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桐の祠  作者: するめいか英明
第1章 静稀と吾朗
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第9話

 代志子さんは和暦を知らなかった。これに対し、吾朗はどんな話題で現状を分析してくれるのだろう? 私は期待のこもった目でチラリと吾朗を覗き見た。……硬直してないか?


「え? あ、いえ、何でもありません」


 そして予想通り、吾朗は特に何も考えてなかった。吾朗はいつもそうだ。いざというときに頼りにならない。大体私が自分で何とかしないといけないんだ。


「それで、どう致しましょう? もう少し日が高くなるまで、こちらでお休みになられてはいかがでしょうか。朝方と夕暮れ時は、熊が出ると聞いております。あまりこの辺りを歩き回るのは……もしよろしければ、お部屋をご用意致します」


 亥馬岳に熊が出るなんて、聞いたことがない。でももしその話が本当なら、日の出前に桐の祠に行けって、無責任にも程があるでしょ。私は憤りを感じつつも、代志子さんのありがたい提案に甘んじさせていただいた。


「ありがとうございます……少し置いていただけると本当に助かります……」


 私が正座のまま深々とお辞儀をすると、あぐらをかいていた吾朗も両手を膝に突きながら軽く頭を下げた。私が厚かましくもこの辺りのことを調べたいというと、何か役立つものがあるかもしれないとのことで、客間ではなく「文の間」、恐らく書斎のことだろう、へ通してもらうことにした。シャンデリアと屏風の混在する、和風で洋風な畳の居間を出ると、私達は純和風な部屋に通された。書斎というよりは、本当に本棚が並んだだけの和室だった。家主の趣味が入り込んでいなさそうな様子から、恐らく代志子さんはあまりこの部屋を使っていないんだろうな、と思った。


「それにしても、まさかお参りでこんな目に遭うとは思わなかったな」


 代志子さんが立ち去ったのを見計らって吾郎がそう言うと、畳に両足を投げ出し両手を後ろに突いて背中を軽くのけぞらせた。私には何のことだか分からず、リラックスしている吾郎に聞き返した。


「お参りって?」


 それに対し吾郎は少し顔をひきつらせ、動揺したような声で言い訳を始めた。


「あ、えと、違ったっけ。さっきお参りって言ってたじゃん」


 私は吾郎が何を言っているのか、まだ理解していなかった。確かに私は代志子さんに総説明したけど、それはあくまで肝試しだのおまじないだの正直に言って不審がられたくなかったからであり、本心からお参りに来ていたわけではない。それが吾郎に伝わらない筈もないのに、何故吾郎が今お参りに来たことにしているのかが謎だった。


「もう代志子さん近くにいないから別にさっきの嘘引きずらなくてもいいよ?」


 私がそう言うと、吾郎は「あ、ああ、そうだよな」と同意した。しかしその様子はいかにも何か隠しているようだった。私は吾郎の不穏な言動が気になり、更に問い質すことにした。


「どうしたの? 何か変だよ」


 吾郎は何か考えこむような仕草をして、諦めたように、少し申し訳なさそうに白状した。


「いや、すまん、何ていうか……朝早かったから。寝ぼけてたんだ」


 寝ぼけていた? 私はますます吾郎の意図が分からなくなった。寝ぼけて嘘を本当のことと錯覚してしまったんだろうか。それとも寝ぼけて代志子さんがまだいるかのように振る舞ってしまったのだろうか。


「それでさ、俺達、何で亥馬神社なんかに行こうとしたんだっけ?」


 最早私の頭上には疑問符がくるくると巡っていた。私達が亥馬岳に来た目的は亥馬神社ではなく、桐の祠である。肝試しをして、誰かに聞いたおまじないを試してみた結果、こんなことになった。一緒に行こうと決めた昨夕、ちゃんと話したのだから吾郎だって分かっている筈だ。


「いやいや、ペアチャレの目的地は桐の祠でしょ。肝試しとおまじないしたらとっとと学校行くって話だったじゃん。その後に亥馬神社に行くなんて話あったっけ?」


 私が当たり前のことを説明すると、吾郎は「そうだった気がする」とだけ言い、何かをごまかすように立ち上がって本棚を物色し始めた。いくら吾郎でもボケすぎている気がする。私に言えない何かを隠しているのだろうか。


「お、これ桐の祠って書いてあるんじゃね?」


 吾郎が手を伸ばす棚には、古びた冊子のような本が積み重なって仕舞われていた。そこには確かに、古めかしい字体で桐の祠と書いているように見えた。


「そう見えるね。早速ビンゴかな。何か役に立つ情報とか書いてあるといいけど」


 私がそういうと同時に、吾郎はさっさと本をめくっていった。本をくくる紐はボロボロで、今にも千切れそうだった。それなりに厚めの加工がされた表紙と比べ、中身は黄ばみきってぼろぼろな紙で構成されていた。1ページ目にも「桐の祠」という文字が書かれていた。


(ん……?)


 私は何かに違和感を感じていた。その違和感の正体は分からなかったが、さっきの代志子さんとのやり取りに何か関係がある気がした。そんな私の心中を知る由もなく、吾郎は乱暴にページをめくった。


「あ、やべ、これめっちゃ薄いな。気を付けないと破れそうだ」


 人んちの本をよくもまあ雑に扱えるものだ。吾朗のそういうところに私は感心を覚えた。吾朗がページをめくると、私は上下に目線を流していった。



 桐の祠


 亥馬の山に伊那倭を祀る


 伊那倭は土亀のお姿にて 常の世より来たる 常無き世に穢れを想ひ 亥馬に眠る


 男 あり 女 あり


 男は千里の時を読み 世を照らさむ 女は男に付き従ひて 世の救ひとならむ


 伊那倭はこれを善しとせむ


 男に命じ 常の世へ誘ふ 女を従ひて 桐の祠へと参らむ


 伊那倭の拓く 常しへの道 明き 明き 火の導き


 伊那倭曰く


 常しへの道 尊ぶべし 目を背くなかれ 身を逃すなかれ


 明き道へ 参れ さすらば 常の世へ導かむ


 目を背くもの 身を逃すもの 常の世へ穢れを齎さむ


 いざ


 桐の祠に詣づ 男 女


 火 迫りて 女 燃ゆ


 男 案じて 女へ 寄らむ


 伊那倭 此れを眺む


 怒りて 閉ざさむ 常しへの道



 一通り読み終わると、吾朗はパタンと音を立てて本を閉じた。一時の逡巡をした後で、私に問い掛けるように独りごちた。


「どっかで聞いたことある気がすんな」


 それもその筈だ。私は「そうだね」とだけ言い、棚の物色に加わった。私だって聞いたことがあるし知っている。桐の祠のペアチャレを教えてくれた子が教えてくれた逸話だと思う。そういえばクラスの誰に聞いたんだっけ? 私はこういうジャンルを教えてくれそうな知り合いがあまり思い当たらなかった。

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