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焦げた花  作者: 三坂糀
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桜花

 羽佐間和久はオフィスで缶コーヒーを開けていた。周りのデスクでは紙媒体の書類を顔をしかめながらチェックする者、ホログラムと睨めっこをしながらプログラムを延々と描き続ける者、一服しにベランダに出る者、様々いる。そのオフィスの丁度中央の天井の位置に薄型のホログラム投影機が設置され四方向に大画面テレビモニターのように映像が流れていた。──その青白い画面には「桜花ようか 31度 快晴」と一定の周期で表示されている。それを見た羽佐間はコーヒーを口に流し込みながらため息をついた。その息でコーヒーの芳醇な香りが放射状に一気に広がる。


「今日も31度か。暑いな」


 羽佐間が少しだるい雰囲気で言うと、隣のデスクから羽佐間のデスクを覗く顔が一つ出てきた。茶色の髪色には艶があり、肩まで髪が伸びている社員──本村京子は羽佐間が持つ缶コーヒーを見て合点したような表情を見せた。


「またコーヒーですか? 最近飲みすぎですよ、羽佐間さん」


「仕方がないよ。明後日に上層部との会議を控えてるんだし。それまでに資料を作り上げないと、上司に何と言われるか……」


 羽佐間が手元にある数十枚の厚い書類の束を本村にちらつかせた。本村は思わず「うわぁ」と声を漏らしてその束を暫く見た。


「多少は助手のアンドロイドに任せればいいんじゃないですか?」


 本村は更に隣のデスクにいる女性を見る。羽佐間が本村越しにその姿を見ると、そこではせっせと大量の書類をチェックしている様子が何となく見えた。


「残念。今、俺の助手アンドロイドは定期点検でここにいないんだよね」


「え、タイミング悪すぎじゃないですか」


 今度本村が羽佐間越しに羽佐間の隣のデスクを見ると、そこにはホログラムで「定期点検中のため、欠勤」の文字。ずっと来ていないのか、羽佐間の飲み干したコーヒーの空き缶や私物が羽佐間のデスクからはみ出るようにして置かれていた。


「上司に言って代替機を一時的に借りてみてはどうですか? アンドロイドの製造会社ですし、旧式の廃棄前のアンドロイドなら幾らか倉庫に置いてあるの、前に私見ましたよ」


 本村が純粋な閃きをしたかのように少し口角を上げて提案してみるも、羽佐間の重固い表情は変わらなかった。間を取り繕うかのようにコーヒーを一口飲むと、苦味を味わっているかのような渋い表情を見せてから溜息をついた。


「俺と上司があまり仲良くないは知ってるだろう。代替機の話なんて持ち掛けたら、『仕事しろ』って一蹴されるだけだよ」


「まぁ確かに白井課長変わってますもんね……。私も今取り扱ってる件なんて白井課長が押し付けてきた案件ですしね。ほんと参りましたよ」


 羽佐間が本村のデスクを覗くと「アンドロイドのバージョンアップに伴う注意喚起について」と題された書類の束が二つ居座っていた。


「出たそれ。注意喚起の書き起こしか。言い回しとかで何回も書き直しにされるんだよな。皆、嫌がってしたがらないんだよね」


「しかもよりによって大規模バージョンアップの注意喚起に当たるなんて、私ついてないですよ……」


 本村は艶やかな茶髪を揺らしながら首をガクッとさせてみせた。羽佐間が微塵も力にならない励ましの言葉を掛けてやろうと口を開いたとき、ふと一枚の写真が目に留まった。それは本村のデスクの隅に申し訳なさそうに張られているもので、目を凝らして見てみると赤いモルタルで出来たかなり古い雑居ビルらしきものが写っていた。


「本村、その写真なに? その赤いビルの写真」


 羽佐間が指さすと本村は「あぁ」と不意打ちを食らったかのように手を写真に向かわせて手に取った。


「この会社の旧ビルだそうですよ。この前同期とこの前の道を通ってたらその人がそう言ってたんで写真に撮ったんです。その方が私の撮った写真が欲しいと言ってきたので現像して来たんですが、どうやら他の課の人だったみたいで、中々会う機会が無くて。もう一か月くらいここに放置してるんですよ」


「なるほどね。──かなり古そうなビルだな。いやそれにしても初めて見るよ。俺が入社した時はもうこのビルだったから。旧ビルはとても小さく見えるね」


「そうですね。あ、もうすぐ取り壊されるみたいですよ。倒壊の危険があるみたいで赤い紙がたくさん貼られて入らないように注意書きが書かれてあったんで」


「そうなんだ」


 羽佐間はその後特にその写真に気を留めず、デスクの方に顔を戻して再び缶コーヒーを飲み始めた。飲み始めて少し顔を上に向けた時、再び「桜花 31度 快晴」の文字が目に入った。季節は夏。ここ連日の猛暑が通常運転になってきている。


「そういえば──」


 同じホログラムを見ていたのか本村が「桜花」の文字を指さすような仕草をしながら羽佐間に話しかけた。今度は羽佐間が不意打ちを受けたかのように慌てたように口から缶コーヒーを離す。やっとのことで横に振り向くと本村はホログラムの方向を見たまま話し続けた。


「私、ここ地元なんですけど、羽佐間さん、桜花の地名、変わってるなって思いませんでした?」


 何だそんなことか──と羽佐間は思いながら「まぁ思った」と言って見せた。本村は少々得意げな顔つきで話を続けた。


「ですよね。ここの地名は昔は妖怪の妖に昇華するの華で妖華という地名だったんですよ。この地域は昔から妖怪の言い伝えがあったので。──知らなかったでしょう」


「確かに知らなかった」


 羽佐間はたまにどうでもいいことを話す本村を知っていたせいか、それなりの反応を示して再びデスクに顔を向き直して仕事に取り掛かった。本村も満足したのか、それ以以降は再び黙々と仕事を再開した。この間もずっと本村の隣のアンドロイドは書類を弱音一つ吐かずにチェックし続けていた。

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