑発的にみている女がいた。表情は妖艶な笑みを浮かべて舌を出している。じっと見れば、その艶やかな肌、表情に引きずり込まれそうだ。


「こいつは一体誰なんだ?」


「私と同時期に開発されたかなり古いシリーズのアンドロイドだ。ただ、エラーが多くて発禁になった。プロトタイプごと全て消去された製品だ。かなり前に回収を終えたはずだが、最近になって目撃情報が絶えなくてな。詳しくは言えないが発禁になったアンドロイドは人間にとって多少厄介を起こすリスクがある。それをいつまでも野放しするわけにはいかない」


「つまりはこいつを捕まえて来い、というわけか」


「その通りだ。目撃情報をまとめたPDFファイルを端末に後で転送しておくからそれを元に捜索してほしい」


 柳崎は写真を手に持ってもう一度目を凝らした。「捕まえられるなら捕まえてみろ」と言わんばかりの挑発的な目をしたこのアンドロイドは他の機体とは違う何かを秘めているような気がしてならなかった。それは黒いものな気がした。だが、金のためだと腹をくくりなおした柳崎は軽く頷くと知佳を見た。


「必ず見つけてやる」

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